猫の鬼ごっこ7
新人と烏之瑪が空中で切り結び続ける中、小娘の顔色はますます悪くなって行くばかりだった。
「……大丈夫か?」
「封……印の…術は、唱えた……か…ら…」
息も絶え絶えに小娘が言う。
大丈夫とは言うものの、全く大丈夫そうには見えないのだが。
小娘の呼吸が荒くなっていく。はぁはぁ、と息を吸って吐いてを繰り返す呼吸から、喉の奥がひゅぅ、ひゅうとひきつっているような細い呼吸へと変わっていく。
「………っ!」
「小娘!?」
ぐらり。
小娘の身体が前へ傾いだ。手をついて身体を支える体勢になった。
呼吸は荒いままで、私にはどうすることもできない。
「小娘、小娘!」
おいおいやめてくれ! 私は猫だ、人間の看病の仕方なぞ知らんぞ!
慌てふためく。
ああ烏之瑪、なぜ小娘が大変なことに気づかない。新人も、どうしてそこまでする必要があるのだ。
沸々と怒りが湧いてくる。他人様に迷惑をかけてまで、争う意味があるのか。
私自身の妖力が、怒りでチリチリと毛を逆立てていく。もう怒った、日記か。日記が悪いのか。
私が日記を預かってさえいなかったら、私は日がな一日のんびりと過ごしたままでいられて、小娘も苦しまなかったのだろうか。元凶は日記なのか。
ならば、そんな平穏な日々を失わせるような物はない方がいいに決まってる。
私は妖力を集めた。
実際にやるのは初めてだが、仲間内からよく話は聞いていたので問題はなさそうだ。もちろんこの場合の仲間とは、いつもの弟子猫ではなく猫又仲間達のことを指す。
妖怪は能力を持つものがいるという。認めたくはないが、妖怪に分類されてしまう私に能力があってもおかしくはないのだ。
本体と別に身体を持つことを想像する。どんな姿がよいか。ああ、小娘。お前の姿を借りよう。
私の身体から夜色の粒子が、糸を解くようにするすると出てくる。そして私本体より大きい、人間の幼い子供程の大きさで形作る。
目を開くと、いつもより高い目線でいつも通りの視野のままの世界が広がっていた。
変化。
もしくは人型。
小娘を意識したので、顔つきなどは小娘に似ているだろう。身体があまり大きくないのは不慣れだからか、私の妖力が少ないからか。
ちゃんと服も着ている。黒い襦袢に、赤いちゃんちゃんこと赤い頭巾。何だか人間でいう還暦祝いみたいだな。姿は幼児だが、精神年齢が老人とでも言いたいのかこれ。考えたのは自分なのだがな。
私は自分の本体を抱く。
そうしたときやっと、私の変化に気づいた新人と烏之瑪がその攻防をやめた。そして倒れている小娘に気づく。
『結姫!?』
「───っ!」
新人が烏之瑪よりも一拍早く、動いた。だが、遅い。
「«* 汝* 成れ* 鳴れ *»」
慣れないながらも、私が術を紡ぐ事の方が僅かに早い。
猫を殺すと七代祟るという。その真実を見せてやろう。
私が術を紡ぎ終わったとき、私が還るべき身体は消え、一つの三味線が私の手に現れる。
私はそれを構えた。
「先生何を───」
「日記を祟ろう。私は自由を脅かすものほど嫌いなものはないからな。この状況を生みだしたのが日記なのなら、気に食わないそれに仇をなすのが猫であろう」
『貴様────!』
けらけらと嘲笑ってやる。烏之瑪が風の球を私に向かわせるが、気にしない。
私の祟りの方が絶対に早い。
私が三味線を鳴らそうと手をかける、と。
「……駄…目よ、猫又……」
へたり込んでいたはずの小娘が小さな私を後ろから抱いた。ふわりと甘い香りが、刺々しい小娘の妖力と共に鼻につく。
「…烏…之瑪……に……殺され……る……わ……」
脂汗を額に浮かべ、辛そうにしているのに小娘はかすれた声で笑う。
烏之瑪が風の球を止めた。
『結姫どけ!』
「……誰の………せいだと…………思ってん……の…」
結姫は私を抱えたまま、のろのろと顔を上げて烏之瑪を睨んだ。ついで、空中で動きを止めていた新人にも視線をやる。
「今日…は……体調が…悪いの……。………出直し…なさい。貴方が…まだ……私を…想って…くれるの…なら……」
途切れ途切れに言う言葉は切なそうにさえ聞こえて、小娘が痛ましかった。
新人は完全に表情が消え、冷たい目で私を睨み日本刀を袖にしまう。
「……[«解き解せ¦秘狐界»]」
世界がほろほろと崩れていき、元の青空のある世界に戻ってくる。新人の結界が解けたのか。
新人が口惜しそうに最後小娘を見て、夜色の霧となって散った。本当にあいつは仲間ではなかったのだな、と今更ながらに思った。
空を眺めている私に、小娘が耳打ちする。
「…術を……解いて……」
「無理だ。猫又の術は我が身を犠牲に相手を祟るから。私の身体が三味線になった時点で、もう後戻りできない」
『馬鹿め。何故そんな事をしてまで我らの日記を呪おうとした』
「私は終日穏やかであることを願うのが常。小娘を弱らせてでも争う烏之瑪達が気に食わなくてな。そんなことになるなら、日記を祟ってやろうと。───ノリで」
『ノリで日記を呪うな!』
烏之瑪が怒る。
いいじゃないか、結局祟らずに済んだのだし。




