番傘の空2
「そうねえ。今日は読み合わせだけしましょうか」
「いいですよ」
蛍野が二つ返事で頷く。
「ええと、最終下校は六時で今は四時……余裕ね」
「先輩が演劇部に乗り込んで行ってこの傘を奪ってなっかたら、もっと部活の時間が取れましたよね」
半眼で結姫を見る蛍野。おお、怖い(笑)。
「ふふふ。さぁ、蛍野君はどんなのを書いてきたのかしら」
「人の話を聞いてませんね……」
『憐れ、蛍野』
ほんのちょっと同情してやろう。
ちょっとだけだけどな。
「文句は聞かないわ。さあさあ、コレを読みなさいな」
「扱いひどいですよ!」
とか何とか言いつつも素早く鞄から数枚の紙を取り出す。文字がぎっしだなあ。
それを結姫に渡し、結姫も紙束を蛍野に渡す。その束を見た瞬間、蛍野の顔が固まる。
「原稿多っ!? 誰です、二十枚越えして小説書いてきたアホは!?」
「このペンネームは……斎希ね」
「逢坂先輩部活でないで仕事だけ回してきたんですか!?」
「まあまあ、頑張って読んでね? あたし、もう読んでるから」
蛍野が紙束を掴んで渋々読み出す。
「むむ……面白い……」
怒っているような口調だが、斎希とやらが書いた小説に対して褒めている。人間の書いた物語か……。懐かしいな。
昔、私が生まれた頃にも近くにそのような人間がおったな。短い付き合いだったが。
結姫も蛍野に渡された原稿とやらに目を通していく。目玉の動きが蛍野の数倍早い。あっという間に読み終わってしまったらしく、紙束を机におく。
結姫はそれから手持ち無沙汰になったようで、私を持って部屋の隅に行く。そして小声で話しかけてきた。
「貴方、私の交換日記の事は知ってるかしら?」
『日記? 人間の子供が日記を書かせているのは聞いたことがあるが……』
「それあたしなの。貴方にも日記を書いて欲しいの」
『む? 私は書くことなどないぞ』
「じゃあ昔話を聞かせて? 私の知らない貴方の物語」
『……まあ良いが』
結姫は満足そうに頷く。
「貴方、文字書けそうに無いから、私が代筆してあげる。その代わり最終下校までよ。その間に話しきりなさい」
『めんどうだな。私を持って帰れ。手足を生やして書いてやる』
「嫌よ。だって貴方を家に持ち帰るのめんどくさいし」
『えー』
「また演劇部の倉庫で埃を被りたい?」
それはごめんこうむりたい。
しかし昔話か……何かあったか?
───あ、あった。
『……ふむ。あんまり楽しくない話でもよいか?』
「貴方の体験したことなら何でもいいわ」
「せんぱーい、独り言うるさいですよ。気味悪いです」
「あら、蛍野くんはお仕事を増やして欲しいのかしら?」
「すんませんでした」
結姫は私に視線を戻した。
結姫の左目が紅く輝く。そうか。
それなら少し昔話をしよう。
それはもう随分と昔、私が私であるのに気づいた頃のお話だ。




