猫の鬼ごっこ5
小娘の出した式紙は、小娘の背ほどものある黒光りの籠手だった。
「白いのを捕まえなさい!」
小娘が鋭く叫んだ。
籠手は言われるがまま、新人を襲いに飛んでいく。しかし、その途中でどろん、と消えた。
「えっ」
「忘れたのですか? 結界を張ったんです。この世界ではボクが絶対なんですよ? 貴女の式ぐらい、消すなんて造作もない」
小娘が愕然とした。そんなにも衝撃的なことなのか?
『結姫よ、今回は何もするな。分が悪い』
「でも烏之瑪」
『仕方あるまい。今回は私が狐の相手をするとしよう』
小娘が唇を噛んだ。
「小娘、不調か? 魚食え、魚」
「……遠慮しとくわ」
堅い小娘の表情が少しだけ和らぐ。うむうむ、切羽詰まっても何にも良いことは無いからな。少しの余裕が人生には必要なのだ。
上を見上げる。新人と烏之瑪が一触即発の雰囲気で、お互いの出方を見ていた。うーむ、先ほどと似たような状態だなあ。巻き添えだけは食らいたくない。
「烏之瑪。仮の姿ではなく、本当の姿でかかってきてもいいんですよ?」
『ふん、余裕があるな』
「ええ。そんなちんちくりんな姿に勝っても、勝利の余韻には浸れないでしょう?」
『ぬかせ!』
烏之瑪が鋭く新人の懐めがけて飛んだ。新人は左脇腹あたりの布地を犠牲にしたものの、余裕で烏之瑪を避けた。烏之瑪は新人よりも高い位置で滞空し、新人は烏之瑪の方へ視線を向ける。
白色と黒色。分かりやすい対比だなぁ。
『ふん。確かにこのままでは埒があかぬ』
「でしょう?」
『お前の望み通り、真の姿に戻ってやろう』
烏之瑪の声は後半、ひどく冷たいものとなった。新人はにこにこと笑ったままだ。私ならあんな度胸はないなぁ。
「ちょっと、烏之瑪! 貴方その力はどこから供給してるの? 日記?」
『勿論、そうだが』
「はあ!? それ本末転倒じゃない! あ、もしかしてこの間のも!?」
大きく烏之瑪が頷けば、珍しくも小娘が声を荒げる。小娘の雰囲気からして怒る姿は想像できなかったのだが、ていうか話が見えない。
「どういうことだ、小娘?」
「……烏之瑪は神烏の中でも特殊なの。神力の容量が小さくて、人界に降りたら降りたで神世界に帰れなくなったのよ」
小娘が手を額にあてて溜息をつく。そのまま小娘は説明を続けてくれた。
「神世界は神々の住む天上の領域のことで、日本系統の神々はその領域にある高天原にいらっしゃるわ。で、そこに帰れなくなった烏之瑪は、私の回してた日記に目を付けたのよ。私の日記は妖怪の間で回して貰っているから、自然と彼らの妖気が蓄積されてしまうの。だから神世界へ帰るときに、その妖気を烏之瑪の固有能力で神力に変換して使うことになっているわ。なのに……!」
ふふ、ふふふ、と肩を震わせる小娘。
確かに小娘の言ったことは納得ができ、烏之瑪に対する怒りもいたしかたないと思わせた。まあ、私には関係がないがな。
それにしても小娘たちにそんな事情があったとは。ふむ、新人との繋がりも気になるが今は止めておこう。
なぜなら、小娘が式紙の束から五枚もの紙を千切ったからだ。
「烏之瑪。貴方が日記の力を使うというなら、あたしはこの式を貴方に向けて放つわよ」
『血迷ったか、結姫。それを放って私を攻撃しても何の意味もないぞ』
「血迷っているのは貴方よ。なら、こっちの方がお好みかしら……?」
小娘がいつも以上に怪しく笑う。取り出したのは、青い輪っかのついた紙の束だ。私にはどれもこれも、同じ紙の束にしか見えない。
『む……、それは具足……! まて、早まるな結姫!』
これまた珍しい物を見た。今度は澄まし顔ばかりの烏之瑪が、すごい慌ててる。ほぅほぅ、小娘と烏之瑪の関係が本当に怪しいぞ。
やはり小娘に弱みを握られている烏之瑪の方が、立場は弱いのか? だが、日記は弱みというほど弱みには見えないがなぁ。
「さぁー、どうしようかしらぁ?」
もうこれでは小娘が悪役にしか見えない。ほどほどにしてやれよ、という意味で小娘の頬に猫パンチを食らわす。
しかし大した威力もないので、小娘にはあまり効かないがな。
「……あの、これは放置プレイというものですかね。という事は愛? これも愛の一種なのですかね」
「おぉい、小娘。そろそろ新人が怪しい独り言を始めたから、相手してやってくれ」
ジロリ、とすごい眼光で新人を睨む小娘。おお、怖い。
「仕方ないわね。烏之瑪、あたしの霊力じゃない方を使いなさい」
『すまぬ、結姫』
烏之瑪が本当にすまなさそうに言い、小娘の近く、私とは反対の肩に留まる。
やれやれ、やっと話がまとまったようだ。




