小さな女神 Little Goddess
たちまちジューダスの兵士達が五人ほど表通りに群がってきた。ウェイン達は覚悟を決めると、剣を取って構えた。アリアがこれから癒しを施そうとした男も立ち上がろうとするが、怪我をした足の痛みで足元がもつれて倒れこむ。
アリアはその男を抱き起こし、不安に顔を曇らせる。
「(どうしよう? 主よ……)」
思わず神に祈りを捧げようとしたアリアだった。
その時、彼女の胸の中に、かつてライルが告げた言葉が鮮烈に響いた。
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『自分の力でなんとかしようとしないヤツまで、神様が助けてくれるのかどうか……』
『お前が祈って、神様がさっき助けてくれたか? お前を助けたのは、この剣だ。俺が言いたいのは、そういう事なんだ』
『俺はな、神様神様と祈ってばかりで、自分の力を使おうとしない人間が大嫌いなんだっ!』
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アリアは、祈りの言葉を途中でやめた。
「(ライルは自分の力でずっと闘ってきた。神様に頼らず、自分の力を使って人を助けてきた。あんなに痛みを抱えた心で。ライルは、そうして生き抜いてきた。私は、主に頼ってばかり……。今、私がここで祈っているだけで、この人達の命を救う事ができるのですか? ライルが言いたかったのは、自分の力で闘う勇気。それが祈るよりも前に必要な心だということ。ライル、あなたの勇気を私にも分けてください……)」
アリアは無言でさっと立ち上がり、ウェイン達をかきわけて、表通りと裏路地の間に立つ。ジューダス兵達の前に一歩進み出ると、両手を横に広げて立ちはだかる。
「そこをどけっ、修道女!」
両手を広げて立ちはだかるアリアを、激しい剣幕で睨みつける兵士達。
「いいえ、どきません。この人達をどうかするとおっしゃるのなら、私を殺してゆきなさい」
「そいつらは人殺しだ。こちらへ引き渡すんだ!」
「いやです。怪我をしている人がいます。たとえ悪い人であっても、今はただの怪我人です。助けを必要とする人です。私は、絶対にここを動きません」
「小娘がいきがりおって……痛い目を見ないと、わからないようだな」
「あなた達の好きなようにしなさい。でも、ここを通すことはできません」
一人の兵士が、いきなり平手でアリアの頬を音高く殴った。頬を打つ大きな音が辺りに響き渡る。つづけざまに、もう一人の兵士が剣の束でアリアの腹部を殴る。くの字に折れるアリア。口の中が切れて、血がにじむ。しかし、アリアは唇をギュッと噛みしめて、再び両手を広げて殺気立つ兵士達の前に立ちはだかる。
「わかっただろう、さあ、どくんだ!」
兵士がアリアの喉元に剣の切っ先を突きつける。
アリアは、凛とした瞳で真っ直ぐにその兵士の目を射抜く。怯えの色はみじんも無い。両足はしっかりと地を踏みしめている。身体のどこにも震えなど見られない。両手を広げたまま、突きつけられる剣へ向かって一歩踏み出すアリア。喉元に突きつけられた剣先が食い込み、血がじわりとにじみ出してくる。
「いいえ、どきません。私はある人に、自分の力で闘う勇気を教えて頂きました。私は負けない! どんなことがあっても。それで気が済むのでしたら、その剣を私の喉に押し込みなさい。私の首を貫きなさい。私の身体を踏みつけて、この人達を連れてゆきなさい。さあ!!」
そのアリアの姿は神々しいほどに美しく、高貴な魂の光で体の内側から淡く静かに輝きを放っているかのようだった。その場に居合わせた人々は、そこに強く美しい女神の似姿を見た。
静かに煌めき燃え上がるアリアの瞳に気圧されて、兵士達はとまどった。
そのアリアの張り上げた声が防具屋から出てきたライルの耳に届き、ジューダス兵達と対峙している姿が視界に入る。一人の兵士の剣がアリアの喉に突きつけられ、そこから流れる赤い液体を見た瞬間、ライルの身体は稲妻のように通りを駆け抜けている。
「貴様らっ、アリアに何しやがるっ!!」
アリアに剣を突きつけていた兵士が、とどろく叫びに振り向いた瞬間、野獣のごとき形相を浮かべたライルが、剣を持つその兵士の腕を問答無用で長剣で吹っ飛ばしていた。剣を持ったままの腕が通りに転がる。斬り飛ばされた腕を押さえて痛みに絶叫する兵士。
アリアを背中に守り、ライルは兵士達の前に仁王立ちになる。
その頼もしい背中が目の前一杯に広がるのを見たアリアは、急に足元に力が入らなくなってしまった。両膝を内側へ向けるようにして、ぺたんと座り込む。放心したようにアリアはボンヤリと目の前を眺めている。
「貴様っ! 劣等民族の分際で。お前達のような下等な人間達は、やはり我々が駆除せねばならん!」
「ああ? 何訳のわからねえこと抜かしてやがる。人間にゃ、お前らの言うような劣等もクソもあるかっ! 区別があるとしたら、俺の好きなやつらを傷つけた人間と、そうでない人間、それだけだっ!」
怒りに燃えて、兵士四人が襲いかかってくる。一方のライルは、アリアにこんな事をした兵士達に向けて、それ以上の激しい怒りを燃え上がらせて、たちまち叩き伏せてしまった。戦闘不能になった兵士達が、うめき声をあげながら通りに転がる。かろうじて死んではいないが、半死半生といった感じだ。ウェイン達も加勢しようとしたのだが、ライルの手並みがあまりにも鮮やかで手を出す隙がなかった。その見事な闘い振りに、目を丸くして立ちつくしている。剣を背に収め、くるりと振り返るライル。
「アリア、大丈夫か?」
「あ、ラ、ライル」
声をかけられて、ようやく我に返ったアリアだ。
ライルが見ると、アリアの喉元からは血がじわりと滲み、頬にはひどく殴られたアザが浮き上がっている。口元からも少し血が浮かんでいる。口の中が切れているのだろう。ジューダスの兵士達に手荒なことをされたに違いない。そして、アリアは後ろに控えている男達を、気丈にも必死で守ったのだろう。
「ひどい事しやがって、こいつら……女の子の顔をなぐりやがってっ! 剣なんて突きつけやがって! ムカツクぜっ!!」
もだえている兵士達に、怒りの眼差しを叩きつけているライルだ。忌々しく息を吐き出すと、へたりこんでいるアリアの側へ寄って片膝をつき、アリアの手荷物から布と包帯を取り出して、彼女の口元の血をぬぐい、喉の傷を手当てした。
「痛むか?」
「あ、あの、私は大丈夫ですから。……そうだ。まだあの人を手当してあげないと」
後ろに控える男達の一人に癒しを行うため、立ち上がろうとするアリアだ。しかし、足にちっとも力が入らない。ピクリとも腰をあげる事ができない。
「あ、あれ!?」
どうやら、腰が抜けてしまっているらしい。相当、無理をしていたのだろう。そんな様子のアリアに、ライルが同じ目の高さまでかがみこみ、にっこりと笑う。
「よく頑張ったな、アリア。偉いぞ」
そう言って、アリアの頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。
思わず彼を見上げるアリアだ。
すると、なぜかライルは、急にとても心配そうな顔に変わって、アリアの顔をのぞきこむ。
「おい、アリア……本当に大丈夫か?」
「え?」
アリアの両目から、自分でも気づかないうちに勝手に涙がポロポロとこぼれおちていた。自分で驚いて、何度も手で涙をぬぐってみるのだが、全く止まらない。
「あれ? さっきまで大丈夫だったのに……あれ、あれれ?」
地面にへたり込んだまま、アリアの瞳から後から後からどんどんと、大粒の涙が溢れ出してくる。もうどうしようもない。それは頬を伝って地面に染みこんでゆく。身体中、ガタガタと震えが止まらない。ライルが、そんなアリアの肩に優しく手を置く。大きくて頼もしいライルの手の温かみが、修道服の上から心地よくアリアに伝わってくる。
「もう、大丈夫だ。俺がいる。たった一人で、ほんとによくやったぞ、アリア。女の子なのに。勇気があるぜ、お前はよ」
その言葉を耳にして、さらに堰をきったように、アリアの両目からどっと熱い涙が飛び出してくる。
「うっ、ひっく……ライル、ライル……うううっ、うわああああああっ……」
あとはもう言葉にならず、アリアはライルの胸にすがりついて、ただ泣きじゃくっている。
無理もない。まだ十八歳の女の子である。そんなアリアが命をかけて、剣を突きつけて取り囲む屈強な兵士達を怯ませたのだ。怖くないはずがないのだ。肩に置かれたライルの優しい手の感触と、『勇気がある』という言葉を聞いて、張り詰めていた気持ちが一気に解けてしまった。
ライルは、そんなアリアの頭を優しく何度も撫でてやった。少しずつ、彼女の感情が収まってくる。




