ホークス vs 忍び Hawks vs Ninja
曲者が、静寂の訪れた暗闇の一角から、姿をすっと現した。黒い装束に身を包んだ細身の男で、顔は目の所だけ出している。
「なるほど。先程、我が苦内を投げつけたのは、一瞬の火花を利用して我が位置を見極めるためだったか。……なかなかだ」
ホークスは、その男が漂わせている気配に思い当たる所があった。この男は、この屋敷の前で自分達を見張っていた男だ。それに……
「お前だな? あの裏路地で俺に襲いかかってきた野郎は」
『霧の華』に関する情報を嗅ぎ回っていた時、ホークスの左肩に短刀で深い傷を負わせた男と同じ闇の匂いがするのだ。男は否定しなかった。
「どうやら、あの我が一撃を偶然かわした訳ではないようだな。いいだろう。一対一だ。名を聞いておこうか?」
「盗賊ホークス」
「我が名は朧。お前の流派は?」
「んなモンねえ。師匠はギャラハッド。全部、師匠から盗んだ技だ」
それを聞いた男の声色が微妙に変わる。
「ギャラハッド? そうか。朝月を殺した男の弟子か。これも因縁か」
「貴様……なぜ俺の師匠を知ってる? アサツキだと?」
「朝月は、俺と一緒に、故国からこの異国の地に渡った男だ。たった一人の友だった。ギャラハッドという名の盗賊を暗殺しに行ったが……相討ちになった」
ホークスの瞳がギラリと光る。彼の尊敬する師匠を殺した男……それが、今目の前に立つこの男の仲間だったというのだ。
ホークスの胸に、彼の師匠の最期が鮮やかに浮かぶ。
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『クソっ、この野郎。よくもギャラハッドを!』
師匠の横に倒れている黒い装束に身を包んだ男の死骸を、怒りと悲しみに任せて蹴り飛ばそうとする少年。その少年……かつて、街角で威勢を張っていた、飢えた野良犬のようなギラギラした目をした少年を、今消えゆく命を抱えた盗賊ギャラハッドは、無理矢理その世界から引き剥がした。
この盗賊は、その少年の飢えた狂犬のような瞳の奥にある、捨てられた子犬のような寂しげな光を感じ取っていたのだ。子供の頃の自分と同じような光を宿した少年を、彼は放っておけなかった。そして、この少年に盗賊としてのイロハを叩き込んだのだ。
致命傷を負って息も絶え絶えとなっているギャラハッドが、声を振り絞って制する。
『よせ、ボウズ! そいつは、なかなか見事なヤツだった。ちゃんと葬ってやれ……』
『ボウズって言うなっ! 死ぬな、ギャラハッド! 死ぬなっ、馬鹿野郎 !!』
血止めをしようとしながら必死で呼びかける少年に、この盗賊は静かに告げる。
『馬鹿野郎は、おめえだ、ボウズ。最期くらい、ちゃんと師匠と呼べ……』
この男の、こんなに弱々しい声を少年は初めて耳にした。溢れ出そうとする涙をグッとこらえて、少年は唇を噛みしめる。そして少年は、腕の中に抱え起こした男を初めてこう呼んだ。
『師匠、師匠っ! 死んじゃイヤだっ! 俺はまだあんたから、もっともっと技を盗んでやるんだっ! だから、死ぬなっ !!』
叫ぶ弟子を見詰めながら、師匠はニヤリと笑う。
『おめえには、基礎は全部叩き込んだ。あとは、おめえの力で俺を越えてみろ。男だったら、そうやって生きろ。どんな事でも全部ひっくるめて入るような、でっかい器を少しずつ作っていけ。じゃあな、『ホークス』。なんだかよ、息子と友達がいっぺんにできたみてえで、なかなか悪くなかったぜ……』
この男も、少年の事を『ボウズ』ではなく、初めて名前で呼んだ。
そして、少年の腕の中で逝った。
少年ホークスの両の瞳から堰を切って溢れ出した涙が、とめどなくギャラハッドの死に顔の上にこぼれ落ちる。
『いやだっ! ギャラハッドっ! 俺は、俺はあんたに認めてもらいてえんだ。拾ってくれた礼だってちゃんと言ってねえのに! そんなの、そんなの嫌だ……師匠……うわあああああっ……』
山のような、海のような、広大な空のような……
父親のような、兄のような、親友のような……
そんなかけがえのない師匠の亡骸に取りすがって、少年は泣き濡れたのだった。
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短剣を構えたまま、険しい表情をしている盗賊の全身から、凄まじい闘志のオーラが溢れ出してくる。
「(これも運命かもしれねえな。いいだろう。受けてやるぜ、神さんよ!)」
「いい闘気だ。だが、それだけでは勝てぬぞ、盗賊」
「俺はな、なにも盗賊稼業だけやってる訳じゃねえ。占いもできるんだ。俺はお前に勝つ。お前の哀れな未来が俺には見える」
ホークスは、なぜかそんな事を言う。この盗賊が『占い』をした場面など、ライル達は一度も目撃した事はない。
(ティナやアリアが占い師に占ってもらった時の話で盛り上がっていた事があったが、彼は全く気にも留めていなかった。相手の様々な事を言い当てる、そうした占いのほとんど全てがトリックや推理だという事を見抜いている盗賊だった。やろうと思えば、彼にもできるのだ。また一方で、どうしても説明がつかない場合がある事をもわきまえてはいたが)
「ほう、どんな未来だ?」
「お前は、後ろから飛んできた俺の短剣に首筋を切られる事になる。こういった占いは、俺は外したことはねえんだぜ」
「フッ、口だけは達者だな」
朧が愛用の短刀を音もなく抜き放つ。それは美しい波打つ刃文が刀身に浮かび、わずかに反り返った片刃の異国の刀だ。冷たく光る銀の三日月のように、暗闇に妖しげに煌めいている。
漆黒の闇の中で盗賊と忍びの戦闘が始まった!
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通常の人間ならば、たちまち足元が覚束なくなるような漆黒の暗闇の中を縦横無尽に駆け回り、お互いに飛びすさってすれ違う瞬間、刃をカチィンと合わせてゆく。その度に火花が美しく飛び散り、瞬間顔がチラリとうかがえる。二人とも常人離れした反応と身のこなしだ。
お互いに少し間合いを取って、身構えながら隙をうかがっている。
男が口を開いた。
「なかなかだ。異国の地に来て、この暗闇で俺とここまでまともに渡り合えたのは、お前が初めてだ。さすが、朝月を倒した男の弟子だけはある。だが、所詮は異国の盗賊。『忍び』の一族の暗殺の技を幼い頃から叩き込まれた、我が敵ではない」
「やっぱりそうか。噂には聞いた事があったが……東方の遙か彼方の国で、『忍び』とかいう暗殺集団が裏にいるってのをよ。おめえらがそうだったのか……」
瞬間、男が一気にバッとホークスの懐に飛び込んで一撃を放ってくる。男の鋭い短刀の刃を、後ろ飛びに紙一重でかわしたはずのホークスだったが、切り割られた胸の服から血がじっとりと染み出す。
すかさず忍びの男は懐から何かを取り出すと、ホークスの足元へ投げつける。パンッという乾いた音と共に大量の煙がホークスの視界を遮った。間髪入れず男は前方の煙の塊目がけて飛び込むようにして前転すると、視界を奪われたホークスの両足を短刀でなぎ払う。いち早くその気配を察したホークスは、空中へ躍り上がった。
それも全て、男の計算通りであった。懐から鉄製の容器を取り出し、大量のまきびしをホークスの着地地点目がけてまき散らす。まきびしの鋭く尖った先には、即効性の猛毒が仕込んであるのだ。避けて着地できる隙間なく床に広がり、勢いをつけて着地したなら間違いなく靴の底を貫いて、足の裏に到達する長さの針山となっている。ホークスが為す術もなく着地した時には、勝負に決着がついている………はずだった。
「なんだとっ!?」
見上げる男。
空中に飛んだホークスは、暗闇の中で男の腰の高さほどの所で宙に浮いているのだ!
「盗賊秘奥義、『空中浮揚』……なんて事もできる」
驚きに固まって見上げる男の首筋目がけて、ホークスは残る一本の短剣を鋭く投げつけた。
我に返った男が身をひねって短剣をかわす。あと少しという所で短剣は狙いを逸れ、男の後ろでカランと乾いた音を立てて床に転がった。
忍びが短剣をかわして顔を背けた瞬間に、まきびしを避けてひらりと地に着地するホークスだ。
「貴様……どうやって!?」
「さっきの占いがじきに現実になる。その時になりゃ、わかるだろうさ」
「お前の武器はもう手元にない。無理だな。さっきは驚いたが、結果は変わらない」
忍び刀を構えて、じりじりと男が迫ってくる。このような状況で、この盗賊が自分に純粋な戦闘で勝てるはずがないのだ。その事を、男は充分に理解していた。それでも油断なく間合いを詰めてくる。ホークスも静かに静かに、ゆっくりと移動してゆく。
やがて、ホークスがピタリと足を止めて口を開いた。
「……そうだな。結果は変わらねえ。やっぱり俺の占い通りだ」
「何っ!?」
ホークスは先程短剣を投げつけた右腕を、素早く大きく、ぐいと引く。すると男の背後から飛んできたホークスの短剣が、男の首の側面に突き立った! その刃は頸動脈を確実に切断し、噴水のように男の首から血が飛びすさる。まさにホークスの予言通りだ。
「い、糸か……」
この盗賊が抜け目無く仕掛けたトリックに、ようやく気づいた男だが、力無くくずおれた。大きく溜息をつくホークスだ。
「はあっ。真剣勝負じゃ、案外、子供だましってやつは使えるモンかもしれねえな。命のやりとりに集中してて、盲点になってるのかもしれねえ……あいてててっ」
胸の傷に手を当てて顔をしかめるホークスだ。そして闘いのさなかに張り巡らして先程空中での足場に利用した、盗賊御用達の黒い丈夫な糸をピンと指で弾く。黒い極細の糸は、さすがに夜目の利くホークスにすらはっきりとは見えない。そこに張ってあるはずだと意識して、ようやくわかる程度だ。かつて、へっぽこ釣師の医者、フォレスに釣り糸として贈ったものと同じ糸だ。
この糸を、男の攻撃をしのぎながら何本か張っていったのだ。戦闘の際、自分にも男にも糸が触れぬように気をつけて立ち回り、男が煙玉を使った瞬間、足元から何らかの攻撃をしかけてくると直感したホークスは、男の狙いが、その攻撃を自分が飛んでかわした後にあると見抜いて、ここぞという時に効果的に糸の上へ飛び乗って、『空中浮揚』を演出したのだ。
更に、男がそれを見て驚く瞬間に短剣を投げつける。男が自分から視線を外した瞬間に、まきびしを避けて飛び降りる。飛び降りる時の身体の動きで糸の反動を目撃されてしまえば、トリックがわかってしまい、『空中浮揚』の効果が半減するからだ。
しかし、その短剣で仕留められる程甘い相手ではない事を悟っているホークスは、その短剣の束にもこの糸を結びつけて投げたのだ。やはり相手はよけた。しかし、自分の『空中浮揚』を見た相手は、丸腰の自分にも警戒して、すぐには攻撃をしかけてこないはず。やはり、その通りになった。そして、じりじりと間合いをずらしてゆき、確実に男の首筋を狙える地点へと移動したのだった。
これら全て、最初からホークスが予言していた事からもわかるように、この盗賊の狙い通りの展開となった。
男の首筋を断ち切った短剣に結びつけておいた黒糸を外して、一番最初に投げつけたもう一つの短剣も腰へ戻す。
「(見ててくれたか、師匠? でも、あんたなら『まだまだだな、ボウズ』って言いやがるんだろうな、きっと。いつか……いつか、俺はあんたを越えるぜ)」
戦闘能力に勝るはずの『忍び』を出し抜き、見事に打ち倒した盗賊は、仲間の後を追って闇の奥へと足早に消えていった。
そんな彼を、苦笑しながら上空で見守る魂が一つ。
『馬鹿な野郎だ。気づけよ。おめえは、とっくに俺を越えてるぞ、ボウズ。……ま、女に関しちゃ、まだまだだけどな。本気で好きになったんなら、構わずに突っ走ればいいと思うんだがよ。ダチにも、女にも遠慮しやがって。ずっと見守るだけじゃ、女はついてきてくれねえぞ』
胸に宿る亡き師匠の偉大な影を追いかけて、盗賊ホークスは更なる高みへと登ってゆく。




