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物語る日記帳  作者: 采火
本編
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23/63

藤の想い出10

 雪斗とまた出会えた。


 とても嬉しい。


 自分は謝ることができた。


 そして雪斗に頼んで字を教えてもらって書いている。


 雪斗は先生になったようだ。


 教え方がうまい。


 雪斗。


 頑張れ。



†☆†☆†



 改めて書くと照れくさい文章になってしまった日記をパタリと閉じた。


「と、藤子! まだ墨が乾いていない!」

「あ。しまった」


 ぺらぺらとめくって自分の書き込んだところを開くが、墨はなんとか乾いていたようで悲惨なことにはなっていなかった。

 明らかに雪斗の顔がホッとする。自分は雪斗の顔を見た。

 ここは自分の本体の藤の木の根本だ。自分と雪斗はそこで日記を書いていた。本当に雪斗には伝えきれないほどの感謝を抱いている。


「雪斗、ありがとう」

「いや、俺も暇だったからな」


 くしゃり、と雪斗は自分の髪をかき乱した。


「おい、子供扱いするな」

「ははは」


 雪斗は無邪気に笑う。そんな顔されたら怒るに怒れないではないか。

 自分の顔をふと見つめた雪斗は今度は柔和に笑う。


「お面、取ってもいいか?」

「? まあ、いいが」


 首を傾げつつも許可をする。雪斗は結構自分の顔を見たがる。こんな醜い顔、どうして好んでみるのだろうか。

 雪斗が自分の面に手をかける。ゆっくりと外されると太陽の眩しさに思わず目を細めた。ちょうど雪斗の顔の位置が逆光になっているのだ。


「まぶしいぞ」

「そうか?」


 雪斗の顔が眩しくて見えない。面は自然と視界が狭まるので眩しいとは感じなかったが、多くの光が目に飛び込んできて少し痛くも感じる。それでも雪斗が微笑んでいるのがよく分かった。


「雪斗」

「なんだ?」

「───ありがとう」


 目を細めたまま、頬を緩める。


「字を教えてくれてありがとう、昔の自分の非道を許してくれてありがとう、妖怪を嫌いにならなくてありがとう」

「おいおい藤子」

「───自分と会ってくれてありがとう」


 雪斗が目を見開く。

 涙が自分の瞳からこぼれた。これで心置きなく眠れる。


「藤子?」

「雪斗に言い忘れていたが、自分がこの人型をとるのにはかなりの力を使うんだ。ここ最近は人型を連続で使用したからくたくたなんだ」

「なっ!? 大丈夫なのか!?」

「大丈夫。あの黒い獣から力を吸い取ったし。だが、少しだけ眠らせて欲しい」


 自分は微笑んだ。所詮は植物である自分は九十九神としてはまだまだ未熟なのだ。人と長くいるわけでも大切にされるわけでもない。たまたま長生きをしてしまっただけの妖怪だ。

 他の奴らと比べても弱いのだ。


「本当に眠るだけか?」

「そうだ。すぐに起きる」

「すぐっていつだ?」


 雪斗が真顔になって肩を掴んだ。


「痛いぞ、雪斗。そんな泣きそうな顔をするな」


 さっきまで笑っていたのにもう泣きそうな顔をする。人の子は表情がくるくると変わるので見ているのは面白いが、雪斗の悲しそうな表情はあまり見たくなかった。


「別に大丈夫だろう? この数年間だって、人型をとって雪斗を探し、疲れたら本来の姿に戻るの繰り返しだったしな」

「藤子お前……」


 雪斗は言葉を飲み込む。何かを言いたがっているようだが言わないようだ。

 言え、雪斗。言わなきゃ分からない。

 そう言おうとしたとき、


「貴方達なにイチャイチャしているの……?」

『くくくっ』


 あきれ顔の結姫と烏之瑪が佇んでいた。烏之瑪が結姫の肩から飛び立ち、自分の頭へと着地した。


『ああ、これは弱ってるな』


 烏之瑪が納得したように頷いた。

 雪斗がそれに顔を青ざめる。


「藤子、本当に大丈夫なのか」

「問題ないと言ってるだろう。しばらく眠るだけだと言っとるだろう」

「どれくらい寝るの?」


 結姫が聞いてきた。

 自分は煩わしく思いつつも答えてやる。


「数週間程度だ」

『嘘をつくな。最低でも数ヶ月かかるだろう』


 数え方の問題だ。


『仕方ない。礼代わりだ』

「礼? なんの礼だ?」


 烏之瑪が疑問符を浮かばせる自分の頭から飛び立つ。髪が少しバサバサとなびいた。烏之瑪は藤の木の一番低い枝に乗って一鳴きする。

 普通のカラスのように喉を潰したような声ではなく、高く遠くに澄み渡るような声だった。

 長く尾を引いたような鳴き声が聞こえなくなったとき、藤の木が淡く光り出した。それに伴い自分の体も淡く光。これは……。

 足りなくなっていた妖力が元に戻り始める。


「烏之瑪、これは……」

「烏之瑪の特殊能力といったところかしら」


 烏之瑪の代わりに結姫が答える。


「烏之瑪が神妖なのは知ってるでしょ? 烏之瑪の仕えている神様が烏之瑪に与えた能力なの。神力、霊力、妖力……、これらの力を変換するの。例えば今なら烏之瑪がかき集めた周囲の霊力をトーコの波長にあった妖力に変換したのよ」


 改めて烏之瑪が神の眷族であることを意識した。格が違いすぎる。


『……ふむ、このくらいか。トーコよ、これで1ヶ月くらいは保つだろう。人里へ降りてそいつの元にいろ』

「……別にここにいるが?」

『あの狐が舞い戻ってこないとは限らん。しばらくは人の子の元で暮らせ』


 あの白すぎる妖狐か。確かに自分一人では対処に困る。でも雪斗に迷惑がかかるのではないだろうか。

 そう思いあぐねていると、


「……そうだな、藤子。危険なところにいるよりも少し安全を考えよう。それに、俺も色々と話したい」


 少しだけ照れて気さくに笑いかけてくれる雪斗に感謝の念で一杯になった。


「先生ー、独身だからって妖怪に手をだすのだけは駄目ですよー?」

「はっ!? こら、待て結姫!」


 目を白黒させる雪斗を無視して、結姫は颯爽と自分の腕にある日記をとりあげた。中身をパラパラと確認して、一人頷く。


「書けてるわね。じゃ、またねトーコ」


 ひらひらと日記を振りながら結姫は背を向けた。烏之瑪が彼女の肩に上る。


「あ、そうそう。黒い獣倒すとき、動きを止めておいてくれてありがとう。結局はあたしが倒せた訳じゃないけど、貴女がいなきゃやられっぱなしだったわけだし」

「……なるほど」


 その“礼”か。結姫もなかなか粋なことをしてくれる。


「さっき見回ってみて他の妖怪はいなかったから、しばらくの間は平気よ。先生、トーコに欲情だけはしないでくださいね?」

「だれがするかっ!!」


 雪斗が顔を真っ赤に染めて憤慨する。ふふ、面白い。

 結姫はそのまま何事もなく帰って行った。烏之瑪も彼女の肩で揺られながら帰った。残るは雪斗と自分だけ。


「行こうか、トーコ」


 雪斗がこちらに手を伸ばしてくる。長年いた場所を離れるのは寂しいが、それ以上に雪斗とまだいられることへの喜びが心を満たす。温かい波紋が心に広がる。

 あまりにも突飛なことの起きた今日だったが、それでもいいことがあった。

 雪斗の手の温もりが自分の手の温もりとなる。


 人と妖怪に差などないのだ。

2話完結です。

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