藤の想い出8
「グルァッ!!」
黒い獣が一鳴きすると抑えつけていた腕が消える。
「大人しくやられなさいよ」
「……腕はどうして消えたんだ?」
「腕に妖力を流し込まれたのよ。あいつ、術とかもってない割に厄介なことするわね」
それでも結姫はもう一度腕を呼び出す。消される。呼び出す。消される。
何度も同じ事を繰り返す。
呼び出す。消される。呼び出す。消される。呼び出す。消される。呼び出す。消される。呼び出す。消される。呼び出す。消される。呼び出す。消される。呼び出す……。
突撃してくる黒い獣を結姫はあしらうように腕型の式紙ではじく。自分は結姫の後ろで雪斗と共にそれを見ていた。
「《«式紙の三・腕・顕現»》」
腕は一度攻撃するとどろん、と消えてしまう。攻撃しなくとも、黒い獣が触れただけで消えてしまう。
結姫はそれを知っているからか、消える度に腕を補充する。
「そろそろ諦めたら? 符はまだまだあるわよ?」
「符っていうか……、単語カードだろソレ……」
悠然と結姫が微笑むのに対し、雪斗がげんなりと言う。そしてまた黒い獣は吹き飛ばされる。
「結姫、なんか楽しそうだな」
「……なんか俺の知ってる結姫の性格と全然違うんだけど」
雪斗の顔がひきつってる。そんなに雪斗が知ってる結姫の性格と違うのか? つまり結姫は猫かぶり?
「ニッキ……!」
今度は狙いを変えてこちらに向かってきた。自分は一歩、雪斗を守るように前に出た。
「藤子?」
自分はゆっくりと妖力をかき集めた。そうすると、自分の身体は羽のよう軽くなって持ち上がった。
「……!?」
自分とは逆に黒い獣が重力に負けるように押しつぶれる。
「と、藤子、何をしたんだ?」
「あいつの妖力を取り込んで、自分の栄養にした。自分の元は藤だ。人型の姿を取るには普通の養分だけでは足りないからこういう能力を得た」
雪斗が目を白黒させる。
これは簡単な能力だ。生き残るための能力。
自分さ言ったとおり周囲の妖力を自分の栄養にする。黒い獣は直接触れた物に己の妖力を流すが、その逆をした。自分の妖力を吸収する能力を黒い獣が触れる範囲まで広め、妖力を流し込ませた。そうして思いっきりかき集めた。
先程、無理矢理妖力を流されたときとは違って、自分に都合良く取り込むのだから痛みはない。
結姫が笑う。
「やるじゃないトーコ。そのままよ。───抑えつけなさい」
つぶれた黒い獣を余計に潰すように腕がのしかかる。
「ふふふ、何か言わないと本当につぶすわよ?」
「アルジ……!」
つぶされつつも、黒い獣がにたりと笑う。
“ニッキ”としか言わなかった黒い獣がとうとう別の言葉を発したことで、結姫の表情が僅かに真剣味を帯びた。
「アルジのフウインはニッキのチカラ……! ニッキとドウトウのチカラでアルジはタスかる……!」
「日記の封印……? それって、まさか……」
思い当たる節があるのか結姫の表情が完全に険しい物になる。
黒い獣がますます笑う。ケタケタ、ケタケタと。
「アルジはヨミガエ───」
言葉の途中。ぷつりと糸が切れたように言葉が途切れ、黒い獣の首が跳ねた。鞠が弾むようにてんてんと転がる。
「っ!?」
自分は息を飲む。雪斗も目を見張り、結姫も呆然としている。
血が噴き出る。汚れた腕は消える。とさり、と軽い音を立てて黒い獣の躯は転がった。
そして腕によって遮られていた姿が現れる。
「───貴方!」
「久しぶりですね、お会いしたかった……」
白い髪、白い肌、獣耳。白い狩衣に白い尾が沢山。白い狩衣の下は深い森の色の衣に同色の袴のようだ。手には日本刀を携えている。
綺麗だと思った。白すぎる故に綺麗。
しかし妖怪。耳と尾がそれを証明していた。
白すぎる妖狐が姿を消す。
「っ!?」
「貴女は何時でもお美しいですね……」
視線を動かし結姫を見れば、白すぎる妖狐は彼女に跪き手を取っていた。
一瞬の移動。半端ではない妖力の持ち主であることが伺い知れる。
「……貴方、そうとう昔に封印した覚えがあるんだけど?」
「つれない……。ボクは貴女を想って今日を生きているのに」
「貴方ほど質の悪い妖怪はいないと思わない?」
苦虫を噛んだような表情でそろりと手元の符を使おうとする結姫の手を、ピシャリと白すぎる妖狐は叩いた。
「っ!」
「物騒なものは必要ないでしょう?」
白すぎる妖狐はゆらりと立ち上がり、微笑む。綺麗に微笑むなあ。
「今日は挨拶だけです。後は余分な事を言おうとした馬鹿の始末ですね。どちらかというと本題はそちらでしたが貴女と会えたのでこちらの方が本題になりました」
「あたし、貴方とはもう二度と会いたくなかったんだけど」
「くす。姿が変わっても貴女は貴女だ。愛してますよ」
結姫がキッと白すぎる妖狐を睨みつけた。おおう、顔が本当に怖いことになっとるぞ結姫。
「封印するわよ」
「本望です」
そして病んでるぞ相手。
自分から封印されたい妖狐なぞ普通おらんだろう。
場ずれしている思考にふけていれば、雪斗がとんとんと肩を叩いてきた。
「ほっといていいのか、これ」
「知らん。自分も結姫に会ったのは最近で、何が何なのかよく分からん」
実際この騒ぎ自分には何も関係がない気がする、というか完全にない。
どうしようか。去っていいだろうか。帰りたい、本当に帰りたい。
「ボクは貴女の従者で奴隷で従僕ですよ」
「二股かける奴隷なんかいらない、ていうかこの手を離しなさい」
「離したら物騒なものを使うでしょう?」
にこりと白すぎる妖狐が笑う。
本当に結姫、お前何者なんだ。こんな変な妖怪を知り合いに持ってたり、中途半端に力を持っていたり、神烏を連れていたり。普通の人間でないのは確かだが……。
『離れろ』
む? この聞き慣れた声は。
突如降ってきた声に、思わず上を向く。雪斗も同じように顔をあげる。多分、結姫と白すぎる妖狐もそうだろう。
「烏之瑪?」
しかし、空に見慣れた片目のカラスはいない。
───いるのは漆黒の翼を持ち、金の錫杖を手にした、仮面を付けている山伏。
「烏之瑪……?」
見ているのは明らかに天狗だ。しかし発された言葉とにじみ出る妖力はまさしく烏之瑪のもの。
人型がとれたのか。なんか登場が格好いいが、お前、今までどこに行っていた。
「なんだあの天狗」
「お前の眼鏡を取ったカラスだ」
「は!? アレも妖怪だったのか!?」
普通の反応だ。それが正しい。
自分もこの謎過ぎる場面で、把握し切れてる内容に自信が無くなってしまっているので確信できないが。
多分、烏之瑪で間違いないだろう。
「おや? 懐かしい顔ですね」
『結姫から離れよ。離れぬ場合は神罰を下す』
烏之瑪だと思われる天狗が錫杖を下向きに降る。金環同士がぶつかってしゃらんと鳴った。白すぎる妖狐はその澄んだ音に首を向ける。
「神罰? 確かに貴方は神の眷属ですが、ボクだって神の眷属ですよ? 神罰なんて無理です」
『やってみようか』
両者の間に険悪な空気が流れる。どうしようか。日記どころでは無い気がするのだが。
結姫は唇を強く噛んでいる。未だに腕を捕まれたままで、思うように動けないようだ。
一触即発の雰囲気。さてどう打破するか。




