番傘の空1
こつこつこつ、と生徒の合間をすり抜けて歩いていく。私を抱えて歩く少年はするすると人混みをすり抜けていく自分よりも小さい少女を追っていく。
「先輩っ」
「なあに、蛍野君」
「この傘なんですかっ」
「見てわかんない? 番傘よ」
結姫梨香がふふふ、と笑った。私を持っている蛍野と呼ばれた男の子は、恥ずかしそうに私を抱きしめながら結姫の後ろを着いていく。
ここは学校といって人間の子供が勉学に励むためのところらしい。
結姫は沢山の生徒のせいで狭くなっている廊下を歩きながら、くるりと蛍野を振り返って片目を瞑る。
「とりあえず部室まで運んでくれないかしら?」
「いいですけど……ほんっと先輩はガラクタ集めが好きですね……」
蛍野がほとほと呆れたように言っても、結姫はただ笑うだけだ。
「ガラクタなんかじゃないわよ、ねえ?」
『そうだな』
「先輩、傘に話しかけても返事は来ないですよ!」
結姫はきょとんとした。そしてすぐに納得したような顔になって、
「知ってるわよ?」
「じゃあ何ですか今の間は……」
げんなりとした表情で私を抱えなおす蛍野。まあ、私の声が聞こえないのだから仕方が無い。私の声が聞こえる結姫が珍しいのだ。
「ささ、到着~」
何だかんだ言っているうちに、社会科資料室と書かれた部屋に辿り着く。
「部室にくるのは久しぶりねえ。どこかの誰かさんが風邪を引いて休んでいたから」
「仕方ないじゃないですか! ていうか、俺を責める前に幽霊部員やってるヤツを責めてください!」
結姫は鍵を差し込んでカチリと回した後、引っこ抜こうとするがガタガタとドアを揺らしている。
「や、やだ、抜けない~」
「もう、先輩貸してください」
そう言って蛍野が手を差し出すと、
「あ、抜けたわ」
「は、はは……」
蛍野は乾いた笑みしか出ない。手を差し出す意味なかったな。
「えーっと、何の話してたんだったかしら」
「幽霊部員の話ですよー」
「ああそうそう」
結姫は引き戸式のドアを開けて中にはいると、なんだか怪しい垂れ幕のかかっている棚の手前にすくーるばっくなるものと弁当箱の入った小さめの鞄を置いた。
「うーん。だってあの子、学校に来ても他の部活の子に連行されちゃうんだもの」
「そうですねっ」
蛍野も鞄だけを結姫の荷物の隣に置く。
どーん。それから乱暴に机の上に置かれる私。
「あの子、今日もまた軽音部の子に連行されてったわよ」
「あー、一年の中でも名を馳せている問題児ですね……」
「一年生も大変ねえ」
「そういう二年生にも幽霊部員いるじゃないですか」
恨みがましく言う蛍野に結姫は涼しい顔で、
「あの子は多分図書館に籠もってるわ。作品は預かってきているから問題なし」
「そういうものですかあ?」
「そういうものなのよ」
結姫は入り口から見て向かい合うように並べられている横二列縦四列ある机のうち、左側の真ん中の方に座る。ちょうど私の目の前だ。
『蛍野、扱いがひどい。痛いぞ』
「蛍野君、もうちょっと丁寧に扱ってね?」
私の言葉を結姫が代弁してくれた。蛍野は私を一瞥してから、椅子にドカッと座る。思ったよりも行動が雑だな。
「そういえば先月発行予定だった部紙、俺が休んだせいでなしになったんでしたよね?」
「ええ。社会科資料室は郷土歴史研究会と部室が被っているせいで、月に一週間しか使えないから」
「良かったですねー。先週一週間先輩が休んでいたと聞きましたよ。二ヶ月連続で発行中止とか、存在の薄い部がさらに存在を薄くなりますからね」
嫌味のように言っているようだが、結姫には全く聞いていないようで、
「結果オーライよ。誰かさんが六月に一度休み続けたせいで隔月発行と思われているかもだしー。あたしはちゃんと今週は登校してきたんだから」
結姫はどこ吹く風で蛍野の言葉をスルーして、私の傘布をかさかさとくすぐってくる。やめろー、くすぐったいぞー。
「先輩、早く活動しましょうよ」
「ふふふ、そんなに焦らないの」
『くすぐったいー』
結姫は私の声を聞いていないのかくすぐり続ける。やめろってばー。
「先輩」
「はいはい」
蛍野に強い口調で呼ばれて結姫は少し残念そうに私をいじる手を止めた。結姫の行動は妙に子供っぽいが、大人っぽい口調のせいであまりそんな雰囲気は与えられてこない。不思議なものだ。
「さて菓丹高校文芸部、九月の部活を始めるわ」
にやりと結姫が笑った。




