闘う理由-ホークス- Why of Battle -Hawks-
そんなウィードが、盗賊にねだる。
「ねえ、ホークス。遊んでよ。ちょっとヒマなんだ。いいだろ?」
「物怖じしねえボウズだな。フフッ。いいぜ、俺もちょいと、気晴らししてえとこだったんだ」
盗賊はニヤリと承知した。子供好きなホークスである。各地で見かけるこうしたウィードのような浮浪児達に、この盗賊は小遣いをやったり一緒になって遊んでやったりしていた。彼の子供好きな性格は、裏を返せば自分自身が不遇な子供だったからだ。こうした元気な子供達に接する時の彼は、心優しい兄の顔を見せる。
ウィードはしげしげと、ホークスの腰にある二本の短剣を見詰めている様子だ。
その視線に気づいたホークスが、すっと両手でそれぞれ短剣を引き抜くと、くるくると器用に回転させて再びサッと鞘に収める。電光石火の早業だ。ウィードが手を叩いて喜ぶ。
「すごいや、ホークス! ね、ね、ちょっとその短剣、持ってみてもいい?」
盗賊は微笑んで、束をウィードの方に差し出して愛用の短剣の一つを持たせてやる。少年の目がキラキラと輝く。
「わあ、ホークス。いい短剣だねえ。ピカピカしてる。すっごい使ってるよね、コレ。ちょっと、振ってみてもいい?」
「お前にゃ、ちょっとそれはでか過ぎるな。そうだ、こいつを使ってみろ」
ホークスは胸の内ポケットに肌身離さず身につけている、古びたナイフを取り出す。二つに折り畳むと刃が収まるようになっているナイフだ。それは、彼の母親が買ってくれたもので、ホークスがそのナイフを手にした日……彼と妹は捨てられたのだった。
「うわあ、それも良く使ってあるね。ずいぶん古いようだけど、刃はピカピカだ! 新品みたい」
「こいつで人を傷つけた事はねえからな。まあ、いじってる時に自分の指をちょいと切った事があるくらいだ。あとは、ナイフ投げしたりして遊んでただけなんだ」
ホークスの母は、別れる最後に言ったのだ。
『ちょっと買い物してくるから、ここで待ってて。それで遊んでていいから。
でも、絶対それで人を傷つけたらダメ。わかった?』
言いつけ通りにこのナイフで遊んでいた子供のホークスだったが……
いつまでたっても、母は帰って来なかった。
その約束を、この歳になってもまだ、この盗賊は健気に守っているようだ。馬鹿げたことだと自分でも感じているのだが、そうせずにはいられなかった。
子供の頃、妹に与えるための食べ物を店先から盗んで、捕まってひどく殴られたり蹴られたりして身の危険を感じた時でも、このナイフを使って身を守ろうとはしなかった。また街でとぐろを巻いていた少年の頃、チンピラ達との喧嘩でどれだけ袋叩きにあっても、このナイフだけは他人を傷つける事には使わなかった。
そんな……大切なナイフだった。
それをウィードに惜しげもなく手渡した。
「うん、これなら僕にも大丈夫だ。ナイフ投げだって? どうやるの?」
「おう、こんな感じだ」
路地裏の奥から表通りの方に向けて、そこに転がる大きめのゴミをめがけて盗賊は腰の短剣を引き抜いてシュッと投げつける。そのゴミのど真ん中に、短剣は見事に突き刺さった。
「わあ、すごいや。じゃあ、僕も!」
ウィードが大きく振りかぶって、ホークスから貸してもらった短剣を投げつけるが、狙いが大きく逸れ、力一杯投げつけた短剣は表通りまで飛んでいってしまった。それが運悪く、ちょうど通りがかったジューダス兵士の一団の先頭をきって歩いていた男の鎧に当たってカランと転がる。
気づいたその男が飛んできたナイフを拾い上げて、こちらの路地裏へ一人向かってくる!
「うわっ、しまった! どうしよう?」
ここは袋小路になっていて、逃げ出す事が難しい。
ホークスは迷わずに、そのジューダス軍の男の前に進み出る。
その男は豪華な甲冑に身を包み、立派なマントをはためかせ、流れる金髪をなびかせながら颯爽と近づいてくる。背丈や鍛え抜かれた見事な体躯はライルと引けを取らない。ホークスは一目でこの男が誰なのかわかった。エドの街を占拠するジューダス軍の若き総司令官、ロメオスだ。ジューダス王国屈指の剣術の使い手でもあるという噂だ。
先程のウェインとライル達の騒動を鎮圧しに、兵士達を引き連れて自ら出向いてきていた。現場は既に犯人達が逃げた後で、傷ついた兵士を回収して、辺り一帯を一通りの取り調べた後、指令府へ帰る途中であったのだ。よりによって、最悪の相手にナイフが当たってしまったものではある。
結局、ロメオスは騒動を起こした犯人達の行方に関して、詳しい手がかりを得る事ができなかった。傷ついた兵士達の話から、ウェインとティアラの和解の事、そしてライル達の風貌を把握できたくらいだ。
現場近くに住む住人達に手荒い尋問をしても、誰一人として口を割らなかった。『知らない』だとか『怖くて家に閉じこもっていたから、見ていない』だとか、ただ沈黙しているという態度だった。乱暴な尋問を行っても、どこか光の灯った目をして口を閉ざすばかりだ。以前までの住人達の瞳には無かった光だ。
彼は気に入らなかった。こうしたブタどもが内部分裂を起こして乱れていた秩序と平和を、この優秀なジューダスの民が統制して与えてやったというのに。現に、強盗などの犯罪件数は劇的に減っているのだ。感謝されこそすれ、どうして愚民どもはこのように反抗的なのか。まあ、血統の劣った民族だから仕方がない、などと彼は考えている。ならば、その低脳な知力でもわからせるようにするまでだ。
そんな事を考えていた矢先に、このナイフが飛んできたのだった。
「これを投げつけたのはお前かっ! ロメオスと知っての所業か!! 」
腹までビリリと響く凛々しい声。
その茶色の瞳は怒りに燃えてホークスを睨みつけている。
ホークスの背後にぴったりくっついていたウィードは、ぶるぶると震えている。それでも、気丈にもこの男の子は小さな声をあげた。
「う、ううん。この人じゃない。僕が投げたんだ。でも、そんなつもりじゃなかったんだよ。そこのゴミを狙ったんだけど、僕が下手くそで、変な方へ飛んでいっちゃったんだ。ごめんなさい……」
そんなウィードの肩に手を置き、ホークスは深々とロメオスに頭を下げる。今は、穏便に済ませるしかない。ロメオスの背後には何十人もの兵士達が控えている。それに、このロメオス自身、手練れの戦士だ。子供を守って、この袋小路から逃げ出す事は難しい。
「すまねえ。子供のした事だ。許してやってくれや。どうか、この通りだ」
ロメオスは、そのナイフの刃と柄を革手袋をした両手で持つと、いきなり二つに折り捨てた! 刃の部分と柄がバラバラになった、無惨なナイフがホークスの足元に転がる。
それは彼を捨てた母親が買ってくれたナイフだった。子供の頃からいじり続け、今も彼はその古びたナイフを持ち歩いていた。この歳になっても、時折なんとはなしに取り出して、いじる事のあるナイフだ。母の言いつけを守って、そのナイフでは一度も他人を傷つけた事はない。
そのナイフを……
ホークスの胸に、荒れ狂う激情がこみ上げてくる。
それを押さえるのに必死だ。
「(ダメだ。こらえろ! ここで俺が暴れたら、このボウズまで死ぬ。耐えろ! ただのナイフじゃねえか。安物の。どうって事ねえだろ? そう、ただのナイフなんだ……)」
冷静な判断を持つ理性が、ロメオスに向かって彼の頭を下げ続けさせる。
ウィードが泣きそうな顔をして、ホークスのナイフを拾おうと身をかがめると、ロメオスはその腹を蹴り飛ばした。少年は蹴られた腹部を押さえて悶絶する。
「ふん。下等な民族め。お前達には、それくらいの不様なナイフで十分だ。もっとも、どう扱ったらいいのかさえわからぬ頭であろうがな。はははっ」
ロメオスの高笑いが響き渡る。
ホークスの中で、何かが切れ飛んだ。
「貴様ああああっ!!!! 」
逆上したホークスが目を血走らせて短剣を引き抜き、手荒く飛びかかる。頭に血が昇っており、いつもの無駄のない動きとは違って大振りになってしまう。それに、左肩に怪我を負っていて、こうした戦闘には万全な状態の体ではない。手練れの戦士を相手に勝ち目などないはずだ。策もなく衝動的に襲いかかるなど、彼らしくもない。
それを流れるような無駄のない動作ですらりとかわし、ロメオスはすれ違いざま拳を一閃させる。目にも止まらぬ鮮やかな腕前だ。
頬にめり込む程の凄まじい力の拳によって弾き飛ばされたホークスは、建物の壁にひどく身体を打ちつけて腰をつく。手にした短剣もその手を離れて地に転がる。それでも怒りにまかせて立ち上がろうとするが、衝撃に脳をひどく揺さぶられており、身体が思うように動かない。くずおれて路地裏に這いつくばってしまう。ティナに縫ってもらった左肩の傷口から、血がじくじくと染みだしてくる。
すかさずロメオスは、這いつくばるホークスの頭を長靴で踏みつける。ホークスは顔面を地に打ち付けられ、屈辱に食いしばる歯は土を噛む。目に砂が入る。右手でロメオスの長靴に掴みかかるが、いち早く察知したロメオスはもう一方の足でその手を蹴り飛ばす。痺れが走るほど強烈な一撃だ。
グリグリと長靴を更に押し込みながら、勝ち誇ったロメオスが言葉を投げつける。
「お前などに何ができる? 劣等民族のお前達が。お前のような輩はな、神に選ばれた優秀な我らの指示に従っておればよいのだ。力ある者に頼って、その庇護の下で安定した暮らしを望む。その一方で、そうした力ある者に影で不満をこぼす。我々が苦労して与えてやった平和をむさぼりながらな。縛られる事を望んでいながら、自分勝手に都合の良い権利を主張する。それがお前達のような愚民達の真の姿だ。我々が管理してやる事で、ようやく愚かなお前達は争い合う事なく平和に過ごすことができるのだ。それを覚えておけ。その頬の痛みと共にな。そうでもしなければ、俺の言葉など記憶しておけるほどの知能もないんだろうからな。ははははっ」
ホークスを散々いたぶって気が晴れたのだろう。殺すことはせずに高笑いを残しながら、ロメオスは部下達を引き連れて立ち去ってゆく。
切れた口から血を吐き捨てて、ホークスは怒りに歯ぎしりする。
「……るさねえ。俺は絶対に許さねえ」
「ホークス、ごめん……」
自分のヘマでロメオスに折られてしまったナイフを差し出しながら、悲しそうにウィードはつぶやく。そんな少年に、ホークスは静かに告げる。
「いいや、お前のことじゃねえ。わざとじゃねえし、幸い相手を傷つける事も無かったんだ。それを正直にきちんと謝ったんだ。怖かったろうに、たいしたもんだぜウィード。怪我は大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。こんなのしょっちゅうだもの。……ねえ、ホークス。僕もやっぱり『劣等民族』なの?」
うつむきながら問いかけるウィード。その姿が、ホークスの亡き幼い妹の泣き顔と重なる。ホークスは膝をつきウィードの両肩に手をかけ、じっとその目を覗き込んで真剣に言い聞かせる。
「いいか、ウィード。お前は『人間』だ。誰がなんと言っても、人間だ。劣等でも、クズでもゴミでもねえ。いいか、お前はあいつらと同じ、人間なんだ。この街の他の人達と同じ、人間なんだ。世界中の人達と同じなんだ。あのクソ野郎が言うような違いなんてねえ。顔を上げろ。胸張って生きろ。わかったな」
「……うん!」
温かな盗賊の言葉に、再び元気を取り戻したウィードだった。
風使いの少年に別れを告げ、立ち去ってゆくホークス。
その胸に限りない怒りを滾らせながら。
彼は、母のくれた思い出のナイフを利き手の左手でぐっと握りしめる。
その刃が食い込み、手から血が滲む。
「(これはもう、ライルの旦那達だけの喧嘩じゃねえ。俺の喧嘩だ。……いいぜ、ロメオス。見せてやる。俺に何ができるのかをな)」
盗賊軍師、ここに起つ。
やがてロメオスは、この男を敵に回した事を後悔することになる。




