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潜入する男達 Many Idiots

一行が抵抗活動に身を投じてから、はや三ヶ月にもなろうとしていた。


 冬の終わりが感じられる。暖かな陽気と冷え込みが交互に訪れ、厳しい冬を耐えた命が動き出す。木々の新芽は膨らみ始め、ちらほらと若々しい葉が飛び出してきている。そうした木々にやってくる小鳥達の種類も増え、多彩なさえずりが耳を楽しませてくれる。空き地や街外れでは、ツクシがぐんぐん顔を出している。凍えるように吹き付けていた風も、そんな命の息吹を運んで来るのにふさわしく、柔らかで暖かい。暗い冬の時期を乗り切った、たくましい命達の躍動を感じる頃合いになってきた。



そして……時は満ちた。


 エドの街の人々、そして移民の人々の全てが一丸となり、ジューダス軍による暗い支配から自らを解き放とうと、命を燃やして立ち上がるべき時が満ちた。


それは、にぎやかな楽曲から始まる……


---------------------------------------------


エドの街で最も大きな牢獄がある。


 ミッドランド軍に助けを呼べないようにするため、エドの街の要人達や、その肉親が人質として数多く監禁されている牢獄だ。高い石壁が周囲を取り囲み、そこには監視用の詰め所が数カ所設けられている。エドの街にある他の監獄は、抵抗活動を行う一団によって既にほとんど陥落させられていた。残るはこの監獄と、あと一つしかない。



 正面から右手に回った詰め所にいる若いジューダス兵士が二人、しきりにグチをこぼ合っているようだ。


「ったくよう。最近ずっとツイてないよな、俺達」


「全くだ。早く耳に入れた方がいいって思って、総司令官殿へオムツを渡して報告してみりゃあ、いきなりそいつを顔に投げつけられるしな。それがもとで挙げ句の果てに、こんなつまらない場所の監視を隊長に命令される。大門の方が、まだやりがいがあったぞ。ここの監獄の中にいるのは老人とか女子供ばっかりで、逃げ出せる人間なんているはずもないよなあ? 外を見たって表通りから離れてるから、人だってほとんど来ない。無意味な役目だ」


「はあっ、結局、大門を通してやった女からは何の連絡も来ねえし。なんか、あれからツキに見放された気がするぞ」


「ああ、俺もそう感じてる」


 実はこの二人の兵士、一行が変装してエドの街に潜入した際、ティナの色香に鼻の下を伸ばしながら、大門を開けてやった男達なのだ。ツキがないとボヤき合っているが……多分、この街にいるジューダス兵士達の中で、この先結果的に一番ツイている事になるのではないかと思うが。



そんな男二人の耳に、下の方から、にぎやかな楽曲が聞こえてきた。


「ん? 何だ、ありゃあ?」

「旅芸人達みたいだな」


 まさしく、旅芸人である。楽士達は陽気な曲を奏で、へそを出した踊り子の衣装に身を包んだ褐色の肌の娘が、軽やかな足取りでどんどん近づいてくる。肌の露出が多い踊り子の娘は兵士二人が見やすく見下ろせる場所に立ち止まると、にっこり笑って手を振ってくる。


「なんだ、お前達。あんまり長い事ここに近づいてると、捕まるぞ!」

「ああ。悪い事は言わないから、さっさと行った方がいい」


 詰め所から下に向かって、口々にそう告げる二人だ。大門の時には、ロメオスのやり方に反感を持っていた事といい、『民族管理主義』を掲げる総司令官に心酔する兵士達が多い中では、ちょっと変わった二人のようだ。



長く美しい黒髪に、金銀の飾りをちりばめた異国の踊り子が、二人を見上げて声をあげる。


「兵士サン達ィ~♪ ワタシの踊り、見テ下サ~イ! 街の人達、暗い顔シテ、全然見てクレナイんだもの。ツマンナイ。退屈シノギに、ド~ゾ♪」


 訛りのある言葉で、陽気に一心に頼んでくる。二人は顔を見合わせた。そして、再び下を見下ろす。上から見ると、見上げている踊り子の娘の豊かな褐色の胸の谷間が丸見えだ。再び二人はピタリと同時に顔を見合わせる。息のあった呼吸だ。言葉にせずとも、こういった事にはお互いの気持ちが目で通じ合う。


「(おい、どうする?)」

「(ここは他からちょっと離れた詰め所だ。多分、牢獄の看守達には音は聞こえないぞ)」


「(でも、隣の監視所のやつらには聞こえるぜ)」

「(何、俺の知り合いがいる。異常はないって合図を送っとけばいいさ)」


二人の目がキラリと光りあう。

(とてもシリアスな顔つきだ)


「(という事は、だ)」

「(決まってるよな? あの娘、健康的でなかなか……)」

「(ああ、俺も好きなタイプの女だ)」



目配せだけによる、この無言の会話も一瞬だ。

やはり同時に、二人の馬鹿男がうなずき合った。


「よし、許可する」

「ホントにちょっと退屈してたんだ。やってくれないか?」



わあ、といった感じの踊り子の娘の無邪気な笑顔が、輝かんばかりに二人に向けられる。


「オ任せ下サ~イ! 目一杯サービスしちゃいマス。今日モお仕事、お疲レ様! ノーラの楽シイ踊りを、カッコイイお兄サン達に捧げマ~ス♪ ……じゃあミンナ、イクヨ!」



 踊り子の合図と共に、一座の楽士達が一斉に陽気な異国風の曲を演奏し始める。ギターのような異国の楽器をかき鳴らす、つばが広くて先の長い麦わら帽子を被った男と、使い込まれたアコーディオンを見事に操るちょびヒゲ男が異国の歌を合唱する。


 これでもかと激しくハーモニカを吹く若い男は地を踏みならしてステップを踏み、カスタネットを両手に持った色気満点の女二人が主役の踊り子の後ろで舞いつつ歌い上げ、中年男が大小の太鼓をテンポよく鳴らしてリズムを取る。長年、共に芸を磨き抜いてきたのだろう。呼吸のあった見事な演奏と演出だ。



 ノーラと名乗った踊り子が、半円を描いて盛り上げる楽士達の中央で、華麗で妖艶、しなやかで力強い躍動感に溢れる異国の踊りを舞う。上にいる二人の兵士を意識して、見やすいように気を配りながら縦横無尽に駆けめぐる。


 彼女の身体中にちりばめられた派手な飾りが日に煌めいて鮮やかだ。娘が飛び跳ねる度に、手首、足首にはめた金の輪がジャラリと音を立てるタイミングも、演奏にぴったり合わせてリズムをとっている。動きに合わせて上下するヘソのピアスが、娘の柔らかな褐色の腹に打ち付けられて弾む。


 露出の多い、見えそうで見えない(何が?)ように透けている薄手の衣もまた、健康的な美しさを保った豊かで魅惑的な体の曲線を強調して、目にする男達の目を惹きつけてやまない。



 何よりも、ノーラが心から楽しく踊っている気持ちが、見ている人間に鮮烈に伝わってくる。見ると元気が湧いてきて、幸せな気持ちになれる。彼女の踊りは、そんな踊りだ。


(男達にとっては、別の意味で『幸せ』な気持ちにもなれる踊りである)



 騒がしい音に気づいた隣の監視所にいた兵士が、何事かと合図を送ってよこしてきたが、すかさず『異常はない、大丈夫だ』と、片割れの男がニヤリと笑って手を振って返事を送る。それを見て隣の監視所の男も笑って引き下がった。くだんの二人は再び一心にノーラの踊りを眺める事に集中する。瞬きするのも惜しんでいるようだ。鼻の下が限りなく長く伸びて、任務の事は全く忘れてボーッと見とれている。


---------------------------------------------


 その様子を、ノーラ達から少し離れた物陰に潜んでいた一団は見てとった。まずはうまくいっている。ライル、ホークス、ティナの姿もある。



 この一角が、最も警備が手薄で潜入しやすい箇所なのだ。あの詰め所にいる兵士達の目を逸らす事ができれば、の話であるが。ノーラ達に敵兵の目を引きつけてもらう隙に、カギ縄を石壁に投げ上げて引っかけ、少数部隊が潜入する計画だ。見張りの兵士達が騒ぎ出す前に素早く門を開け放ち、街に控える男達が一気に監獄に攻め入って人質達を解放するという段取りだ。


 ここよりも小規模な監獄がもう一つ残っているが、そちらはギリアム、ノエル、ウェインが指揮している。今日、同時に討ち入る手筈だ。これで一気にジューダス軍と決着をつけるつもりであった。



 営舎に控える兵士達が出陣する際に使うはずの通りには幾重にもワナが準備してあり、武装した男達が集中して待ちかまえている。数は相手よりも圧倒的に多く、皆士気が高い。女子供達は既に安全な難民街にこっそりと移動を終えている。アリア達の救護班は、戦闘が起こらないと予測される街中の地点で、怪我人達の万全の受け入れ体制を整えている。



ティナは意を決して大きくうなずいた。

闘いを決意した彼女の横顔は、凛として美しい。


「よし、いくわよ、みんな!」


先頭を切って立ち上がるティナだったが……

彼女の背後からは、全く返事がない。どうした事か?


不思議に思って、ティナが振り向くと……


監視所の兵士達が目を奪われている隙に潜入するはずの男どもまで、遠目に見えるノーラの姿に目が釘付けになってるぞっ!


「こらっ! お前らまで見とれてどうすんのっ !?」


 ティナが瞳に怒りを灯して、鼻の下を伸ばし切っているそんな馬鹿男どもの頭を次々と殴り飛ばしてゆく。その痛みにボヤきながら、なんとか歩を進める男達だったが、どうしても視線が踊るノーラの方にボンヤリと向いてしまうのだ。妖しい輝きを放つノーラの踊りの呪縛は、予想外の効果をも生みだしてしまった。



 業を煮やしたティナが、そんな馬鹿男の一人の頭をむんずと掴み、自分の胸に押しつけた。その柔らかな刺激に、その男はハッと目を丸くする。ティナはそんな馬鹿男の髪をグイと掴んで胸から離す。


「ほらっ! とっとと行けっ !!」


 元気一杯になった男は、喜々として腰のカギ縄を取り、振り上げて石壁にかける。それを目撃した他の男どもも、何やら物欲しそうな視線を一斉にティナに投げかける。彼らの意図を察して、大きく溜息をつくティナだった。


「はあっ……わかった、わかった。並べ。時間が無いんだから、二人ずつ来い!」


 我先にと二列に並ぶ男どもの頭を、ティナは次々と自分の豊かな胸に押しつけてゆく。ノーラの呪縛は完全に解けた。元気になった男どもは、勇気百倍、修羅場へと向かってゆく。


「(男って、男って……どうしてこんなに馬鹿ばっかりなんだっ !!)」


 はいはいはいはいと、次々と馬鹿男どもをさばいてゆくティナは、心底げんなりしている。ついに最後の二人が飛び込んでくる。見慣れたその男達の姿にピクリと彼女の眉がつり上がった。


 ティナの胸めがけて勇んで突っ込もうとするその二人の脳天に、彼女の両の肘鉄が、それぞれカウンター気味に炸裂した。彼女の柔らかな胸まであと少しという所で、その痛みに男二人が膝をつく。ティナが鬼のような怖い顔をして迫る。


「アホかっ! 何考えて生きてんだっ、おのれらは~~っ !!」


「なんだよ。ケチケチすんな。減るもんじゃねえだろうが」


束が黒い色をした長剣を背負った、大柄で筋骨逞しい男の声。


「そうだ、そうだ。不公平だぞ !」


腰にカギ縄を吊し愛用の二本の短剣を差した、細身の引き締まった体躯をした男の声。


最後を締めくくる馬鹿男二人は……ライルとホークスだった。



ボヤきながら抗議する馬鹿二人の耳を、ティナは激怒に任せて容赦なくひねりあげた。


「あんたらが、あいつらを引っ張っていく役なんでしょうがあっ! 誰のせいで、私がこんな大サービスしなくちゃなんないのっ !! お前らがなあ、お前らがしっかりしないから~~っ !!」


「いてててててっ! お、俺が悪かった……」

「うううっ……おっしゃる通りで……へい」


「わかったら、とっとと行けいっ! 帰ってこんでもいいっ! いっぺん死んでこいっ !!」


怒り狂ったティナが、二人の尻を容赦なく蹴り飛ばす。

慌てて最後の馬鹿男達が、石壁を乗り越えて潜入してゆく。


 そんな情けない男達の後ろ姿を見送って、これでもかと大きく溜息をつくティナだった。今から彼女も闘う訳だが、なんだか戦闘するよりも果てしなく疲れた気がするのだった……


(男は悲しい生き物です。生温かい目で見守りましょう)

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