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狙われたホークス Targeted

 その頃、宿屋では帰ってきたティナがすぐさまギリアムの酒を取り上げて、食堂で開かれていたオヤジ達の宴会を止めさせた。


 宿屋の女将の協力もあり、酒ビンは現在、女性陣の目の届く所の監視下にある。宿のオヤジ自身も女将の監視下にある。次から次へと、風呂掃除やら床拭きなどをやらされているようだ。



 ブツブツと不平をこぼしていたギリアムだったが、酒が回って心地よい眠気を感じ、今は食堂のイスに座ったまま上を向いて口を開け、豪快ないびきを立てている。それはそれでうるさいのだが、ノエルが勉強に集中するには十分な静けさが訪れた。彼は部屋に閉じこもって、次々と分厚い呪文書のページを繰っている。ティナは居眠りをしているオヤジの正面のイスに座り、ノエルからせしめたカメオのブローチを手に取り、あちこち眺めてはにんまりとしている様子だ。



 冬の小春日和といった感じで、窓から差し込んでくる光を身に受けると、じんわりと温かい。酒が入ってないティナでさえも少し眠気を感じるのか、口元を押さえて一つ大きなあくびをしている。


 宿で飼われている老犬も、ティナの足元で身体を横たえて、うとうとしている。目がどこにあるのかわからないような、毛むくじゃらのモップのような中型犬だ。なんとはなしに、ティナが手を下に伸ばして犬の耳の裏を掻いてやると、しっぽだけでパタリ、パタリと、のっそり返事をしてやる老犬だった。



そんなのんびりした昼下がりの平和な一時が、一瞬にして緊迫したものになった。


 ホークスがようやく戻ってきたのだ。しかも、傷を負って。それに全身ぐっしょりと濡れており、寒さで彼の唇は紫色になっている。


---------------------------------------------


 ノエルの部屋で暖炉の薪を継ぎ足してもらい、熱いくらいにして暖を取るホークス。濡れた服を全部脱ぎ、腰にだけバスタオルを巻いてベッドに腰を下ろす。痛みに顔をしかめながら、ホークスは左肩の怪我をティナに手当してもらう。


 ティナが宿の女将に借りた針と糸を代用で使って、針を煮沸消毒した上で、少し深めに切り裂かれた彼の傷口をチクチクと縫ってやっている。アリアが帰ってきて、癒してくれるまでの応急処置だ。



 ティナは傭兵時代に傷口の縫合をやった事がある。ライルも彼女にやってもらった事が何度かあるのだが……最初にティナに縫ってもらった後なぜか彼は、ひどい怪我をしていても彼女にはできるだけ知られないようにしていたようだ。


というのも、だ。


「あいてっ! お、おい、ティナよう。もうちょっと優しく頼むぜ」

「う……ゴメン」


「ちょっと待て。なんで針を入れた所から、こんなに離れた場所に糸が顔出してるんだ?」


「そ、それは……大は小を兼ねるって言うじゃない。こんだけ大きく縫っておけば、もし傷口が開いても安心って事で……」


言い訳がましく、なおも針を動かす精霊使い。


「いててててっ! ストップ、ストップだ、ティナ。俺が自分でやる!」

「なによう。もうちょっとで終わるって。ほら、できた!」


ようやく解放されたホークスが、しみじみと告げる。


「ううっ、きつかったぜ。……ま、まあ、ありがとな、ティナ。でもなんか、妙にごちゃごちゃしてないか? この縫い方」

「男が細かい事をいちいち気にしないの。そういう縫い方なの!」


そう主張するティナだ。

ギリアムもしげしげとその縫い口を眺めている。


「ううむ。独特な縫い方よのう。幾つもの戦場を渡り歩いたワシですら初めて見るぞ。まあ、所々で糸が交錯しておるから、丈夫そうではあるがな」


「そうそう、丈夫なのが一番だって!」

ティナはそう結論づける。



「(単にティナさんが、針仕事が不器用なだけだと思いますけど。しかし、これはまた極端ですねえ。アリアさんとはずいぶん差が。せめて、普通くらいにはなるように花嫁修業しておいたほうが……)」


無言で突っ込む賢明なノエルだった。

(口に出したら、半殺しでは済まされまい)



ティナが使った針を煮沸消毒しながら、しみじみと問いかける。


「でも、一体どうしたの? あんたがこんな怪我するなんて、珍しい」

「油断した。ちょいと考え事してた時に、いきなり襲われたんだ」


「それだとしても、ぬしにこれほどの傷を負わせる曲者がいようとはな」

ギリアムのしかめ面も険しい。


「ああ、ホントにヤバかった。実はな……」


冷え切ってしまった身体を暖炉の前で温めながら、ホークスは事情を説明した。


---------------------------------------------


ホークスは、最初の一日目でこの街の盗賊ギルドの場所を突き止めたという。


 一般の普通の人間には絶対にわからない場所に、深く深く潜っている。盗賊しか知らない合い言葉を駆使して街中にいるはずの組織員を見つけだし、なおかつ、彼らから得られる断片的な情報をつなぎ合わせて推理する力が必要となる仕組みになっている。駆け出しの未熟な盗賊では、知らない街の盗賊ギルドを捜し当てるのに、下手をすると一ヶ月以上かかるものだ。



応対したギルド員の盗賊に、「『霧の華』の小売人になりたいのだが」と尋ねてみる。


「金貨二十枚だ」


ホークスは無言で、提示された額の金貨を男の前に出す。


「ここじゃあ、そういう事は扱ってねえ。失せろ」


言い放つ男。こうした答えでも金は戻ってこない。それがルールだ。


「ここの街から仕入れてた小売人から話を聞いた。紹介状はこれだ」


あの宿場町で少女に『霧の華』を売りさばいていた小売人を脅して書かせた紹介状を渡す。男はさっと目を通したものの、興味なさげだ。


「知らねえな、こんなヤツ。それよりも一つ、おまえのためになる情報がある。金貨三十枚だ」

「いいだろう。買うぜ」


言われるままに、さらに追加して金を出す。

この際、金は惜しまない。今はどのような情報でも欲しい。


「流れ者のおまえじゃ無理だ。あまり嗅ぎ回らないほうがいいぞ」

「それは情報ってよりは、忠告ってやつか?」

「いや、警告だ。失せろ」



 それでひとまずはギルドを後にしたホークスだが、怯むはずもない。裏の世界の住人達を見つけだしては、時には買収し、時には鎌をかけ……脅しもすれば、騙しもし、怪しいと感じた場所には忍び込んで探りを入れる。街のあちこちの酒場で人々の噂話に耳を向け、時には彼の勘のおもむくまま、一見『霧の華』とは全く関係がないように思われる事柄を一般の人々に聞き込み、その手がかりを追っていた。


 しかし、『霧の華』の首謀者、サカムビットにつながる確実な情報は得られなかった。それでも今まで手にした情報から、次のような事が浮かんできた。


---------------------------------------------


・この街の盗賊ギルドは、『霧の華』に関して何か知っている。少なくとも、応対したあの組織員は何かを知っている。


・エドの街は、『霧の華』の在庫はそれほど大量ではないらしい。


・『霧の華』の製造所らしきものは、この街に存在しないようだ。


・この街の小売人の数は、他の地域と比較すると非常に少ないようだ。


・接触してみた小売人は、かなり手強い人物達ばかりだった。小売人としては、不自然なほどに手練れの盗賊達だった。


・ジューダス軍は月に一度、必ず決まった船を使って金袋を運び出す。


・その船が積む金袋は、エドの街から搾取した税金などを詰める袋とは異なっている。(この街のジューダス軍の金蔵に、直接忍び込んで確認した)


・また、徴収した租税の金を運び出す船の方は不定期に出航している。


---------------------------------------------


「(これらの事が指し示している事は、だ……)」


裏路地を一人歩きながら、ホークスがこれらの断片的な情報を整理して、考えにふけっていた時。


彼の頭上から、光る短刀を振りかざした黒い人影が舞い降りた!



 完全な死角からの不意打ちだった。しかも、気配も殺気も全く感じなかった。このホークスですら感じることができなかった。考え事をしていたホークスに油断があったというよりも、この曲者の力量がずば抜けていたというほうが適切かもしれない。常人だったら、間違いなく一撃で絶命していただろう。最後の瞬間、かろうじて身をひねって致命傷は避けたホークスだ。それでも、左肩を深めに切り裂かれてしまった。鋭い痛みが走る。



 ここで大抵の人間なら、何者が襲ってきたのかと一瞬でも見定めようとする所だが、ホークスは瞬時にその場から逃げ出した。この腕利きの曲者相手に、傷を負った身で闘いを挑むのは自殺行為だ。とにかく逃げた。黒装束に身を包んだ男も影のように音も無く素早く追ってくる。



 必死で逃げたホークスは、街を流れる運河へ飛び込んでようやく曲者の追跡を振り切ったのだった。冬の冷たい水中を泳いだため、彼の身体中冷え切ってしまった。なんとか、転がり込むようにして皆が待つこの宿屋へ辿り着いたのだった。

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