藤の想い出9
白すぎる狐の妖怪に手を取られている結姫と、それを少し離れた場所から見ている自分と雪斗。そして地上の自分達を眺める天狗、もとい烏之瑪。それぞれが三竦み状態で、また一触即発の雰囲気。
「完全にアウェイだな俺ら」
「あうぇい?」
聞き慣れない単語に聞き返すと、雪斗は視線を両者の間から動かさずに言った。
「あー、うん、仲間外れみたいだなという意味だ、たぶん」
「先生なんだろう? たぶん、でいいのか?」
「俺は英語教師じゃないからなー」
うむ、つまり自分達は今、我関せず状態を貫いてる。何もする事がないと言うより、何をすればよいか分からん。
ていうか、結姫、お前そっぽ向いてないでこの状況をなんとかしろ。お前の問題だろう。
「さあ、お好きなように攻撃してください。ボク、烏之瑪の攻撃好きですので」
『ふん、神罰が効かないとタカをくくっていると痛い目を見るぞ』
「事実ですし」
いや、もう、なんでもいいんでキリをつけて欲しい。早く帰りたい。
「いい加減、手を離しなさい!」
ドスッ。
鈍い音。
結姫の足が見事に白すぎる妖狐の鳩尾に入っている。っていいのか? 話の流れ的に奴は敵なのだろう?
「……いいのか、あれ」
「……まあ藤子、愕然とするな。俺も似たようなこと思ってるから言うが、反応したら負けだ」
そうだな、反応したら負けだ。というわけで事の成り行きを見守る。
「痛いですけど愛を感じます……!」
なんか妖狐が悶えてる。
「おい雪斗、変態だ、変態がいる」
「……妖怪の性格ってどうやって決まるんだろうな?」
現実逃避をし始めるが、それは反応したら負け理論の一環なのだろうか。雪斗は遠くを見やった。
『ふん、気色の悪い。《«巻いた風は竜の如し»》』
ごもっともな事を言う烏之瑪が錫杖を前に突き出すと、辺りの風がざわりと生きているかのように蠢いた。肌をぞっと撫でるような感触に、咄嗟に雪斗を押し倒す。
「お、おいっ」
「起きるな!」
言った途端、風が烏之瑪の元へ導かれていく。すごい勢いなので、伏せていないと吹き飛ばされてしまう。
烏之瑪の持っている金環のついた錫杖に風が集束、圧縮される。ほんの数秒で風がやんだので、起きあがる。
「すまん、藤子」
「問題ない」
雪斗は力があるが、その使い方まで知らないはず。視えはしても結局は無力なのだ。
圧縮された風は烏之瑪の錫杖の先で渦巻いている。目には見えないが、妖力のようなものが風に絡みついているのを感じる。
「だーから、いい加減にしなさいっ」
スコーン、とさっき以上に軽い音が空中で鳴った。今度は烏之瑪に向かって符の束を投げつけたようだ。
『あだっ』
妖気の操作が乱れて錫杖に集まっていた風が散る。
投げつけた符の束は、結姫がうまく掴んだ。結姫、一応それは大切な物ではないのか……?
『何をする』
「害意のないヤツに攻撃しても疲れるだけだわ。───貴方、用が終わったなら早く帰りなさい」
結姫が冷ややかな目で白すぎる妖狐に言う。
妖狐は胸に手を当て跪く。白い衣がふわりと翻った。
「最後にもう一つ」
「まだ何かあるの?」
うんざりとした体で結姫が息をつく。めんどくさいことをさっさと終わらせたいのは普通の事だから仕方ない、というより自分はさっきからずっと思っているのだし。
白すぎる妖狐は畏まった態度で言葉を紡いだ。
「現世の御名を」
厳かな言葉。
場が一瞬で清められる気がした。
しかし、白すぎる妖狐が言った言葉は応えてはいけないものであった。
己の名を妖ものの類に教えるのは自殺行為なこと。自分のような到底、害を与えれない者なら良いがあの妖怪は力が強い。
言葉に力を込められれば危険だ。自分の名が言霊となる。それは───
「そんな危険なことしないわよ」
結姫は前に垂れてきた髪を払う。そのまま腕を白すぎる妖狐に突き出した。
「でも、貴方が今の主人を見限って、あたしと完全な契約をするのなら考えてあげるわ」
白すぎる妖狐は寂しそうに笑う。
「……慈悲ですね」
「現世の立場が明確になっただけよ」
結姫は微笑むが目が笑っていない。
「おい藤子」
「なんだ?」
「あいつ、結姫の知り合いのようなのに結姫の名前を知らないのか?」
自分はきょとんとした。そういえばそうだな。
「なんかおかしいな」
「話が絡まってるなあ。妖怪って皆そうなのか? 喧嘩っ早いかったり、意味不明だったり、変態だったり」
「人間のお前には馴染みが無いだろうが大丈夫だ。自分の生活だってそこらの年寄りとなんら変わらんから、実際どうなのかは知らん」
「つまりはあいつらがおかしいだけ?」
「かもしれないな」
奇妙な連中だ。さっぱり目的が分からん。
「残念です。名前は次の機会に聞きましょう」
「あら、次に会ったら契約してくれるのかしら?」
「契約させるのはボクの方ですよ」
白すぎる妖狐は妖しく笑う。彼の妖気が辺りに充満し始めた。それに伴って、彼の姿が薄くなる。
「ここで会ったのも何かの縁。またお会いしましょう。───たった一人のボクの友人」
白すぎる妖狐が言葉を言いきったところで辺りの妖気が暴れ、目の前が黒く染まる。
「うわっ」
「問題ない」
驚いた様子の雪斗に言葉をかける。すぐに妖気は収まって視界が開く。これはアレだ。自分も使ったが、身体を形作る妖気を解くやつだ。
すでに今頃、アレは手の届かないところにいるだろう。
やれやれ、だ。
「烏之瑪、貴方も降りてきなさい」
結姫が声をかけると烏之瑪は舞い降りてきた。近くで見ると、うん、立派な天狗だ。
『なんだ』
「なんだじゃないわよ。どこに行ったか心配していたら何よ。格好つけて登場しちゃって」
『怪しい気配を感じていたのでな』
「なんで言わなかったのよ」
『中途半端なお前では、狐まで相手できないだろう』
「そうだけど」
結姫が唇を尖らせる。
烏之瑪は顔を結姫から反らさないまま、まだ何か言おうとしたが、口を噤んでしまった。
どろん、と音を立てていつものカラスに戻る。うん、やっぱり烏之瑪だったな。
「うわ」
雪斗が目を丸くする。
何はともあれ一件落着であろうか。結姫には聞きたいことが沢山できたが、これ以上面倒ごとに巻き込まれる気はないので気にしないことにしよう。




