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密会 Secret Meeting

深夜、エドの街のとある屋敷の大きな客室に、ロメオスと一人の男の姿がある。


「状況は、あまり思わしくないようだな」


 表向きは品の良い紳士的な風貌と服装をしている、細身の四~五十代といった感じの男は、ロメオスに告げる。豪華な革張りのソファに深々と腰を落ち着け、手にしたワインのグラスをくゆらせている。


「ふん。所詮ブタどもの悪あがきだ。鎮圧も時間の問題だ」


忌々しく答える若々しいロメオスの声。



 彼は勧められたソファを無視して、ワインを手に持ちながら落ち尽きなく室内を歩いている。ロメオスは、目の前にいるこの男を好きにはなれなかった。一見、誠実そうに見える瞳の奥から、抜け目無く光る邪悪な匂い。その男はやり手の商人という表向きの顔を持つ。しかしその本質は……



「そうかな? 戦力の十分の一を失っていると聞く。すぐには戦闘できない負傷者を合わせれば、五分の一ほどは人員が減っているそうだが。朧(おぼろ)からは、そのように聞いたぞ。本国から兵士を補充すべきではないのか?」


「いらぬ! いい笑い者にされるだけだ。くそっ。期待をかけて頂いた軍師殿も失望させる事になる」


不機嫌なロメオスは、手にしたワインのグラスを一気に飲み干した。



「『天才軍師』殿か。確か、今はジューダスの東と北に攻め入っている最中だとか。多忙な男だ。そのため、南のミッドランドへの拠点の維持には直接手が回らない。貴殿の力を試す意味も含めて、この街を任せたのであろう。それがミッドランド軍ではなく、この街の人間達に手を焼いておると聞いたら……フフッ。確かに、笑われような。いや、それだけでは済むまい。貴殿は役を解かれ、格下げになろうというものだな。二度と『将軍』という肩書きを手にする事はあるまい」


「わかっている! 我々だけで押さえてみせる。くそっ、あのような劣等な民族どもに……」


忌々しく舌打ちをするロメオスだ。確かに、その男の言う通りなのだ。


「五、六人の流れ者達がその中核を担っているという。早くそいつらを抹殺する事だ。それに、ノースブルクの若僧とスチュワートの小娘、この二人を消せ。私なら、小競り合いなどは捨て、その者達だけの動向を把握する事に全力を注ぐがな」


 ごく自然に、こうした闇に満ちた言葉を発する男だ。商談を進める時にも、同じような口調で物事を進めているのだろうか? その言葉を聞いたロメオスの顔が険しくなる。空になったグラスを乱暴にテーブルに置くと、その男を睨みつける。



「サカムビット。貴公に戦術うんぬんを説かれる筋合いはない。俺は俺のやり方でやる」



 そう言われた男……『霧の華』を独占して製造しているサカムビットは、不敵な微笑みを浮かべてロメオスの怒りを吸い込んでゆく。


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やはりホークス、ノエルの推測通り、サカムビットはこのエドの街に居を構えていた。


 表向きの名は『サイモン』。様々な物資の輸送に関する流通網を持つ大商人としての肩書きがある。その実、裏では秘密の場所で製造した『霧の華』を、その輸送網を活用してミッドランド各地の代理人へ供給している。サカムビットと契約を結んだ代理人は、その仕事が何らかの形で失敗すれば暗殺される。その替わり、順調に売りさばけば代理人は膨大な利益を得る事ができる。


(ダミアンもそうだった。しかし一行の活躍によって罪を暴かれ投獄された後、それを知ったサカムビットにより、その腹心の部下である精霊使い、モルグスという名の男に抹殺された) 


 依存性の強い良質な『霧の華』の精製方法を独占して、生産量を思うままに調節する事で希少価値を高めており、その利益率は高い。他の麻薬も手がけているが、一番効率が良い商品は『霧の華』だ。原材料となる『シェルコス』という異国の野草は、荒れ地でも簡単に育てる事ができ、原価は安上がりなのだ。それから麻薬の成分を抽出・精製する技法こそ、このサカムビットを支える生命線とも言えた。


 それを記述した書類は自分しか知らない場所に保管してある。製造工場を指揮する部下達には忠実な者を選び、高額な報酬を与えている。それでも技法を盗んで逃亡しようとする者は、全て殺してきた。実際に現場で作業をする人間達は、各地の人売り商人から補充し、死ぬまでそこで働かせている。



 このようにして『霧の華』の精製方法の漏洩を防ぎ、今日までの闇の繁栄を築いているサカムビットであった。また、自身はただの闇商人という訳ではなく、このようにのしあがるための特殊な力を身につけている。元々は魔術師だ。しかし、魔術アカデミーでは禁じられている種類の魔術の探求にのめり込んだ男だった。


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ロメオスの拒絶振りに、少し楽しそうにワインを軽く口につけるサカムビットだ。


「貴殿のやり方でやる、と。しかし、無いものねだりはできまい。私の手の者達の力を貸してやってもよいぞ。朧とアロセールを貸してやる」



 彼は目の前に立つロメオスを値踏みするかのように見詰めている。まだ三十にも満たないこの若者が、このエドの街に占拠するジューダス軍の総指揮を任されている。才能もあり、野心もある男には違いないが……危うい強さだとも、サカムビットは見抜いている。



 援助の申し出をするサカムビットに、ロメオスの顔が険しくなる。立ったまま、ロメオスはソファに座るサカムビットをじっと見下ろして、言い放つ。



「貴公の手助けはいらぬ。『忍び』も『女魔術師』も不要! モルグスもレイドも必要ない。俺達の仕事だ。俺達がやる。それよりも、早く本題に入れ。上等なワインを飲ませて世間話をするために俺を呼んだ訳でもないだろうが?」



 サカムビットは口の端を微かに歪めて冷笑を浮かべる。まだ若い……彼はロメオスをそう感じる。勝利のために己を押さえて頭を下げる事ができていない。邪魔なプライドにしがみついている。まあ、その自尊心に見合うだけの才覚を持っている男なのだろう。しかし、それが折れれば脆い。そう感じる。



「フフッ。これは失礼した。シェルコス畑の拡充の件だ。裏工作の進み具合を聞きたくてな。それで『霧の華』製造所の設備投資の時期が決まる。当初の案が素直に通るようならば、ミッドランド国内に二つ目の製造所を新造するつもりだ。『天才軍師』との契約を果たすには、そろそろ増産を加速すべき時期に差し掛かるからな。早めに見通しをつけておきたいのだ」


 (シェルコス、とは、先程にも述べたが『霧の華』の原材料となる野草の事である。一年草で、夏になると淡いピンク色のかわいらしい花が咲く。秋になると茶色い実が幾つも実る。その実に麻薬の成分が微量に含まれている。これをすりつぶした後、特殊な方法で発酵・精製する事で『霧の華』が製造される。


 サカムビットが『霧の華』の精製方法を独占する際、裏でジューダス王国から援助を受けていた。さらに、人里離れた地にシェルコス畑と製造工場を設立する際にも資金と物資の援助をも受けていた。その替わり、サカムビットは『霧の華』をミッドランドに浸透させ、その売り上げの利益の一部をジューダス国の軍資金へと還元する。ジューダス国は、こうして敵国を弱体化させる手段の一つとしてサカムビットと盟約を結んでいるのだ。


 こうした裏取引を実現させた手腕を持つ、当時二十歳にも満たぬ才気と野心に満ちた若き男は、後に『天才軍師』と賞されるまでになった)



「裏工作は順調に進んでいる。元老院の三分の一は抱き込んだ。あとは頭の堅いジジイばかりだが、ジューダス国内に『霧の華』がはびこる危険性がないことは、これまでに実証済みだ。表向きには、軍が新しいシェルコス畑を管理するという体制を提示しておけば、まず問題なかろう。軍師殿のおかげで、我が軍部は発言力が高まっているからな。そのような案を軍師殿にも進言してある。二週間後には採決が下されるだろう」


 腕組みをして、目を油断無く光らせながらロメオスは告げる。サカムビットの不敵な笑みが広がってくる。なかなか、このロメオスという男は、政治的な謀略については一通りわきまえてはいるようだ。そうでもなければ、この若さで『将軍』の肩書きを持つ事は難しいだろうとは思うが。



「そうか。貴殿は、このような事に関しては悪くはない男のようだな。まあ、自尊心は高過ぎるが。それも若いうちは仕方なかろう。では、天才軍師殿にもよろしく伝えてくれ。今後もお互い、良き関係でありたいものだな」


「了解した。申し伝えておく」


軽くうなずくと、ロメオスは部屋を立ち去っていった。


 その颯爽とした若々しい後ろ姿を見送った後、サカムビットはワイングラスを片手に席を立って窓際に近づき、月明かりに照らし出される眼下の川面を眺める。この屋敷はエドの街の北端に位置しており、背後は切り立った断崖が国境の川に直面している。


(この屋敷で始末した人間の死体を処理するのに好都合だった。死体を窓から放り投げるだけでよい。たまに断崖の下にある岩場に引っかかる事もあるが、ちょうど流れが急で、川を下る商船もごつごつした岩場を避けるために近づかない場所なのだ。雨でも降って増水すれば、そうした死体も流されてしまう。この地理的な立地条件が、サカムビットがこの屋敷を購入した理由の一つでもある。もう一つ重要な理由は、広大な地下室を備えていた事だった。なぜ、それが重要な理由なのかは、後に明らかになる)



月明かりに煌めく川面のさざ波を見詰めながら、サカムビットはワインを飲み干す。


そのつぶやく声が漏れてくる。


「さて……ロメオス。貴殿の『民族管理政策』の結末を楽しませてもらうとするか。馬鹿げた思想だと思うが。人を支配するのに、そんな看板を掲げた所で何になろうか。まあ、酒の供にくらいはなるだろうな? ロメオスよ。フフフッ」


自分には直接関係のない闘いだと思いこんでいるサカムビットだ。


しかし、今エドの街で繰り広げられている闘いが、やがてこの男を追いつめてゆくことになる。

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