最後の闘い The Last Battle
その屋敷の正面で、しばし立ちつくすライルの姿がある。
この屋敷に、彼の宿敵が潜んでいるはずだ。その名はサカムビット。麻薬『霧の華』を独占している黒幕。表向きはサイモンという名前の大商人だ。その大きな屋敷は、不気味に静まりかえっている。アリアからの知らせを受け、居ても立ってもいられなくなったライルは、疾風のごとくエドの街を駆け抜けて、ここを探し出した。その両の瞳は、飢えた野獣のごとくギラギラと光っている。
そんなライルの後を追った仲間達が、この屋敷の前に立つ彼の姿を見つけて駆け寄ってくる。
「ライルっ! あんたねえ、今さら私達を置いていくなんて、何考えてんのよっ!!」
息を弾ませながら、ティナが怒りに顔を赤らめている。怒鳴りつけられたライルは、ティナの方にゆっくりと顔を向け、全てを吸い込んでいくかのような漆黒の瞳で見詰めるばかりだ。何も答えない。ティナの胸に不安が広がる。まさか、やはりこの男は一人で行くなどと考えているのではなかろうか?
「私は、あんたの闘いに最後までつき合うと誓った。あんたは私達と一緒に闘うと誓った。忘れた訳じゃないでしょうねっ!!」
怒りに燃えるティナの瞳が、容赦なくライルに叩きつけられる。
ライルは目を伏せ、再び目の前の屋敷を見詰める。
そんなライルの肩に、ギリアムが手を置く。
「おぬしの気持ちもわからぬでもない。だがな、おぬしを決して一人では行かせぬぞ。ワシはおぬしと共に闘う事を誓った。騎士の誓いとはな、もしもそれを破るような事があれば、自らの命を絶たねばならぬ。おぬし、ワシにそんな事をさせるつもりか? 闘って生をつかみ取る機会すら、ワシから奪うつもりか?」
ライルは視線を落とした。
アリアは一心に告げる。
「ライル。私は以前、『あなたの闘いを手伝わせて下さい』と言いました。でも、それは間違いでした。私が私の道を行うためには、あなたの力が必要なのです。人々を不幸にする薬を、この世からなくさなくてはいけない。それが、主が私に命じている道なのです。どうか、私にあなたの力を貸して下さい」
「アリア……。ティナ、ギリアム……」
初めて、ライルが口を開いた。自分を取り囲む一同をぐるりと見回す。
誰もが、同じ光を瞳に宿している。
冷静な魔術師ノエルも告げる。
「ライル。いい修行の機会を、私が逃すとでも思いますか? しかし、正面から討ち入るのは危険です。ここは一旦、退いて……」
言いかけるノエルの言葉を、ホークスが遮った。
「いや、もう遅いぜ、ノエル。敵さんは気づいている。俺達の存在にな。感じるぜ。さっきから、視線を感じる。……俺を襲ったヤツだ、多分。今、ここでひけば、かえって不利になる。迎え討つワナを幾重にも準備しやがるか、逃げられる。策を練る時間もねえが、まさかロメオスから情報が漏れるとは敵も思いもよらなかったろう。組織の末端から辿り着くより圧倒的に早い。この状況なら不意打ちに近い。このまま行くしかねえぞ」
以前は曲者に不覚を取り、その身に傷を受けてしまったホークスだが、その気になって心を集中させて研ぎ澄ませば、一度味わった相手の気配を察知する事ができる。どこからかなのかはわからないが、先程からこちらをうかがう気配を微かに感じているのだ。
と……その気配が消えた。
「ヤツの気配が消えた。サカムビットの野郎に報告しに行ったんだろう。もう、このまま一気に行くしかねえ!」
「わかった。……行くぜ、みんな! ここで全てに、ケリをつけるっ!!」
心を決めたライルが叫ぶ。皆の心を受け入れて、その剣で皆を守り、生きて再び帰る事を誓った男が今、宿命の闘いに臨む。彼の求めていた答えが、ここにあるはずなのだ。心の闇に、心の痛みに、荒れ狂う怒りの嵐に、全てに決着をつけるべき時が今、目の前に迫っている。
ギリアムが剛爆斧を引き抜き、鉄製の格子になっている門を叩き壊す。それを乗り越え、一行は屋敷の正面にある扉を目指して、一直線に庭を駆け抜けていった。
---------------------------------------------
まずはホークスがピタリと扉に取り付き、他の者達を散開させる。内部の気配を慎重にうかがいながら、鍵を確認する。腰の小物入れから先が少し曲がった大小の針金らしきものを取り出すと、鍵穴に差し込んで、ものの数秒で音も無く鍵を解除してしまう。目で合図を送ると、抜き身の長剣を持ったライルが進み出て、扉を開け放つと同時に素早く屋敷へ飛び込んで身構える。仲間達も次々と屋敷へと踏み込む。
辺りは不気味な静寂に包まれている。吹き抜けになった大きなホールは、豪華な絨毯が敷かれている。正面には、大きな木製の扉がある。左右にも扉があるが、どれがサカムビットのもとへと通じているのかはわからない。
と、盗賊ホークスが床に這いつくばるようにして、絨毯の上を念入りに調べ始めた。やがて彼は立ち上がり、軽くうなずく。
「こっちだ」
盗賊は正面の扉を顎で指す。
不思議そうに見詰める一同の視線に答えて、盗賊は口を開いた。
「こっちの扉に通じる絨毯の方が、他の辺りより痛んですり切れている。ここを通る人間が多いってこった。サカムビットの野郎がいるとしたら、こっちが一番可能性が高い。それに……たった今ついたばかりって土が、少しだけあった。多分、さっき俺達を見ていたヤツがここを通ったんだろう。サカムビットの野郎に報告するためにな」
さすがに、抜け目無い盗賊だ。古代遺跡のワナを敏感に察知する腕前は、こうした場合にも力を発揮する。一同うなずき、正面の扉へと油断無く身構えて近づいてゆく。
まずはやはりホークスが扉に身を寄せる。そっとノブに手をかけると、音もなく扉は内側に開いた。しばし気配をさぐるが、何事もない。内部に広がる部屋は真っ暗だ。こちらから差す光は途中で漆黒の闇へと吸い込まれている。見える限りでは、何本もの石造りの柱や石像、全身を覆う甲冑などが、衛兵のように飾られて立っている。暗闇のせいで、この部屋がどれだけの広さがあるのかはわからない。しかし、先が見えない所から察するに、かなり大きな部屋だと思える。
ホークスが無言で目配せして、自ら先頭に立って踏み込んでゆく。他の者達も慎重に歩を進めて部屋に入る。すると、この部屋に踏み込んだとたん、ノエルが微かに声をあげた。
「この部屋は……!?」
「どうしたの、ノエル?」
ティナが辺りをはばかって、小声で問いかける。
「魔力が封じられている場所です。魔源の息吹が感じられません」
彼は魔力の明かりを灯す『ライト』の呪文を試みてみるが、全く魔力が発揮されない。
「やはり、そうです。何かの結界が張られているようです。全ての魔力が無効化されてしまうようです」
ぎゅっと眉をしかめる魔術師だ。このような場所では、彼は全く無力だ。
ノエルの思考は続く。
「(なぜこのような部屋があるのかを推測するに……闇を利用したワナが仕掛けられているか、もしくは奇襲。暗闇をものともせずに動き回れる敵が潜んでいる可能性が高い……)」
魔術師と同じ思考を、盗賊も弾き出している。ここは皆より一段と夜目のきく彼の出番だろう。
「なら、俺が先に行く。気をつけろ。みんな、俺の後ろに一列になってついて来い。俺の歩いた後をぴったりついて来るんだぜ」
漆黒の闇の中を、盗賊を先頭にして一行は慎重に進む。
やがて、ホークスの鋭い聴覚が何かを捕らえた。
「みんな、下がれっ!」
彼の鋭い警告に、皆さっと後ろへ後退した。
ホークスは暗闇を切って飛んできた物体の気配を察知し、バッと後方にのけぞって踏み切って身を反転させ、床についた両手を突き放すと、足をついて再び着地するまでの間に腰の短剣を引き抜いて、着地と同時に臨戦態勢を作り上げている。これらの動作を一瞬で終えている。さすがだ。ホークスのその反応に、後ろに控える仲間達がさっと戦闘態勢に入る。
盗賊は全身の神経を研ぎ澄まして慎重に膝を曲げてゆき、床に転がる、先程自分を狙って飛んできた物体を確認してみる。
三本の物体が転がっている。独特の形をした短剣……とでも言おうか。束などはない。細長い菱形に伸びる両刃。その根本の方だけ、手で持てるように丸く棒状になっている。その先には、何かにかけられるように丸い穴が開けられている。ホークスは今までで一度だけ、このような武器を見た記憶があった。
「(これは、師匠を殺したヤツが持っていた……)」
その時、暗闇のどこからか、声が響き渡った。
『ほう……。やはり、少しはやるようだな、盗賊』
一同に緊張が走る。辺りを素早く見回すが、その声は反響を利用しているため、どこから聞こえてくるのかわからない。
ホークスの鋭い声が飛ぶ。
「みんな、先へ行け! このまま真っ直ぐいけば、通路が口を開けている。そこまでは、ワナの気配はねえ。ここは俺が相手をする。こんな暗闇の中じゃ、人数が多い方がかえって不利になる。同士討ちする危険もあるし、夜目の利かない人間はたちまち殺られる。ティナのサラマンダー達もダメだ。柱や何やらで障害物が多すぎる」
再び、暗闇に不気味な男の声が響き渡る。
『簡単に通らせるとでも?』
ホークスは、足元に転がる3本の異国の武器を拾い上げ、暗闇に向かって次々と投げつける。どれもただ、柱や床に虚しく当たって火花を散らすのみだ。
『ふん、どこを狙って……』
「そこだっ!」
ホークスが自らの短剣を、ある一角へ投げつける。それは間違いなく正確に、暗闇に潜む曲者の体目がけて鋭く飛んでくる。驚いた男だったが、すかさず身をよじって避けている。
この曲者相手に、一人で戦闘を決意した盗賊が一同をうながす。
「早く行けっ!」
「わかった! 頼んだぞ、ホークス。向こうで待ってるぜ」
「おう! こいつを片づけたら、俺もすぐに行く」
仲間達は、ホークスを一人残して先を急いで消えていった。




