藤の想い出5
やっとお面を返してくれた雪斗は、何かを探すように視線をやる。すぐに自分の背後で視線を止めた。
「それにしても結姫が妖怪を見れるなんて驚いたぞ」
距離を離れて見ていた結姫が、ぎょっとした。自分は素知らぬ顔でお面をつけ直す。
「あれ!? 先生、あたしがいるのいつから気付いてました!? あたし、姿を見られる前に距離取ったんですけど!」
結姫がトンネルから飛び出てくる。全速力で走ってるようで、ミニスカートが際どくめくれる。雪斗はそれ(どっちだ?)を見て苦笑した。
「いや、だって、さっき藤子がお前の名前言ったし」
「それでも距離取ってたから分かりませんよね!? 私服ですし!」
触覚のような髪をピコピコさせて大慌てする結姫を見ながら、雪斗は笑う。
「んー。気配、かな」
「先生案外力強いですね!?」
「ははは」
ん? 雪斗は力が強いのか?
「雪斗、お前は力が強いのか?」
「知らん。比べる奴なんていないからなあ」
顎に手を当て首を傾げる雪斗。どうなのだろうか?
もし力が強いのなら、妖怪に狙われなかったのは本当に幸運すぎる。幸運すぎて不思議なくらいだ。
結姫は取り乱すのを辞めたようで、いや落ち着いたようで、腕を組んで自分の左隣に立つ。
「先生はかなり力強いですよ。あたしの場合、単独では妖怪の気配すら掴めないし。人の気配なんて以ての外です」
「そうなのか? じゃあ何で藤子と一緒にいるんだ? 藤子に遭うには徒歩でここまでこないと。こんな場所、普通徒歩で来ないだろう?」
「え、えと、それは……」
結姫はしどろもどろになる。なんだ? 素直に言えばいいのに。
「結姫は自分に日記を書けと言ってきたんだ」
「日記?」
「ちょ、トーコ!」
なんだ? 言ってはまずかったのだろうか?
結姫が恨めしそうにこちらを見上げる。結姫は身長が低いからな。
「日記なんて書いてどうするんだ?」
雪斗の声が上から降ってくる。結姫より身長の高い自分よりも、更に雪斗は身長が高いからな。
その雪斗の声は微かに堅かった。
「先生には関係無いです」
ぷいっと顔を背ける結姫。それは自分も気になるぞ。
どうして結姫は日記を妖怪に書いて貰っているのだろう。謎だ。とても気になる、気になるぞ。
「先生に言えないことか? 先生はお前のこと案じてだな、」
結姫は一瞬冷めた目になった。氷のように冷たい目。この目のせいで結姫の表情が異常に見えた。
ぞくり、と背筋に冷や汗が垂れた感じがする。雪斗の方をそっと伺うと、彼は険しい顔で結姫を見つめていた。
不意に結姫が駆けだした。
「おい、結姫!」
スルリ、と雪斗の横をすり抜けた。雪斗が後ろを追いかけようとして身を翻す。
……人の子は分からない。他人の心配はするくせに、自分の心配をされるとバツが悪くなったように逃げ出す。結姫の冷ややかな目は気になったが、今の彼女はそれに近い行動を取った。
心配されることが嫌なのだろうか? それは善意から来ることで、悪いことではないのに。
自分はぼーっと彼らの姿を視線で追いかける。日記については是非聞きたいが、どうやらそれは叶わないらしい。
「……自分も帰ろうか」
自分はトンネルの向こうにある藤の元へ行こうと、くるりと反転した。日記もあそこに置いてあるし、と。ん?
……何かいる。
自分の真後ろに黒い物体がいる。思わず後ずさった。
数歩後ずさっただけで黒い物体の全体図が見える。少し大きめの犬のように見えた。これは……。
『ニッキをヨコせ……』
「お前、こないだ烏之瑪を見て嘲笑ってた奴だな」
一体何の用だ。自分は烏之瑪じゃないぞ。
『ニッキはドコだ……』
こいつ、日記帳が目的か? 一体、結姫は日記にどんな秘密を隠しているのやら。思いつつも後退する。
「さてな。自分は知らん」
『ムダだ……、おマエがニッキをモっているのはシっている』
「教えた覚えはないのだがな」
こいつ、どうやら今まで自分を監視していたらしい。烏之瑪との会話を聞かれたか。……烏之瑪?
「そういえば烏之瑪はどこだ?」
雪斗の眼鏡を落としたっきり、行方を眩ませた。結姫とともに帰ったのか?
と、いろいろ考えていると犬のような奴がじりじりとの寄ってくる。ええい、鬱陶しい。
自分はくるりともとの方へ反転した。そして駆けて、正規の道ではなく草木が好き勝手に育っている土手に飛び込んだ。
木の枝がお面に引っかかり嫌な音がする。茂みに引っ掛けたドレスの裾がボロボロになる。それでも走る。
大きめの石があったから飛び越える。地面を蹴って、すぐに足の関節を曲げる。それだけで下り坂になっている土手に置いてある石を飛び越えられる。
後ろを振り向いた。自分はかなり速く走っていたはずだ。
なのに。
「………っ!」
犬のような奴が真後ろでにたりと笑う。この速さで付いてきたというのか!?
流石の自分も焦りもっと速度を上げようと思ったそのとき、
「ムダだ……!」
背中が軽く押された。




