番傘の空5
「少女」
「ちがうわよ」
「狐」
「……」
「ほら、名前が必要じゃないか」
してやったり、とか思っていると、二人とも苦虫を噛み潰したような微妙な顔をしている。
「私は名前あるから、お前たちでつけあってはどうだ」
我ながら妙案だ、と思っていると、
「どんなにへんななまえになっても、きつねがぎゃくじょうしなければいいわ」
変な名前になること前提か。
「嫌な名前になった場合、僕の狐火が暴走するかもしれません」
暴力宣言するな。
むう、やはりこの案はなしか?
「しかたないわね。たしかにいつまでもきつねではよびにくいし、かささだけがなまえってのも、へんよね。」
「そうですね。僕も貴女を呼ぶのが人間の小娘とか長くて長くて困っていたのです」
「へぇ……?」
少女の目が据わる。
ともかく、ともかくだ!
「少女、狐の名前をつけてやれ」
「めいれいしないでよ。そうねぇ……」
むす、としながらも考えるあたり、少女は優しいのだろう。
「狐も考えろ」
「貴女に指図される意味が分かりません」
ぼっ、と手のひらから狐火が顕れ───
「はいはい、きまったきまったー」
ぷすん、と不発で終わる。
ありがとう少女よ。私は命拾いをしたぞ。
狐はびっくりしたように少女を見て固まっている。
「いい、きつね? よくききなさい。あなたのなまえは、はくせ。しろいせかいのはくせ。あなたはつくられてまもないから、せかいをしらないのでしょう。むちなあなたにぴったりじゃない?」
狐が───いや白世が目を見開いて少女を見つめる。
「白世……」
口からこぼれる吐息は、今までのような凍れるほど冷たいものではなく。
「ありがとうございます」
花が綻ぶように、その顔にはわずかに感情が見え隠れする。あれは、喜びだろうか。
名前をもらうだけでこんなにも人が変わるものなのか。
「それではお礼です。あなたの名前は──るるあ。一縷の望みが束となった空、縷々空です。僕の希望を乗せ、貴女の希望も乗せ、明るい先へ向かう、そんな名前です」
何かに吹っ切れたように白世は微笑んで、少女───縷々空に寄る。
「へんななまえね。にんげんらしくないわ」
「お気に召しませんでしたか?」
「───まあ、いいわ」
縷々空も心なしか嬉しそうな声音に聞こえる。無表情な少女に、わずかな表情が戻ったようにさえ見える。
名前とは素敵なものだ。
たった一つの音を決め、字を決め、意味を決めるだけで、存在を持つ。それを与えられたものは、それだけで尊く見える。
今もそうだ。
狐だった白世が、少女だった縷々空が、傘だった花笹が。それぞれ自分を見出して成された。
こそばゆい感じの中に安心感が生まれる。自分という存在を認められた安心感が。
「早速ですが縷々空」
「なによ」
「もっと僕の名前を呼んでください」
「はあ?」
何行ってるんだこいつ。縷々空じゃなくても思わず顔をしかめてしまう。
「……はくせ?」
「違います」
「はくせ」
「違う」
「───白世」
縷々空の声がいつもよりもはっきりと澄んでいて、凛とした言霊を放つ。
白世はうっとりとした表情でそれを聞いていた。
「へんなの」
縷々空はいまいち白世がそうする理由が掴めずに言葉をこぼす。
私もそう思うよ、縷々空。




