ウェインとティアラ Wayne & Tiara
スチュワート家へ到着した一同。
ウィルが直接、屋敷のとある部屋まで宿に待機していた一同を導いてゆく。
何やら、大きな声で言い争う男女の声がその扉ごしに聞こえてきてしまう。
ウィルはドアを開けていいものどうか、しばし戸惑った。
---------------------------------------------
『だからさ、今は昔の事にこだわってる場合じゃないんだよ、ティアラ! 僕達が仲間割れしてる限り、ジューダスにいいようにされるだけだ。君達も一緒に戦ってくれ』
必死に告げる男の声。
それを厳しく批判する女性の声があがる。
『それは、戦える力のある人間の言葉。余裕のある人間の言葉。あなたも知ってるでしょう、ウェイン? 今日の生活さえままならない人達に、危険な戦いに参加しろなんて、私はとても言えない。それにみんな、あなた達がしようとした事を忘れられないに決まってる。そんな人達と肩を並べて戦えると思う? うまいように利用されて血を流した後、また追い出される……そんな不信感がみんなの心にあるの』
『わかってる、わかってるさ。でもこのままじゃ、この街はどうなる? 僕達が生まれ育った、大好きなこの街が。『劣等民族管理政策』なんて、狂った考えを持った奴等が僕の好きな人達にひどい事をする。兵士に少しでも抵抗した者は、次々と捕まって処刑される。家族を人質にされた人だっている。言いがかりをつけられた女達は、身も心も汚されてボロボロにされる。それを苦に自殺した女だって何人もいるんだ! 君はこんな事、これ以上我慢できるのか!? 僕は我慢できない!』
『私だって! でも……』
---------------------------------------------
ウィルが意を決して、扉を大きくノックする。男女の声がピタリと止んだ。一つ大きく深呼吸すると、ウィルは一同を引き連れてその部屋へと入ってゆく。
「ティアラ様。客人をお連れしました」
深々と礼をすると背後の一同を促して、役目を終えたウィルは退出した。
その客間では、立ち上がったウェインとティアラが、何やら気まずそうにしている様子だ。二人の激しい口論をまじまじと見守っていたライルとアリアが、仲間達の姿を目にして立ち上がる。
「おお、すまねえ、みんな。ちょいと厄介な事になっちまってな」
ライルがポリポリと頭を掻きながら告げると、アリアが申し訳なさそうにする。
「すみません。私のせい……」
言いかけるアリアの言葉を、ウェインがすかさず遮った。
「いいや、聖女様は何も悪くない。悪いのはジューダス軍の奴等だ」
彼は心から告げる。
ティアラは顔をしかめている。
「ウェイン。あなた達の騒動が原因でしょうが。この二人を巻き込んだのは」
「どうして、君はそんなことばっかり言うんだよ!? 君達と違って、僕達は血を流して闘ってるんだ。何もしようとしない君に言われる筋合いはない」
元婚約者の指摘に憮然とするウェインだった。
たちまちティアラの目がつり上がる。
「なんですってええっ! あんたみたいな、弱い立場の人達に少しも助けの手を差しだそうとしない人間に言われたくないっ!」
「だから、そのためにはジューダスと闘ってやつらを追い払うべきなんだ、今は!」
再び雲行きが怪しくなってきた。ライルは、まいったなあといった感じで腕組みをしている。アリアは困ったような表情だ。ウェインの仲間の男達もあきらめたように首を振っている。ウィルが使いのために屋敷を出てから、この男女はずっとこの調子だったのだ。
ホークスが痛む肩に無意識に手を当てながら進み出た。
「あのよう、お二人さん。俺達に痴話喧嘩を聞かせるためにここに呼んだ訳じゃねえよな? 俺達には、そんなのにつき合ってる余裕なんてねえんだ。とにかく、ライル。何があったんだよ?」
ウェインとティアラは口をつぐんだ。まだお互いにもやもやしているようだが、ティアラが屋敷の主人としての義務を思い出し、まだ立っている客人に席を勧めて一通りの挨拶を交わす(表情は硬いが)。
ウェインも自己紹介して、握手を交わす。こちらは、屈託無くにこやかだ。切り替えは早い性格らしい。特に、ティナとの握手は時間が長かった。それに気づいたティアラの表情が、ますます硬くなってしまった。
ライルが事情を説明する。時折ウェインが身振り手振りで、アリアの勇気やライルの手並みを目を輝かせながら解説を入れる。アリアはもう恥ずかしくて、顔を真っ赤にしてうつむいているようだ。
ティアラも詳しい状況を聞くのは初めてで、ウェインが目をキラキラさせながら語る様子をまじまじと見守っていた。このような彼を見るのは、初めてだった。昔は負けん気が強く、他人の素晴らしい所を胸の内で認めても、このように表に出して相手を賞賛することなどなかったものだ。女性に対しては別だが。賞賛しまくりだ。まあ、女性に関することは別にして、ウェインは確かに変わってきていると彼女は感じた。
ライル達の説明を聞いているうち、ホークスの表情がみるみる険しくなってきた。ノエルも困ったような顔をしている。この二人とも、今はこの街では出来る限り厄介事を回避すべき時だということをわきまえているからだ。ジューダス兵を相手に立ち回ったとなると、サカムビットに闘いを挑むという困難な目的が、一層難しいものになってしまう。
ギリアムは楽しそうだ。彼がその場に居合わせたなら、剛爆斧を振るってジューダス兵達を喜々として叩きのめしていた事だろう。ティナは、やれやれといった感じで、仕方ないといった風だ。彼女がライルの立場だったとしたら、間違いなく派手に闘ってしまっていただろう。
全てを耳にした盗賊が、厳しい声でライルに迫る。
「おい、旦那。嬢ちゃんを守るためだったら、ジューダスの奴等を傷つけずになんとか逃げ出す事だって、旦那の腕前だったらできてたはずだろうが? 揉め事は起こさねえようにするって、おまえの口から聞いた気がするんだがよ。あれは俺の空耳だったのか? 何考えてやがる!」
「う……す、すまねえ。野郎がアリアの喉に剣を突きつけてるの見たら、ついカッとなっちまってよう。身体が勝手に動いてた」
怒っているホークスに、もそもそと謝るライルだ。
それを見たティナが、なんとかとりなそうと口を開いたが……
「しょうがないじゃない、ホークス。まあ、私達だって危ない事しようとしてるから、心配するあなたの気持ちだってわからない訳じゃないけど。でも、アリアにそんな事してるの見たら、私だって迷わず闘ってる」
余計なことまで口を滑らしたティナに、盗賊の目がギラリと光る。
「ティナっ! こんな見ず知らずの人間達の前で、俺達の事を言うやつがあるかっ! くそっ、なんでお前等は、そろいもそろってお人好しなんだよ!?」
闇を知る盗賊の指摘に、ティナはようやく気づいた。『霧の華』の元締めを捜し出して闘いを挑もうとしている今、その事は他人に少しでも漏らしてはいけない事なのだ。『危ないことをしようとしてる』などと、出会ったばかりの他人に聞かせていい言葉ではない。
「あ……ご、ごめん……」
顔を赤らめて素直に謝るティナだった。
ホークスは不機嫌だ。
「今さら、もう遅せえよ。あとは、こいつらを信用するしかねえ。全く、難しいことが、ますます難しくなっちまう。すまねえが、あんたら。俺達の事は誰にも言わないでいてくれねえか? もし、恩義ってやつをかけらでも感じる心があればよ。お嬢さんにゃ、俺達に恩義を感じる義理なんてねえが、頼む。決して、あんたにこれ以上の迷惑をかけないことを誓う。この通りだ」
仕方なく、深々と頭を下げて頼み込む盗賊だった。
そんなホークスをまじまじと見詰めているウェインとティアラ。
ぐるりと一行を見回した後、ウェインが爽やかな笑顔を見せて告げる。
「なにやら、剣士殿達にも事情がありそうだな。このウェイン、命を救われた恩義は忘れない。僕の仲間達もそうだ。君達の闘いにも、神の祝福があることを願ってるよ」
ウェインは熱く約束する。女性に鼻の下を伸ばして口説いている時とは別の光が瞳に宿っている。
「この時点で、もう充分迷惑なんだけど。ほとぼりが冷めたら、さっさと出ていってくれれば、私は余計なことは言わない。あなた達はここにはいなかった。私は何も聞かなかった。そういう事にしておきましょう」
相変わらずティアラはそっけない。ウェイン達にも、ライル達にも関わりたくはない様子だ。
それよりも彼女の心を痛めているのは、難民達や移民達の苦しい現状だ。ジューダス軍の占領によって、ただでさえ少ない彼らの仕事がもっと少なくなってしまった。日々の糧を求めて物乞いをする人々も増えている。そうした人々を、またジューダス兵士達が弾圧する。虫けらのように殺される時もあるのだ。
『より優れた人間を残すため、下等な血を滅ぼして粛正すべき』などという、理不尽な理屈を振りかざしている。親を殺されて餓死する子供達も出てきた。そうした最下層の人々のため、ティアラは奔走して力を尽くして救済してきた。しかし、現状はますます厳しくなってゆくばかりだ。
闘いは必要なのかもしれない。ウェインの言うように。
しかし、苦しんでいる弱い立場の人々に、武器を取って闘いを促すことなど、彼女にはとてもできない。成功したとしても、明日の保証のない人々にどうしてそんな事が言えるだろう? 古くからのエドの街の住人達によって、住む所を再び追い出されかねない彼らに、どうして虫の良い協力を呼びかける事ができるだろう?
その時、門番のウィルが一同の部屋に駆けつけてきた。




