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ティアラ Tiara

そのようなアリアの姿に、心打たれた一人の若者がいた。

その若者、ウェインが二人に近づいてくる。


「アリア、いや、『聖女様』。本当にありがとう。剣士殿、助かった。ありがとう。でも、ここにいるとまた兵士達がやってくる。あなた達も危険だ。早くこの場を離れなければ。僕達の隠れ家へ……」



言いかけるウェインに、通りの筋向かいにあった飯屋から血色の良いおばさんが飛び出してきて、急を告げる。


「ウェインさん、今、あそこへ行ったらダメだよ! さっき子供達が知らせてくれたんだけど、もうあそこも手が回ってるって。あたしの家へ来な」


「くそっ、そうか。いや、シャロンさん。迷惑をかけるわけにはいかない。ここからなら、ティアラの所が近い。彼女に頼んでみる」


先程ウェインの替わりに囮になろうとした男が驚いている。


「お、おい、ウェイン。そんなこと!」


「今は、選んでいる時間なんてない。僕がティアラと交渉する。任せとけって。彼女とは婚約までしたんだ」


「『元婚約者』だろうが。お前の方から婚約を取り消したんだぞ」


「いいや。彼女の方からも、ぴったり同時だった。そういう事まで気があうらしいや。はははっ。さあ、行きましょう、聖女様、剣士殿」


「お、おう!」


言われるまま、ライルはまだ腰が抜けているアリアをお姫様だっこして立ち上がると、ウェイン達の後を追って駆け去っていった。



 アリアはまだ涙の残る頬を煌めかせ、顔を少し赤らめながらも、ぎゅっとライルの服をにぎってしがみついていた。自分にとって必要な、大事なものをしっかりと握りしめるかのように。


 ライルまた、この少女をしっかりとその胸に抱いている。守ってやりたくなるような、健気な強さを内に秘めたこの少女を。宿命の闘いの時、彼は逆に自分がこの少女に守られている事に気づくこととなる。


---------------------------------------------



そこからほど近い大きな屋敷の前へと、ウェインは一同を導く。


 これはスチュワート家。エドの街が造られた当時から、資財を投じて尽力した伝統ある大商人の家系だ。現在はウェインの元婚約者、ティアラが取り仕切っている。鉄製の優美な表門の側に立つ門番の若い男にウェインが近づく。


「あ、ウェインさん。お久しぶりです」

「ティアラに会いたい。すぐにだ。頼むよ、ウィル」


「でも、ご主人様には『ウェインが来たら、塩をまいて追い払え』って……」


言いかけるウィルに、ウェインは両手を合わせて頼み込む。語尾は小声だ。


「そこを曲げて頼む。時間がないんだ。門を開けなくても、取り次いでくれるだけでいい。今度、かわいい女の子を紹介するからさ。お前好みの線の細い感じの女の子。性格もすごくいいんだ。なあ、頼むって」


「……その約束、忘れないでくださいね、ウェインさん」


「ああ、任せとけって。お前のいい所を、よ~く説明しとくから」


ウィルという門番の若い男は、急いで屋敷へと駆け去っていく。



 ようやく立ち直ってきたアリアが、そのようにライルに告げて降ろしてもらう。少し気恥ずかしそうに、彼女は頬を染めてうつむいている。なんだか、ライルの顔をまともに見られないらしい。鈍いライルは特に気にしていない。というか、全く気づいてない。



門番からの知らせを受け、ティアラが屋敷の門まで自ら出向いてきた。


「いまさら、何の用? あなたとは、ただの他人のはずだけど」


 その女性は、赤みががった美しい茶色の前髪をうるさそうに振り払い、鉄製の格子ごしにウェインをにらみつける。彼女の淡い緑の瞳は、冷たい光を宿している。もしも彼女が笑ったなら、その瞳はこの上もなく優しく魅力的に輝くはずだろう。男も女も、子供も老人も心温まるに違いない。が、今は険しい顔をして、門の外に居並ぶ面々を冷たく拒絶している。



思わず、隣にいたウェインの仲間の男にヒソヒソ告げるライルだ。


「(おい、いい女だなあ。怒ってる様子が、またなんとも……)」


男もヒソヒソと答える。


「(そりゃそうです。ウェインと婚約が決まった時にゃ、この街の若い男どもの大半が残念がりましたよ。まあ幼なじみの二人だったし、家柄から言っても、みんなお似合いだと納得はしたんですがね。そのあと、飲み会で鼻の下伸ばしてるウェインを、悔しがる男達が抱え上げて、広場の池へ落としたもんです)」


「(くそう。それ俺もやりたかったぜ)」


心からボヤく馬鹿男が一人。


「(ライルっ! きれいな女の人を見ると、なんであなたはそうなんですかっ! それどころじゃないでしょう、もうっ!!)」


「いてっ!」


怒ったアリアが、これでもかとライルの靴を踏みつけている。



「じゃあ、ただの他人がお願いする。今、ジューダスの兵士達に追われてるんだ。僕たちをここへかくまってくれないか? 君が気に入らないんなら、僕は入れてくれなくていい。でも、僕の仲間達と、ジューダスの兵士達に立ち向かった、勇気あるこの聖女様と剣士殿だけでもかくまって欲しいんだ。頼む。昔の事は、今は忘れてくれ」


「忘れられると思ってるの? どこにも行くあてがない人達を追い出そうとしたあなた達を」


「頼む、ティアラ。この二人だけでも入れてくれ。この人達は、僕らとは全然関係ないんだ。なのに、聖女様は怪我をした僕達を癒してくれた。それだけじゃない。剣を向けるジューダスの兵士達に、たった一人で立ち向かった。剣士殿はその兵士達をあっという間に叩き伏せてくれた。勇気ある人達だ。この街の人達があきらめようとしている勇気を、この二人は持ってる。この聖女様と剣士殿は、ジューダスのやつらに捕まっていい人達じゃない。この通りだ。入れてあげてくれ!」



 ウェインはいきなり土下座して頭を下げる。そのような彼の姿をじっと見守るティアラは、少し戸惑った。これほど必死な彼の姿を初めて見たのだ。



 意見の対立から婚約を解消した時は、激しく言い争ったものだ。彼は自分の考えを曲げず、彼女も自分の信念を貫いた。エドの街の人々の身の安全を心配するウェインの気持ちも、理解できなかった訳ではない。しかし、だからと言って弱い立場の人々を追い出していい事にはならないと彼女は考えていた。喧嘩別れになった翌日、ウェインもティアラも双方婚約を取り消したのだった。その後、お互い相手に一度も頭を下げることなどなかったのだ。このように地に膝をつくウェインなど想像できない姿なのだ。


 ウェインがジューダス軍の占領に対する抵抗運動の先頭を切って闘うようになってから、少し彼は変わったのかもしれない。自分が守りたいと思う人達のために、メンツを捨てて頭を下げられる人間に、いつの間にか変わってきているのかもしれない。



軽く溜息をつくと、ティアラは門番に促して鉄門を開く。


「わかった。みんな入って。でも、今回だけ。ほとぼりが冷めたら、すぐに出ていって」


一同は顔を見合わせてうなずくと、素早く敷地内へと入る。ティアラは一同を屋敷へと広い庭を足早に導く。そんなティアラに、ウェインが横に並ぶ。



「すまない、ティアラ。ありがとう」


 心からの感謝の気持ちがこもった笑顔を向けるウェイン。あまりにも爽やかな好青年といった感じだ。そんな笑顔を向けられたティアラは、慌てて視線を彼からそらす。無理矢理、横に並ぶウェインの顔を見ないようにしているが、ちょっと頬が赤い。


「あなたとは、ただの他人。私に指一本触らないで。触ったら、あなた達をジューダス軍に引き渡すから」


「わかってるさ。聖女様達が無事に帰れるようにしてあげたいんだ。そんな事しない」


「どうだか。見境のないあんただし。っていうか、さっきから『聖女様、聖女様』って、一体なんなの?」


アリア自身もその事が気になっていた。二人に背後からおずおずと問いかける。


「あのう。せ、『聖女様』って、私の事なんでしょうか? 私は、ただの修道女で……」


ウェインは歩きながらくるりと振り向き、真面目な顔で心から告げる。


「いいや。あなたは聖女様だ。剣を突きつけられても、一歩も退かなかったあなたは、まさしく聖女様だ。あなたの身体中が光っているようだった」


「あ、あのう。そんな事ないです。あの時はもう夢中で……」


いらいらしたようなティアラの声が、ウェインとアリアの会話に割って入った。


「なんで、この子が『聖女様』なわけ? 昔っからいつもいつも、そんな歯の浮くような言葉、かわいい女の子と見れば誰かれ構わずぬけぬけと。今度は修道女様にまで! ホンっトに節操がない男なんだからっ!!」



ティアラの瞳に、今度は最初とは別の種類の怒りの炎が燃えている。


「何言ってるんだよ。喧嘩はしたけど、僕が本当に好きなのは、ティアラ。君だけだ」


さらりと言ってのけるウェインだ。ティアラが声を荒げる。


「女とみれば誰にでも言ってるような『好き』って言葉には、もう騙されないっ!」


みるみるうちに、彼女の顔が赤くなっている。

照れによるのか、怒りによるのか、その両方なのかはわからない。


「心外だなあ。ホントにホントだって。あの時は、ちょっと僕も頭に血がのぼってたんだ。あんまりひどい事件が次々起きたもんだから、街の人達を守らなきゃって。君への気持ちは変わらないよ」


「あ~~っ、鳥肌が立つっ! やっぱり失せろっ! この女ったらし!!」


「まあまあ、もう入っちゃったんだし。今回だけだって。な、この通りだ。頼むよ」


 片手を顔の前に立て、もう一方の手をティアラの肩にポンと置いて頼み込むウェインだ。ティアラはバッとその手を振り払い、立ち止まって彼を睨みつける。



「触るなって言ったでしょうがあっ!! ウィル、ウィルっ! すぐにジューダス軍に通報しなさいっ!」


 表門に控える門番、ウィルへ向かって命令する。しかし返事はない。ウィルはこちらへ背を向けたまま、背筋を伸ばして職務を続けている。


 実は、聞こえないフリをしている門番のウィルだ。二人が別れる以前からの馴染みになるウィルは、こうした時の対応にも慣れている。放っておくのが一番だという事を、よくよくわきまえているのだった。後で主人のティアラに怒られたとしても、ウェインがそれ以上の埋め合わせをしてくれるのも承知しているのだ。



「ウィル~~っ! おぼえてらっしゃいっ!!」


 雷のように怒鳴りつけるティアラ。ウィルはびくりと首をすくめているようだ。彼女はのしのしと肩をいからせながら、再び屋敷へ向かって歩きだした。


にこにことウェインがとりなす。


「ゴメン、ゴメン。悪気はなかったんだ。そんなに怒るなよ。小ジワが増えるぞ」


「私に小ジワなんてない! そんなモンあってたまるかっ! そもそも、怒らせてるのはどこのどいつだ!!」


「エドの街はノースブルグ家当主の僕。元フィアンセで、今はただの他人を怒らせてる。だって、かわいいんだもん♪」


「……もういい。あんたと話してると疲れる。話しかけるな。馬鹿がうつる」


「つれないなあ、もう。でも、それがまたいいんだよなあ」



ウェインがなるべく視界に入らないように気をつけながら、ティアラは自ら屋敷の扉を開ける。胸の中で、彼女はしきりにボヤいている。



「(……ちょっとは変わったかもしれないと思った私が甘かった。子供の頃から、こいつの馬鹿はやっぱり筋金入りだ。私、なんでこんなヤツと婚約までしたんだろう?)」



 大きく溜息を漏らすティアラだった。ウェインは無邪気な笑顔を浮かべて、久しぶりに入る事を許されたスチュワート家の屋敷内をぐるりと見回している様子だ。



そんな二人の様子を見て、ライルとアリアは顔を見合わせている。


「(おい、アリア。なんだか、意見の対立とやらよりも……)」


「(そうですね。ウェイン様の性格に問題があるような気がします。でも、お似合いの二人だと思いますけど。フフッ)」



 噂では移民をエドの街から排除しようとしたウェイン達と、移民達の生活を守ろうとしたティアラ達との意見の対立で、二人は婚約を解消したとの事だった。まあ、それが直接の原因だとしても、ウェインの日頃の素行もかなり影響しているような気がしてしまうライルとアリアだった。

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