立ち上がった人々 Resistance
その日を境に、ホークスの態度が一変した。
ライル達が潜む難民街のとある場所を、直ぐさま見つけ出したホークス。夜中にその隠れ家を訪ねてきた彼を仲間達は快く迎えたが、その無惨な姿を見て驚きに目を見張った。
ティナが縫って血止めしたはずの傷口から出血しており、左肩の辺りは服が赤黒く染まりあがっている。頬の打撲の跡はひどく、大きく腫れて顔の形が不自然だ。それに顔のあちこちに擦り傷がアザになって浮かんでいる。右腕は力無くだらりと垂れ下がり、動かすのがつらいようだ。そして固く握りしめた左の拳からは、ポタポタと血が垂れている。その手の平を斬っているようだ。
そんなホークスの両の瞳には、ギラギラと怒りの炎が燃えていた。
アリアがホークスの怪我を癒してやったが、左の手の平の傷を治そうとすると、彼は首を振ってそれを拒んだ。その左拳を開かなかった。アリアが戸惑い、その様子を見たティナが「どうしてなの?」と迫っても、彼は口を閉ざして理由を言わなかった。いつものホークスなら、本当の理由を言わないにしても、冗談混じりのふざけた答えを返すところだが、彼は瞳に暗い光を灯して沈黙していた。
結局、その夜は誰が声をかけても、彼は何も答えなかった。
ただ一言、『俺も闘う』とだけ告げて、ホークスは与えられた部屋に一人でこもった。心配したティナやアリアが、どれだけ彼の部屋のドアを叩いても、ホークスからの反応はなかった。
ホークスは真っ暗な部屋の片隅で壁に背を預けて座り込み、左手にある血だらけの壊れたナイフをじっと見詰めていた。
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その翌日から、この盗賊はウェインやティアラ、ライル達に協力し、この街を占領する敵軍への抵抗運動のために力を尽くすようになる。
抵抗運動の現状、組織の構成とこれまでの闘い方をまずウェイン達から聞き出し、これからの活動に必要となる事柄をたちまち山のように指摘する。指摘するだけでなく、それを実現するための具体的な方策や、無駄のない段取りをも提案する。そして奇抜な策を次々と練りだし、また盗賊としての視点から作戦に貴重な助言をしてくれる。ジューダス軍内部の危険な場所へ自ら進んで潜入して情報を集めてくる。寝る間も惜しんで、一心にそうした諜報活動を続けてゆく。
そんなホークスだった。
仲間達は、この男が心変わりした理由を敢えて何も聞かなかった。
誰にでも、人には言いたくない事がある。
口にはできない想いがある。
たとえ相手が、どれだけ親しい関係にある人間であったとしても。夫婦でも、親友でも、両親でも、兄弟であってもだ。心の中に、誰でもそうした部分を大なり小なり持っているものだ。
その事を、一同わきまえていた。
それでも、少しでも声をかけずにはいられない性格の者もいる。
ティナだ。
理由を問い詰めるつもりはないが、やはりちょっと心配なのだった。一人で無理をしているホークスの様子に、不安を感じてしまうのだ。どうしても、一声かけねば落ち着かない。そんな性格の女性だ。
隠れ家の一つで皆で夕食をとった後、やはり一人で出かけたホークスの後を、ティナが追って出てきた。足早に狭い路地裏を歩いていたホークスが、ティナの足音に気づいてその速度を緩める。彼女が横に並んで歩く。しばらく二人とも無言で、汚物やゴミがあちこち転がる薄暗い路地裏を歩いていた。
やがて、ホークスの方から口を開いた。
「なんか、俺に聞きたい事があったんじゃねえのか? ティナ」
ティナは、そっと首を振る。
「ううん。聞きたい事はないけど……言いたい事ならある」
「何だ?」
そう言いつつも、彼女に顔を向けようとはしないホークスだ。
ゆっくりながらも、歩き続けている。
「ちょっとは休んだら。働き過ぎなんじゃない?」
「これくらいが、俺様にはちょうどいいんだ」
「そうかしら?」
「そうなんだ」
それっきり、黙り込んでしまうホークスだ。相変わらずティナの方を向かずに、足を止める事なく告げる。やはり、いつもの彼とは様子が違う。ティナの不安は募る。
「何があったのか知らないけど、一人であんまり無茶はしないで」
「胸には留めておくぜ。どうだ? ちょいと二人で飲みに行くか?」
「お生憎様。今日はアリアとお風呂屋に行く約束してるの。あんたも来る? ノゾキしに」
「今日は遠慮しておく」
「『今日は』って、あんた。やっぱり他の日にはやってんのかっ! 違う風呂屋を捜した方が良さそうねえ」
「フッ、甘いな。ここら辺から通える範囲の女湯は全てチェック済みだぜ」
ホークスは立ち止まり、ニヤリとしながらティナの方に顔を向けた。初めて彼女と目を合わせる。ようやく、いつものような彼の空気が漂ってきた。
やっぱり、声をかけてみて良かったとティナは思う。しかし、今のホークスがそのような事をしているはずがない事も、お見通しだ。
「はいはい。ホントは危険な所ばっかり潜り込んでるくせに。どうせ、止めろって言っても聞かないんでしょ? 全く、あんたもライルも危なっかしいんだから。でも何があっても、心配してる私達の事は忘れないで」
「……ああ、わかってはいるつもりだぜ」
ホークスはじっと見詰めるティナから視線を外した。そんな盗賊に、ティナは腰に手を当てて軽く溜息をつくと、彼の正面に回って顔を覗き込み、さらに念を押す。
「いい、一人で無茶だけはダメ。私達にも頼れる所は頼る。いいわね?」
有無を言わさず、この盗賊の視線を捕まえて告げる。
そんなティナに、ホークスは肩をすくめてしまう。彼の推測では、ティナは自分より一つ二つ年下のはずだなのだが、こういう時には本当に適わない。
「ホント、お前は姉御肌だよなあ。へいへい、わかってやすって」
「姉御肌は余計なお世話! じゃあね。気をつけるのよ」
ホークスから離れて戻ろうとしたティナに、背中から声がした。
「ありがとよ、ティナ」
「……うん」
彼女はうれしそうに微笑んで、ほのかに良い香りを残して立ち去ってゆく。
肩をすくめると、ホークスは再び闇に満ちた夜の街へと一人消えていった。
彼には、闇がよく似合う。
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少しずつ、しかし確実に事は動いていた。
エドの街で、神出鬼没の活躍を成し遂げてゆくウェイン達と一行だ。
ある時は、ジューダス軍が徴収して金蔵に厳重に保管されていた租税が一夜のうちにごっそり盗まれ、移民の人々にバラまかれた。盗賊ホークスの指揮によるものだ。
またある時には、街にある幾つかの監獄の一つが素早い奇襲に遭って陥落し、人質の一部が解放された。ホークスとノエルが練り上げた作戦に、ライル達を中心とした機動力のある少数精鋭部隊による活躍がもたらした成果だ。
ロメオス達、占領軍の中核が居を構える指令府の塔の頂に掲げられたジューダス王国の旗が、朝にはエドの街が古くから用いていた旗にすげかえられていた事もあった。そしてその翌日には指令府の門前の往来のど真ん中に、盗まれたジューダス国旗で作られた大きめのオムツが何枚か、旗のようにして長い棒に取り付けられて風にはためき、『おねしょが治らないロメオス坊やへ』と書かれた吹き流しがその頂点にひらひらしていた。
(ホークスが単独で塔に登って旗をすげかえ、女達に協力してもらってオムツを縫ってもらったのだ。それを担当した女達は喜々として、わざと念入りに丁寧に上等のオムツを作り上げ、ロメオスの名前をかわいらしく刺繍してやったものだ。その痛快な噂を聞いた街の人々は大笑いしたそうだ。ふと思いついた悪意たっぷりのいたずらだったが、人々の士気をさらに高める効果をも狙ったホークスである)
彼らの胸のすくような活躍は、エドの街の人々を勇気づけた。ウェイン達に協力して武器を取る男達は日を追うごとに増加してゆく。また反対に、ロメオスを激怒させた。ロメオスはそうした抵抗活動を行う人物達を躍起になって捕らえようとするのだが、いつも後手に回って痛い目を見るのだった。
街の人間達をいくら厳しく尋問しようとも、全く口を割らない。そんな事に手間取っていると、街のどこかでまた抵抗活動が起きる。兵士達を鎮圧に向かわせると、戦力の分散した隙を狙って尋問されている人々の救出部隊が襲いかかり、たちまち捕らえた者達を奪い返してしまうのだ。
こうした行動を可能にする情報網を、盗賊ホークスは真っ先に作り上げた。街の端に起きた出来事やジューダス軍の動向でも、瞬く間に抵抗活動指令本部に届くようになっている。その情報を元に直ぐさま作戦を練り上げ、街のあちこちにある支部に控える部隊へ行動の指令を返す。人々の組織立った協力あればこそ可能な戦術だ。
このような情報の力の重要性を瞬時に見抜き、目まぐるしく変わる状況に応じて効果的な策を産み出す、盗賊ホークスの軍略に関する非凡な才能。
秩序立った組織構成、またそれに物資や人員を補給する後方支援体制を練り上げ、自らもまた魔法を駆使して闘う魔術師ノエルの幅広い才覚。
窮地を跳ね返す戦闘能力を持ち、人々を鼓舞するライルやギリアム、ティナの見事な闘い振り。
アリアやティアラを中心とした救護班・資金や物資補給班の充実。
そして何より、自らの力で闘い抜く事を決意したエドの街の住人と移民達の勇気と団結。ウェインを中心とした士気の高い男達や、それを影で支える女性達の活躍が、こうした抵抗活動の原動力となっていた。




