藤の想い出7
もうもうと膨らむ土埃の中、誰かの声が聞こえた。自分を呼ぶ声、雪斗だ。
結姫を見つけてすぐに人型をとったのがいけなかった。黒い獣はすぐ後ろから着いてきていたのだ。
人型になった瞬間、自分は突き飛ばされた。否、突き飛ばされた、というものじゃない。吹っ飛ばされたのだ。
「来るな……!」
「チカラ、チカラ、チカラ……!」
必死に体を動かそうとするが、力が抜ける。土を掻いた。
「藤子!?」
すぐ近くで自分の名を呼ぶ声。
ああ、駄目だ、来てはならない雪斗。こっちには危険なヤツがいるんだ……。
「藤子!」
願いは虚しく雪斗が姿を見せた。黒い獣はそちらに視線を向ける。にたりと顔を醜悪に歪ませた。
「チカラ……!」
「や…めろ……!」
けらけらと黒い獣は笑う。
雪斗は土埃で見えていないらしく、どんどん近づいてくる。駄目だ、来るな……!
「《«式紙の三・腕・顕現»》」
結姫の声と共に風が吹き、土埃がなぎ払われる。視界が開けた。雪斗の姿がはっきり見える。もう後数歩近づいていれば、黒い獣の間合いに入るところだった。
結姫の近くに、黒くぬらぬらと光る大きな籠手が一つ漂っている。
結姫の言葉からして、ソレは式紙なのだろう。結姫は己を弱いと言って言っていたが、式紙を扱えられるのなら問題ないのではないだろうか。
「妖怪ちゃーん、また会ったわね」
結姫が笑う。
知り合いなのか?
「この間は逃がしてあげたけど、今回は駄目よ。逃がしてあげない」
結姫の手に、緑色の輪で束ねられた小さな紙束がある。結姫はそれを一枚ちぎって、放った。
「《«式紙の三・腕・顕現»》」
もう一本、白い煙に包まれて籠手が現れる。
「───弾きなさい」
結姫は淡々とした声で籠手に命令する。
二つの籠手のうち、一つが突進し黒い獣を弾いた。黒い獣は吹っ飛び、突進した籠手も消える。籠手が消えた後、自分の顔の前に一枚の紙切れがひらりと舞い降りた。たぶん、式紙用の符だろう。
黒い獣が自分の上からいなくなったのを見た雪斗が、駆け寄って抱き起こしてくれた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
抱き起こされたせいで、面がずり落ちる。髪もぼさぼさで泥だらけ。そんな自分を抱き起こしてくれる雪斗は、やはり優しい。
「ニッキ……!」
「あげないわ。───弾きなさい」
黒い獣が跳ね起きて、結姫に飛びかかりに行こうとする。しかし結姫は残っている籠手でそれすら弾いた。
「先生、藤子を連れてこっちに!」
結姫が叫ぶ。
雪斗はうなずき、自分の膝下に手を入れてそのまま持ち上げた。自分はといえば、雪斗の首に腕を回す。
雪斗が自分に向けて笑いかけた。自分が笑い返すと、雪斗は足を動かした。
結姫とは少し距離がある。それなのに、後ろからは二度吹き飛ばされた黒い獣が追ってきていた。
「ガァ……ァッ…!」
「《«式紙の三・腕・顕現»》」
三本目の籠手が現れる。籠手は自分達を通り過ぎて黒い獣にぶつかりに行く。が、三度目の正直ということなのか、黒い獣はそれを避けた。
黒い獣は避けると籠手の少し触れる。それだけで籠手は消えた。
「ちっ」
結姫の舌打ちが聞こえる。とりあえず、結姫の元にはたどり着いた。
「結姫、逃げるぞ。あんなのを相手にしていたら命がいくつあっても足らない」
「大丈夫よ。先生は黙って」
結姫はふふふ、と笑う。
黒い獣が目の前から消えた。
「!」
雪斗が目を見張る。自分も驚き辺りに気を配る。
「《«式紙の二・胴・顕現»》」
黒塗りの大きな甲冑が自分達の上に落ちてくる。籠手と全く同じ装飾がされているのが見て取れたが、すぐに影が差して薄暗くなる。
「結姫!?」
「《«式紙の三・腕・顕現»》」
暗くてよく見えないが、頭上からこぼれる明かりによって小さな籠手が現れたのが分かった。
「……どうするつもりだ?」
「こうするの」
籠手は頭上に舞い上がり、死角に待機した。
これは……。
自分が納得したところで、頭上の光が何かに遮られる。
「来た! ───叩きなさい!」
結姫が命じたタイミングで、黒い獣が入り込んできた。そして、影から出てきた籠手に見事に叩かれる。
胴の内面とぶつかり、籠手と胴が共に消えた。
「使い切りの消耗品とか、ほんと面倒。《«式紙の三・腕・顕現»》」
結姫が文句を言いながら籠手を出現させた。そのまま籠手を使って黒い獣を押さえつける。
「ガッ……ァ……!」
「形勢逆転、ね。さあ、貴方の親玉はだあれ?」
もうもうと上がる土煙の中、結姫が不敵に微笑んだ。




