番傘の空4
狐に部屋に無造作に放り込まれて、私は畳の上に転がった。
「あ、」
少女が気がついて、私の元へやってくる。そして手を伸ばそうとする。
目を丸くして、心底驚いているようだった。
「どうして?」
「僕の手では少々手に負えません。全く、貴女は何てものを生み出してくれたのでしょう」
苛立ちの募る声で狐は言う。
すまんな、何てものに生まれてしまって。
「もう、もどってこないとおもった」
「消すのは得意です。お望みなら消しますよ」
少女はぶんぶんと首を振って否定する。そういう仕草をすれば年相応に見えて可愛らしい。人の子もかわいげがある。
それから私を引き寄せて、
「おかえり」
と言って、なでてくる。
むー、くすぐったい。
もぞもぞと身体をふるわせるけど、それでも少女はなでてくる。その楽しげな顔にほだされそうになるが、やめてほしい。
「……笑いましたね」
狐がぽつりと呟いたので、私はついとそちらへ意識を傾けた。
狐は狐で驚いたような寂しいような表情で戸の前に立ち尽くしている。一体、何に驚いているのだろうか。
「そうだ、お前。名前をつけてくれ。狐が、私の名前はお前がつけるはずだと言ったのだ」
「なまえ?」
少女が首を傾げる。
「そうね…。かさ……かさかさ……ん! かささ!」
「カササ?」
「おはなの“はな”にたなばたにつかう、たけの“ささ”で、かささ!」
花笹。
それが私の名前か。
そう認識した途端、私の身体の中で何かが生まれた感覚がした。その違和感に少しだけ心を傾けてみる、と。
「む?」
夜色の粒子が身体から溢れ出して、人型となる。
「おとこのこだ」
少女が少しだけ目を見開いて、すぐに微笑む。
むむ。人型になった。
私は雄か。
「なにもきてないのね。きつね、なにかきるものはある?」
「……こちらに」
何もないところから着物が出てきた。少女の着ているものと瓜二つだ。
「それはおんなものよ」
「男物の服は用意されておりませんから、我慢してくださいませ。人間には女装という文化がございますよ」
狐はぽふっ、と私に藍色の着物を投げつけた。
少女は狐をきっと睨んで、それから私に着物を着させてくる。うー、この着物とやら、無駄に動きにくくさせるだけではないか。
こんなものを好んで着る人間がわからない。
それでももそもそと少女に着付けられていく。
「かささ、できたわよ」
「ありがたい」
狐がじっと私を見つめているの気づく。
一体何事か。
「何だ?」
「名前……」
ぽつりと狐が漏らす。
名前? 名前がどうかしたのか。
「僕も名前が欲しいです───」
それは羨ましいような哀しいような、不思議な声音。
狐が無意識のうちに呟く声に少女が振り向く。
「あなたにはなまえがあるはずよ」
言われて初めて狐が、自分が何を言ったのか理解したかのように「あ」となる。
狐はそっぽを向いて誤魔化そうとするが、少女はそれを許さないでたたみかける。
「なまえ。あるでしょう」
「……ありません。主にとって僕は、貴女の玩具程度にしか思われておりませんから」
観念したように狐は言う。少女の玩具? お前の主はひどい扱いをしているな。
私なんかでも生を与えられているのだ。私より生き物らしい狐が生き物として見られていないのは可哀想だ。
「なぁ、少女」
「あたしのなまえはしょうじょじゃないわ」
「じゃあなんて呼べばいい」
「おしえれないわよ。なまえはいちばんみじかい“しゅ”なのよ。こんな、てきじんちでばくろできないわ」
“しゅ”?
何のことだ? 怒ったように言われてもわからないぞ。
「“呪”ですね。名前はまじないの一種ですから」
「ほー、そーなのかー」
私はそんなこと気にしないからな。
「だから、いや」
拒絶されたが、狐はすまし顔だ。
「まあ、僕もそれが利口だとは思いますよ」
「なあなあ。だったらお前たちで名前を付け会ったらどうだ? このままでは呼びづらい」
提案してみると、二人ともキョトンとする。




