和解の時 Reconciliation
ウェインが息を弾ませながら、つらそうな顔でライルとギリアムに近づいてくる。
「ライル殿、騎士殿、大丈夫か?」
「ああ、俺達なら大丈夫だ。お前こそ、結構な怪我だ。人の事心配してる場合じゃねえぞ」
そう指摘するライルだが、ウェインは自分よりも他の人間の事が心配で仕方ないようだ。ちょっと軟派な感じもする優男のように見える彼だが、なかなか気骨ある若者だ。
「ノーラ、ティアラ、無事かっ!?」
そんなウェインに、異国の雰囲気を漂わせる褐色の肌に黒髪を持つ踊り子、ノーラがうれしそうに笑う。彼女が笑うと肌の露出が多い踊り子の服から覗く、へそにつけた金のピアスの飾りが揺れる。
「ウェイン、アリガト♪ カッコ良かったヨ。ティアラに取られたノガ、ホントに残念」
ちょっとアクセントの違う言葉で告げるノーラだ。ウェインとティアラとは、彼女の一座が旅の途中にエドの街に立ち寄った時に、子供の頃からよく一緒に遊んだものだった。
ノーラはウェインの事が好きだったのだが、ティアラの事も大好きだった。ティアラも彼の事が好きだということを見抜いて、お似合いの二人を何かとからかいながら、自分は一歩退いて、仲の良い二人の側にいるのがうれしい少女だった。旅を続ける定めのノーラは、自分がウェインと結ばれることは不可能だと悟っていた。何より、人々の前で自慢の踊りを見せるのが、彼女の誇りでもあったからだ。
今ではノーラの妖しく魅惑的な踊りは、各地で人々……いや、鼻の下を伸ばした男どもの間で、ちょっとした噂にまでなっているほどだ。
ノーラの言葉に、横にいるティアラが顔を真っ赤にして否定する。
「な、何言ってるの、ノーラったらっ! ウェインとは別れたの」
「オヤ、ソウカナ? 顔が赤いゾ、ティアラ。フフッ」
「もうっ! あなたはいっつも……。でも、ちょっと見直したわ、ウェイン」
少し恥じらいながら、伏し目がちに告げるティアラだ。彼の闘う勇姿を目の当たりにして、やはりうれしい驚きを感じている。
ウェインは真剣な顔つきになって、そんなティアラに再び迫る。
「ティアラ、もう一度頼む。君達も一緒に闘ってくれないか? 力を貸して欲しいんだ」
彼にはまだまだ、こうした闘いを続ける覚悟はある。しかし、ティアラ達の協力が得られずに分裂した状態がなおも続けば、いつか取り返しのつかない敗北を招く事になってしまう。その事をウェインは痛感していた。闘う男手が不足している。
それでもティアラは、唇を噛みしめて首を振る。
「それは……できない。さっきも言ったでしょう? あなた達のしようとした事を、私も移民の人達も忘れられないの。あなたはもう、そんな事はしようとはしないかもしれない。でも、街の他の人達はどうなの? あなた、もし街の人達がまた彼らを追い出そうとしたら、彼らのためにエドの街の人達と闘えるの?」
答えを期待して、一心に見詰めるティアラの眼差し。ウェインは口ごもる。
「そ、それは……ひどい犯罪さえ、君達が起こさなければ……」
そんな答えを返したウェインを見て、みるみるティアラの表情が険しくなってしまう。
「だから、それはあなた達の理屈! 仕事もない、住む所だって満足にある訳じゃない、一日分の食べる物にだって困っている人達の苦しみに手を差しだそうとせずに、どうしてそんな事が簡単に言えるの!? 止むに止まれず罪を犯した人達の苦しみが、どうして理解できないのっ!」
再び堂々巡りの口論を始めつつある二人だ。他の一同は、困ったように見守っている。ノーラは腰に手を当てて溜息をつき、ティナは肩をすくめ、ギリアムは渋面を深くし、ノエルは慎重に成り行きを観察している。アリアも今は癒しの手を一時止めて心配そうだ。遠巻きにして彼らの戦いを見届けていた人々も、固唾を飲んでウェインとティアラを見詰めている。
そんな重苦しい空気が漂っていた中、たまらずライルが声をあげた。
「あ~っ、もう、うざってえなあ、お前らっ! いいから、とっととくっつけ! 今はジューダスの奴等を追い出す時だろうが? 同じ敵だろうが!? 誰も助けてなんてくれやしねえ。自分達の力でなんとかするしかねえんだ! いがみ合ってる場合じゃねえぞ」
ティアラが瞳に怒りの炎を灯して、キッとライルを睨みつける。
「あなたに何がわかるっていうの!? よそ者のあなたに!」
ライルの深い漆黒の瞳が、ティアラの眼差しを吸い込んでゆく。
憂いを秘めた彼の瞳が、静かな輝きを放っている。
しばしの沈黙の後、ライルは口を開いた。
「そりゃあ、確かに俺はよそ者だ。ここに住んでた訳じゃねえ。その事件だかなんだかも知らねえ。おめえ達の気持ちだって、本当の所じゃわかってないかもしれねえ。……けどよ、お前達だって、子供の頃は一緒に遊んでたんだろうが! そんな事関係なく、みんな一緒に笑いながら遊んでたんだろうがっ! 何でこんな風になっちまったんだよ!? 昔にできてた事なんだ。今だってできるはずだ。悲しい出来事を水に流せなんて言わねえ。忘れようにも、忘れられない事だってある。どうあがいたって、逃げられない痛みだってある。つらい暮らしだって強いられる事もある……そういうのは、俺にもよくわかる」
悲しげに目をふせて、視線をさまよわせるライル。
逃れられない過去が、その痛みが、再び彼の心を襲う。
いつになれば、いつになればこの痛みは消えるのか?
しかし、彼は再び真っ直ぐに顔を上げる。その瞳から輝く意志の力が放たれている。
「でもよ……でも、そっから自分の力で這い上がろうとする人間を、神様は絶対に馬鹿にしねえっ! ジューダスの奴等みてえに、あざ笑うことなんてしねえっ! もっと大事な事のために、今この時は一緒に闘う時なんだ。俺も闘う。二人とも、力を貸してくれ! 立ち上がる時は、今なんだっ‼」
ライルのその言葉が、その場に居合わせた人々の胸を打った。消えかけていた火が、再び大きな炎となって人々の胸に灯される。エドの街の人々の心、そして移民の人達の心をも、確実に動かしていた。
この男は、いわゆる『英雄』とは言えないかもしれない。
一国の王族の生まれでもなければ、伝説的な光り輝く武具に身を包んでいる訳でもない。ましてや、世界を救うなどという事など、かけらにも思った事などないし、そんな運命を背負った選ばれた人間でもない。持って生まれた特殊な能力を秘めた人物でもなければ、自らを犠牲にして多くの人々のために心を尽くすような気高い志を持った男でもない。
この男は、ただ日々の糧を求めて仲間達と共に各地をさすらっていた人間だ。気に入らない事には自分の力で抵抗し、自分の好きな人間を守るという単純な男だ。かつては傭兵として戦場に身を置き修羅場を渡り歩いて、自分の生そのものに対する罪悪感を抱えながら、その罪悪感を必死で否定するかのごとく自らの命を拾おうと、他人を殺して生きてきた事もある人間だ。
しかし、なぜかその言葉には、そしてその行動には、人々の心を動かす力がある。そうしてやがては、人々から『聖剣士』とまで呼ばれるようになってしまうのだ。後に自分のそんな噂を耳にするようになっても、『聖剣士なんて野郎は知らねえ。俺は俺だ』と、全く意に介さないライルだが。
ウェインが静かに口を開く。
「そう言えば、木登りじゃあ、女の子の君に全然勝てなかったなあ、ティアラ。僕が登れない所まで君はどんどん登ってたっけ」
ティアラは微笑みながら告げる。
「魚釣りだと、あなたに負けっぱなしだったわね、ウェイン。どこに大きな魚がいるのか、あなたにはわかってたみたいだった」
男女の目が合う。
「もう一度、あんな風になれないかな、僕達」
「それは無理ね。あなたは女の子にもて過ぎるから。私は嫉妬深い女なの」
「何言ってんの。君は知らないかもしれないけど、裏じゃあ、男達の壮絶な闘いがあったんだぜ。誰が君に手を出していいかって。僕は絶対に負けられなかったんだ。だって小さい頃から、お嫁さんにするのは君しかいないって決めてたんだから」
見つめ合う男女。やがて二人はどちらからともなく手を取り合って、そっと身を寄せる。
「僕達と一緒に闘ってくれ、ティアラ。今、この時は」
それでも迷って目をふせるティアラに、取り巻いていた移民の人々から声があがった。
『ティアラさん、あなたが闘うなら、僕も闘う!』
『お、俺もだ! 俺の子供達を助けてもらったんだ。ティアラさんが闘うなら、俺も闘うぞっ!』
『あたし達も力になるよっ! ティアラさんが居てくれれば、絶対に安心だもの。ろくでなしのオヤジの尻を引っぱたいて闘わせる!』
『あんたのためなら、ワシは命を捨てられる。みんなを助けようとしてくれた、あんたならな』
『俺もやるぜっ! ここでやらなきゃ、男がすたる。ジューダスの奴等に、一泡吹かせてやろうぜ!』
「みんな……」
まじまじと周りの人々をぐるりと見渡すティアラだ。ウェインはその瞳に真摯な情熱を傾けて、彼女に告げる。かつては婚約まで約束し合った、この女性に。
「どうかな、ティアラ? 僕達も、君達の声を軽んじる事はしない。永遠に変わらない君への愛にかけて誓う」
頬を赤らめながら、ティアラは素直にうなずいた。
潤んだ瞳で、ウェインを見上げる。
そして……男女の唇が重なり合った。
それを見た人々から大歓声の渦が沸き起こる。人々が長らく望んでいた姿が、今目の前にあった。この二人の和解は、エドの街の人々と移民の人々との和解を象徴する姿でもあった。ライルが長剣を片手に高々と掲げて、意気揚々と声をあげてしまう。彼はこういうお祭り騒ぎの雰囲気が大好きなのだ。血が騒いで仕方ない。
「おしっ! みんな、やってやろうぜっ! ジューダスどもを、追い払うぞっ!!」
絶好のタイミングでライルの叫びがとどろく。もう、割れんばかりの歓声が一層激しく渦巻いて、人々の興奮は頂点に達した。古くからのエドの街の人々と移民の人々が、一緒になって肩を組んだり手を打ち合わせたりして喜々として盛り上がっている。ライルもそんな人々の中に混じって、陽気に笑い声をあげている。すっかり人々の心に溶け込んでしまったライルだ。
そんなお祭り男を、仲間達が見守る。
ギリアムは、うれしそうに何度もヒゲを撫でつけている。
「(フフッ。さすが、ワシが見込んだ男だわい)」
ティナもにこやかに髪を掻き上げる。
「(そうこなくちゃね! こうなりゃ、私もあんたについていく)」
アリアは微笑む。
「(ライル、あなたの勇気は本物です。というか、お祭り騒ぎが好きなだけという気もしますけど。ふふっ)」
ノエルは溜息をついている。
「(はあっ……ホークスが聞いたら、何と言う事やら。しょうがない人ですねえ)」
エドの街に今、新しい大きなうねりが訪れようとしていた。
もう、誰にも止めることはできない。
人々の胸に宿った炎は、瞬く間に広まっていくことになる。




