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決戦の時 Decisive Battle

エドの街の中央に位置する大広場が、今や闘う男達で密集した修羅場と化している。



 腕を付け根から失った若いジューダス兵の一人が、溢れ出す血を押さえながら後ずさりする。すると地に転がっている兵士の冷たい身体に足をとられて仰向けに転がってしまった。大量の出血で、地は赤黒く染まってゆく。



男の目に映るのは、綺麗な空 ――


一羽の小鳥が、涼やかにその空に舞い飛んでいく。


 闘い続ける男達の武器が打ち合う音と、地を踏みならす振動が身体中を包みこんでいる。それも、ゆっくりと遠く遠くに聞こえるような感じだ。



静かだ

穏やかで、気持ちがいい ……



どうして、僕はこの異国の地で、

こんな綺麗な空を見ているんだろう?


どうして、こんなにも美しい空に、

今まで気づかなかったんだろう?


故郷で待ってる彼女の上にも、きっとこんな綺麗な空が広がっているはずだ


でも、彼女は空がこんなにも綺麗だなんて、知らないに違いない


僕が教えてやらなくちゃあ……


彼女と一緒に、

こうして大地に寝そべって……

手を握って……笑って……



それだけでいい

他には何もいらない



なのに、僕は闘おうとした


『争いのない世界を創るため』

その声は僕に希望をくれた


でも……

やっぱり、僕達は間違った事をしてたんだろう



だって、誰が見たって、

どんな民族の人達が見たって


こんな綺麗な空は


僕と同じように綺麗だと感じるに違いないんだから



人と人が殺し合うなんて、やっぱりどこかおかしいや


こんな事、早く終わらせなくちゃあ……


僕がこうして闘った事も、何か意味があったのかなあ……



もしも、つまらない争い事も、

この世の流れに必要なのだとしたら


誰かが流さなくてはいけない血を、

僕が少しでも肩代わりできたんだとしたら


ちょっとは、胸を張ってもいいのかなあ……



ああ、僕は何を考えてるんだろう?


もう……わからないや

わからないです、神様……




 闘いを終えた男の腕の断面から、とめどなく溢れ出していた血も勢いを失っていく。若いジューダス兵士は、静かに静かに、目を閉じた。その瞳は、もう永遠に開かれる事はない。



広場の中央にそびえる『エド創建記念塔』が、そんな男達を静かにじっと見守っているかのようだ。



その昔、夢を持った男達がいた。



 ある者は大キャラバンを組み、幾多の山を抜け川を渡り、灼熱の砂漠を越えて異国の地へ辿り着き、数々の珍しい貴重な品々を手に入れて持ち帰り、巨万の富を築いた。またある者は、自分の身体の許す限りの積荷を背負って同じように危険な旅路を往復した。その途中で事故に遭ったり、野党や山賊、海賊に襲われて命を落とす者達も多かった。それでも彼らの情熱は、時代を超えて引き継がれていく。



 彼らの夢、それは『商人達の自由な街』。王族、貴族達の豪奢な暮らしに費やされる不当な重税に苦しむ事のない街。どの権力からも独立して、自分達の力で自分達の運命を選んで生きてゆける街。未来に夢と希望が持てる街を創り上げる事だった。


力を持ち、夢を持った大商人達が歳月と膨大な資金をつぎ込み、その街を造り上げた。


 それが、エドの街。男達はその街の中央に、その完成を祝う記念碑として、そして困難な工事の途中で事故により命を落とした犠牲者達への慰霊として、『エド創建記念塔』を建てた。上へ向かうにつれて徐々に細くなってゆく石造りの円筒型の塔は、その外壁にぐるりと螺旋状の階段が取り巻き、四~五階建て程の高さがある。その下に、エドの街設立時に命を落とした犠牲者達の遺骨が眠る。


---------------------------------------------



この創建記念塔の階段で今、二人の男が闘っている。


一人はジューダス王国の文様が刻まれた甲冑に身を包み、金髪をなびかせる若き将軍、ロメオス。


 右手で厚みのある広刃のブロードソードを巧みに操り、鋼鉄製のミドルシールドを装備した左腕で、下方から繰り出してくる相手の斬撃をさばいている。代々受け継がれたその家伝の剣は、根本に彼の家系の紋章『地を駆ける片翼のペガサス』がプラチナで飾られており、振るう度に鮮やかに陽光に煌めく。修得した剣技の流派を極め攻防にバランスの取れた、正統派の見事な剣士だ。



 対する相手は、漆黒の瞳をした筋骨逞しい男。ライルだ。束が黒い色をした愛用のバスタードソードを両手で振り回し、重く鋭い斬撃をロメオスに放ちつつ、徐々に階段を登り詰めていく。その実戦で鍛え抜かれた剣技は、状況に応じて瞬時に千変万化する。修羅の剣、とでも言うべきか。



全体の戦況は、もうこの二人にはわからない。


お互い、目の前に立つ強敵との闘いに精神を集中させている。



 ライルが自分の上方から振り下ろされるロメオスの剣をさばいて、円を描くような軌道でロメオスの両足を剣でなぎ払おうとする。ロメオスは全て見切って、さらに階段上部へとさっと飛びすさる。ライルの剣は空を切る。


 すかさずライルは階段を駆け上がるようにして間合いを詰めながら、鋭い突きを繰り出してゆく。ロメオスはその切っ先を盾でさばくと同時に、ライルの手首を正確に狙って斬りつける。その瞬間、なんとライルはバスタードソードから両手をバッと手放してロメオスの刃に空を切らせてしまう。体勢を低くして一歩踏み込み、空中で再び長剣の束を握り直すと、なおも攻撃を続けてゆく。



 二人はとうとう、記念塔の平らな円形の頂上まで登り詰めた。ガチリとお互い武器を合わせて間合いが縮まる。



「お前のやり方は間違ってる、ロメオス! ここまでだ、観念しやがれっ !!」


「力ある優秀な人間が、争いを続ける愚かな人間を支配する。これこそが、争いのない平和な世界への道なのだっ!! どうして、それがわからないっ!! 力のある人間に保護を求める一方で、優秀な人間達が血反吐を吐いてようやく与えてやった安全にあぐらをかく。影で不満をこぼす。自分の血は一滴も流そうとはせずに。そんな人間達を厳しく統制してやらない限り、また無益な争い事が起こるのだ。より多くの者達の幸福のために、我々は闘っている。どうして、お前達にはそれがわからないっ !!」



 バチッと武器を弾き合い、お互いに間合いをとって身構える。じっくりと、お互いの隙を探り合って二人は対峙する。



完璧な防御の構えを見せるロメオスを見詰めながら、ライルは口を開く。



「お前の言う事にも、一理はあるかもしれねえ。汚い事をする悪党だっている。人は、自分が生きるために人を殺す事だって……ある。確かに人間には、心に醜い部分がたくさんある。でもな、それでも人間の心には、綺麗な綺麗な所だってあるっ! 人を思いやるあったかい心が隠れてる。気持ちのいいやつらもいる。俺は、それを信じるっ!!」


ロメオスはあざ笑う。


「はっ! くだらぬ事を。そんな不確実なもの、俺は当てにしていない。現実は甘くはない。人が人をだまし、裏切り、自分の欲望のために他人を犠牲にする。それが人間の本性だ。それを制御できる力を持った優秀な民族による支配こそ、真の道だ!」



 そう告げて、ライルに鋭い突きを繰り出してくる。瞬時に反応したライルが長剣で横に弾くと、ロメオスはその力に逆らわず、手首をひねって剣の軌道を変えて下からの斬撃に切り替える。無駄の無い流れるようなその攻撃は、さすがにジューダス王国で五指に入ると賞賛される剣士だけの事はある。



 ライルは獣のような反射神経で飛びすさってかわしたものの、腹部をブロードソードの先で浅く斬り割られてしまった。右の脇腹に焼け付くような痛みが走る。ロメオスの家伝の剣は、ライルのチェインメイルを易々と切り裂く斬味だ。まともに喰らえば致命傷になるだろう。御前試合で闘ったギリアム以来の強敵だ。技もさる事ながら、剣を片手で操っているとは思えないほどの強烈な斬撃なのだ。



再び間合いを取った二人は、油断なくじりじりと間合いを探ってゆく。



「おめえは、悲しい野郎だ、ロメオス。お前は弱い」


ライルは、いきなりそんな事を告げる。

先程その身に傷を与えられたばかりだというのに。


「俺が弱いだと!? ……フッ、この後に及んで強がりか? つまらぬ策だ。なかなかやるとは思ったものだが、これで底が知れたな」


見下すロメオスの視線を、憂いを秘めたライルの漆黒の瞳が深く深く吸い込んでゆく。



「いいや、そんなんじゃねえ。お前は弱い。ひどい事されて大人の男に怯えてた女の子よりもずっと弱い。勇気を振り絞って、小さな震える手を俺に差し出したシャリーより、ずっと弱い。あんだけ小さな身体をした子供より、お前は心が弱いんだ、ロメオス。……お前は、昔の俺と似てる」



 かつては、神を憎み他人の力に頼らず、己の力と剣だけを信じて生き抜いてきたライルだった。知らず知らずのうちに自分が変わってきている事を、このロメオスを目の前にして悟りつつあった。かつての自分と似た部分を持つ、この男に。



「なんだと……何を訳のわからぬ事を……」


なぜか、この目の前に立つ男の言葉に気をとられているロメオスだ。


ライルはそんなロメオスをじっと見詰めながら、さらに告げる。



「確かに、お前の言う事も正しいのかもしれねえ。ある意味、正しい事なのかもしれねえ。俺だって、お前の事を言えたような人間じゃねえが……でもな、間違ってるっ!! それは、お前も感じてるんじゃねえのか!? 」


「そんな事は……ないっ!」


叫ぶロメオスの剣を持つ手が、なぜか汗ばむ。


ライルは剣を正眼に構えたまま、再びロメオスを見詰めて静かに口を開く。堅い決意が、彼の瞳を煌めかせている。



「ロメオス。お前は、俺と同じだ。間違った事してると思ってるのに、自分でそれを止める事ができねえ、哀しい人間だ。誰もそんなお前の心に手を差し出さなかった。だから……だから、俺がお前を倒すっ!! お前を止めるっ!!」



ライルはバスタードソードを束を上にして斜に構える。やがて、その長剣が淡く静かな輝きを放ってくる。



「妙な技を……はっ、止められるものなら、止めてみろっ !! 俺は正しいんだっ !! これしか、真の平和への道はないのだっ !!!!」


飛びかかるロメオス。

その瞬間、ライルがその構えを解いた!


「受け取れっ、ロメオスっ! 俺の心だっ!!  うおおおっ、ソウル・ブレード !!!! 」



 素早く反応したロメオスが盾を掲げるが、ライルの長剣は鋼鉄の盾を斬り飛ばし、ロメオスの甲冑をも斬り裂いて袈裟懸けに叩き込まれた! 溢れ出す鮮血がロメオスの鎧を染め上げてゆく。驚きに目を見開くロメオス。


「な、なぜ……? どうして、この俺が負けた? なぜなんだ……」



 ロメオスは仰向けになって倒れる。その右手の広刃の剣が、主の手を離れて日に輝きながら創建記念塔の頂から地に落ちてゆく。その様子を、何人ものジューダス軍兵士や抵抗軍の人々が目撃した。



ウェインが叫ぶ。


「ロメオスを倒したぞっ !! 勝利は僕達のものだっ!! みんな、あと一息だ、頑張れっ!!」


地を揺るがす歓声があがる。勝利の高揚感で、一気に抵抗軍の士気があがった。


『総司令官殿っ! ロメオス将軍が負けた!? そんな……』


 一方のジューダス兵士達は、信じられない光景を目撃したのだった。指揮官を失ってたちまち総崩れになってしまう。それを意気盛んな抵抗軍が追撃してゆく。



こうして勝敗は決した。



 エドの街に新しい歴史が刻まれたこの日は、後に『解放記念日』として盛大な祭りが催される祝日と定められる事になる。


---------------------------------------------



 追撃を繰り返す人々に混じって、敵軍の総司令官の身体を背負って歩く一人の男の姿がある。消耗し過ぎて足元がもつれているが、彼はロメオスの身体を降ろそうとはしなかった。


 そんなライルを真っ先に見つけて、盗賊ホークスが正面から近づいてくる。その瞳は冷たい光を宿し、左手には刃だけになった小さめのナイフを逆手に握りしめている。


二人はしばし立ち止まり、見つめ合う。


ホークスは冷酷な顔を見せている。

ライルはじっと盗賊の目を見据え、ちらりと左手のナイフを見る。

そして再び、静かにホークスを見詰める。


ホークスの、母の思い出のナイフの刃を握る力が強くなる。


が……


一つ溜息をつくと、盗賊はうなずいた。ライルとロメオスにくるりと背を向けて去ってゆく。



左手を開いて、その壊れたナイフの刃をじっと見詰める盗賊の姿がある。


「(これで、いいんだよな? 母さん……)」


再びそのナイフを胸の内ポケットに収めるホークスだった。

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