猫の鬼ごっこ6
小娘が私を足下へとおろし、目を瞑る。私は何か起きるな、という予感がしたので小娘から距離をとった。再び新人に捕まる事も予想されるので、すぐに小娘の方へ行けるよう、そんな大きくは離れないがな。
「《«解放序詞・儚し紙片から悪意在る波動へ»》」
小娘が唱えると、僅かに風が動いた。段々と風が土埃を巻き上げて、ゆっくりと膨らんでいく。
小娘の髪や服がそれに合わせて空気をはらんでいくが、小娘自身は直立したままだ。
『いいのか、結姫』
「いいわよ。二度も言わせないで」
風がいっそう膨らみ、破裂する。
私は吹き飛ばされそうになったが、なんとか地面にかじり付いて事なきを得た。そして得体の知れぬ違和感を小娘に抱き、思わず身構えてしまう。
なんだ、この肌を撫でつけるような嫌な気は。すごく気持ちが悪い。そもそもその出所が小娘なのが解せない。
「これは……。───妖力」
新人も軽く驚いた様子で、じっと小娘を見つめる。
これが妖力なのか? 小娘がこんなにも大きい妖力を隠していたと言うのか? そんな事をして小娘は平気なのだろうか。小娘は一体何を抱えている。
新人も似たようなことを思っているのかは知らないが、その表情は段々と険しくなっていく。
だが、そんな新人を気にも留めず、小娘は烏之瑪しか見ていない。
「烏之瑪、早く」
『……すまぬ。《«瑪瑙で創られし之こそ主が為の鴉»》』
言葉短く烏之瑪が謝り、宙に羽ばたいて地面に平行に少し移動した。あまり小娘から離れていない場所で、烏之瑪は力有る言葉を放つ。
黒い風が烏之瑪を覆った。こまかくいえば、夜色の結姫の妖力が烏之瑪に集束する風に絡みついているのだ。黒い竜巻の中心に烏之瑪がいることとなる。大丈夫なのだろうか。
小娘の時とは違って、完全に烏之瑪の姿が隠れてしまう。風に色が付いているせいだろうか。
やがて竜巻は細くなり、消えた。そして一匹の天狗が、金環の連なる錫杖を持って現れる。
カラスの姿が見えない。まるで、カラスが天狗になったように跡形も無かった。
天狗は地面を軽く蹴って、空に舞い上がった。そうして新人の正面で相対する。
『───狐』
厳かな声で放たれた言葉は正しく烏之瑪のものであった。ということは、天狗は烏之瑪なのか。
新人は何が面白いのか嘲笑う。
『何が可笑しい』
「いえ。とうとう烏之瑪は、自身の神力を使って変化が出来なくなってしまったのかと思いまして」
烏之瑪は動じない。静かに新人を見る。
『誰かのせいで、長く人界に住み着いてしまったからな。神力は衰えてしまった』
「それではボクの勝利しか目に見えないじゃないですか」
『それはどうか。《巻いた風は竜の如し》』
烏之瑪が唱えると、その手の錫杖に集められる。かなりの量の風が集められているようで、私は吹き飛ばされそうになる。もう一度地面にかじりついて、飛ばされないように踏ん張るが、結構近いからか引きずられてしまう。
ぐぬぬ、どれほどこうしていればいいんだ烏之瑪!
「に゛ゃっ」
案の定飛ばされた。けれど、すぐに小娘に抱えられたので何とかなった。
ざわざわと肌を撫でつける強い妖力は気持ち悪いが、この際文句は言ってられない。礼を言おうと顔を上げたら、真っ青な顔をした小娘がそこにいた。
じっとりと額に汗を浮かべ、唇は紫色になっている。肌は血の気が全くなくて、真っ青を通り越して蒼白だった。
何も言えずに目を丸くしている私に、小娘は人差し指を唇の前で立てて内緒の合図をしてくる。そして、息も絶え絶えに術を唱える。
「《«…封…印……序詞…・……悪…意……在る……波動を…儚…し……紙片………へ……»》」
唱え終えると妖力が霧散し、小娘はへたり込む。
小娘がぜぃぜぃと肩で息をし始めた頃、烏之瑪の集束していた風の動きが止まった。それに気づいてそちらを向く。
目を凝らしてみると、烏之瑪の錫杖に風の球体があるではないか。なんだあれ。あんな沢山の風を集めておきながら、あんな小さいものにしてしまったのか?
『行け』
烏之瑪が一言命じると、風の球は歪んで跳ねた。
「そうこなくては」
新人は楽しそうに跳ねた風の球を避ける。風の球はまるで生きているかのように空中を跳ねていく。
新人は手に持つ日本刀でそれの進路を反らしたりはするものの、風であるので切れてはいない。
幾度か風の球を避けた新人の背後から烏之瑪が錫杖を凪ぐ。
新人は反転しつつ、日本刀を持たない方の腕で錫杖を弾いた。
「背後からですか」
『悪いか』
余裕の体でそのまま日本刀で切りつける。
烏之瑪は錫杖で受け止めた。
『こちらばかりに注目していていいのか』
「───がッ!?」
一瞬の油断で、背中に風の球が命中した。渦巻く風が新人の背中を抉る。
「くっ……!」
新人は挟まれる状態でいるのは最善ではないと判断したのか、せめぎ合う日本刀を引いて、烏之瑪の真横をすり抜けた。




