ウェイン Wayne
ライルが武器屋で砥石や砥粉等の買い物を済ませて表へ出た時、ちょうど宝石屋からティナ、アリア、ノエルがやってきた。なにやらティナの顔は、輝かんばかりの笑顔に溢れている。
ふと、ティナの胸に留めてあるブローチが目に入ったライルだ。それは、あの宝石屋に入る前には無かったはずだ。
「おい、ティナ。そのブローチって……」
「よしよし、ちゃんと気づきおったか。ね、ね、いいでしょ?」
ティナは胸につけたそのカメオのブローチをライルに見せびらかす。
額に一本の角が伸びた馬、幻獣ユニコーンの姿が繊細に彫られ、縁飾りは銀で作られた綺麗なカメオだ。こうした装飾品に興味がないライルだが、まあ安物でもなければ、目が飛び出るほど高価な品という訳でもなさそうな品だろうとは感じる。
「やっぱり、買っちまった訳か。お前はホントに懲りねえな。後で俺に金貸してくれとか言うなよ。傭兵やってた頃、衝動買いしたお前のせいで二人とも飢え死にしそうになった事があったろうが。そんでもお前は絶対宝石を手放さねえし。あの時は参ったぜ」
「うっさいわねえ。んな事、もう忘れた。それに、このカメオは私が買ったんじゃないもん。ふふん、聞いて驚け。これはね~、なんとなんと! ノエルが買ってくれたのよん♪」
口をあんぐりと開けて目を見開き、我が耳を疑うライルだ。
「うおっ!? ……すまねえ、ティナ。今、なんて言った? 多分、俺の聞き間違いだと思うが、『ノエルが買ってくれた』なんて、言ってねえよな? お天道様が西から昇ったとしても、そいつはありえねえぞ」
「へへへっ。信じられないでしょ? でもね、ホントにホントなんだから~。ね、ノエル?」
機嫌良く、にこにことノエルの顔を覗き込むティナだ。
「はあっ。仕方ないんですよ。私ではやめさせる自信はないですからねえ。いい加減、じっくりと勉強したいんです」
「なんの事言ってんだよ?」
よくわからないライルだ。
アリアがクスクスと笑いながら、彼に説明してやった。
「ノエル様、宿に帰って勉強したいんですけど、ギリアム様がきっとまだお酒を飲んで騒いでますから。ノエル様が静かにして欲しいと頼んでも、宴会に引っ張り込まれるに決まってます。それで、ティナさんに頼んだんです。ギリアム様の宴会を終わらせてくれませんかって」
「なるほどな。んで、ティナが雇われたって訳か。そのブローチで」
「そういう事、そういう事。水臭いんだから、ノエルってば。早く言ってくれれば、こんな事してくれなくても、なんとかしてあげてたのに」
もう、かなりゴキゲンなティナであった。
「んじゃあよ、ティナ。そのブローチを店に返して……」
意地悪く言いかけるライルの言葉を、たちまちティナはさえぎる。
「それはそれ。コレはコレ。まあ、ノエルの気持ちを今更踏みにじるなんて事、私ができる訳ないじゃないの。っていうか、コレはもう私の物~♪ あんたにとやかく言われる筋合いはナイ。そうよねえ、ノエル?」
「はあっ。やっぱり高い買い物になりましたかねえ」
ちょっと後悔している感じの魔術師だ。
「気にしない、気にしない。なんなら、この街にいる間ずっとギリアムをおとなしくさせてあげるからっ♪ さ、帰りましょ、ノエル」
ティナはにこにこと、ノエルの腕をとって身を寄せて引っ張ってゆく。ちょいちょいと、その豊かな胸が彼の腕に触れてしまっているが、ティナは全然気にしていないようだ。
「あのう、ティナさん。何も腕を組まなくても……」
「いいから、いいから! サービス、サービス♪」
心底ゴキゲンなティナだ。
なんだか奇妙な取り合わせの二人を、苦笑しながら見送るライルとアリアだった。
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そのまま二人で商店街を歩くライルとアリアだ。
ライルが今度は防具屋へ入りこんでゆき、アリアは一人、表でちょっと離れて八百屋で初めて見る果物を手に取って見ていた時。
何やら通りの向こうから、数人の男達が必死で走ってくるのだ。アリアが不審そうに見守る中、怪我をした男を抱えて路地裏へと逃げる四人の男達。血がしたたり落ちているようだ。
アリアはそれを見て、思わずその路地裏へと小走りに向かう。癒し手として、傷ついて苦しんでいる人を放っておけないアリアだ。
彼女がその路地裏へと入ろうとした瞬間、胸に剣が突きつけられていた。
「なんだ、修道女さんだったのか。はあっ、驚いたよ」
剣を突きつけた若い男は、ホッと溜息をついて剣を下げる。ちょっと驚いたアリアだが、気を取り直して口を開く。
「あの……」
言いかけるアリアを、せっぱ詰まった様子で男が遮る。
「修道女様。すまないが、僕達がここにいることは黙っていてくれないか? 追われてるんだ。でも、神に誓って僕達はやましいことなんてしていない。信じる道に命を賭けて闘ってる。頼む。黙っていて欲しい」
曇りのない眼差し。アリアは大きくうなずく。
「わかりました。でも、怪我をしていらっしゃる方が目に入ったのです。私は癒し手です。手当をさせて下さいませ」
「ありがとう、修道女様。でも、じきに追っ手がやって来る。修道女様にも迷惑がかかる。気持ちだけ頂こう」
「構いません。事情は存じませんが、怪我をしている方を目の前にして、私は何もせずに通り過ぎることなどできません。これが私の道なのです。あなた方が信じていらしゃる道と同じように」
「ありがとう……恩にきるよ」
「いいえ」
アリアは重傷を負っている男を癒す。それを終えて、ひとまずホッとしたアリアが男達を見回すと、他の男達もかなりひどい怪我をしている事に気がついた。やはり放ってはおけず、彼女は男達にも癒しを施してゆく。
先程、彼女に剣をつきつけた若い男の腕を癒すアリアだ。
「あなたも、ひどいお怪我です。一体、何があったのですか?」
「いわれない罪をきせられ、ジューダス兵に連行されそうになった女を守ったんだ。一人殺した。今、僕達をジューダス兵達が捜し回ってる。仲間がひどい怪我をして、ここまではなんとか逃げ延びてきたんだ」
「そうだったのですか。あまり無理をされてはいけませんよ。主が貸し与えて下さった、大事なお身体なのですから」
「はははっ。女に説教されたのは久しぶりだ。まあ、僕に説教するような女、ティアラくらいなもんだけどな。……修道女様。名前を聞いても構わないか?」
「アリアと申します」
「僕はウェインだ。ありがとう、アリア。助かったよ」
屈託無く、爽やかに笑う男。
人を惹きつける笑顔をする若者だ。顔立ちもなかなか凛々しい。
この男にすまなそうに『頼むよ』と言われたら、なかなか断りがたいだろう。うれしそうに『ありがとう』と言われると、言われた者はますます彼に力を貸してしまいたくなる。育ちの良さが全身からあふれているのだが、嫌みなところは全く感じない。その深い瑠璃色の瞳は、誠実な心と力強い意志を煌めかせている。
アリアは、ウェインと名乗るこの男の言葉と心に偽りがない事を直感する。人の本質を見抜くアリアの直感は鋭い。今まで大きく外れた事がない。
アリアも微笑みながら口を開きかけた時、表通りから何人かの騒々しい足音が聞こえてきた。ウェインの表情が引き締まる。
「修道女様。早く逃げてください」
「いいえ。まだ手当の必要な方がいます。まだ私はここを離れるわけにはいきません」
きっぱりと告げるアリアだ。このようなアリアは、誰が何を言ってもテコでも動かない。再び、別の男に癒しを行ってゆく。その様子をまじまじと見詰めるウェインだが、やがてにっこり微笑むと、決意をかためる。
「僕が囮になる。みんな、うまく逃げてくれ」
通りに飛び出そうとするウェインだ。それを、仲間達が引き留める。
「いけねえ、ウェイン。お前が捕まったら、何もかも終わる。ジューダスの腐った奴等どもを追い払うには、お前がいなくちゃ話にならねえ。俺が行く。お前は逃げろ」
ウェイン達が押し問答しているうち、一人のジューダス兵が彼らを発見した。
「いたぞっ! あそこだ、あそこにいるっ!!」




