占領された都市 Occupied City
ホークスが一同から離れて二日ほど経った。
それは他の者達が街中や酒場などで、このエドの街の人々の苦しみを感じ取るには充分な時間であった。また、このような状態に至るいきさつに関して、一通りの裏事情が飲み込めてきた。
ジューダス軍による占領下に置かれる以前、戦乱によって各地から難民や移民達がエドの街へやってくるようになってきていた。自由な風紀を重んずるエドの街の人々は、最初はそうした人々に同情し、快く受け入れてきた。
急ごしらえではあるが、外壁の外側に新たに防壁を造る事にし、その地を難民用の居住地とした。防壁を造る実際の作業には、難民達にも協力を要請し、仮の住居を造るための資材は、街側で無償で提供した。この温かい申し出に、難民達は喜び勇んでその重労働に精を出したのだ。
やがて、彼らがとりあえず落ち着く場所は確保された。しかし、生活を続けるためには仕事が必要だ。そこで行き詰まる者が多くなってしまう。元職人だった者や商売をしていた者達は、エドの街に出稼ぎに出てもまだなんとかやってはいけた。しかし難民達の半分以上は農民達だった。
ここには農耕するのに十分な土地がある訳ではないし、与えられる訳でもない。そうした者達には、エドの街で飲食店の下働きや、不定期な土木工事の仕事、積荷の運搬作業や内職的な仕事、洗濯の請負仕事、掃除屋、汚物の処理などといった仕事しか、回ってくる仕事はない。
どうしても、不満を持ったそうした移民達と、古くからのエドの街の住人達との間に、トラブルが続発する。生活に困窮した人々が増加し犯罪も多くなって、治安が悪くなってしまう。エドの街の人々の間でも意見が割れる。大きく二つの勢力ができた。
エドの街の人々の生活と平和を守るために、難民達や移民達を追い払うべきだという者達。その中心となったのが、街一番の実力があるノースブルグ家で、若き現当主ウェイン。
それに反対し、難民達の生活や仕事に関して都合を図り、共存できる道を模索すべきだという者達。その中心は、ノースブルグ家に次ぐ実力を持つ大商人のスチュワート家の女当主、ティアラ。先日、ティアラは父親の死と同時に、スチュワート家を継いだばかりだ。
二人は幼なじみで、婚約まで交わした間柄であったのだが、この対立で双方婚約を解消する。このような状況に至る以前は、二人は子供の頃から一緒に、自ら汗水垂らして移民達の作業を手伝いながら育っていったものだったのだが。
エドの街の三分の二はウェインを支持し、残る者達はティアラを支持した。ティアラには、更に新地区の移民達も味方する。血を見る内乱は起きなかったものの、冷然とした対立が人々の間に影を落とすようになってしまう。
そして……
何者かによって手引きされ、川を渡航したジューダス軍の夜襲を受け、一夜のうちにエドの街は制圧されてしまったのだ。川に面した街の大門を開いて手引きした裏切り者が誰なのか、二つに割れたエドの街の人々は対立する勢力をお互い糾弾しあう。同胞達の間に不信感が募り、疑心暗鬼が広がる。しかし、犯人の決め手が見つからないまま、ジューダス軍の弾圧は更に激しさを増していったのだ。
現在、人々は真犯人が誰なのか糾弾する気力も失っている。ジューダス軍を追い払うため、立ち上がろうとする者もいたが、旧来の対立が災いして力のとりまとめができぬまま、次々とジューダス軍に破れて投獄、処刑されてしまう。街の人々と難民達の頭数を揃えれば、占領しているジューダス軍の兵士達の数を圧倒的にしのぐはずなのだが……今、人々は圧政に息を潜めて従うばかりなのだった。
全ては、この街にジューダス王国へ内通している何者かが存在し、そしてエドの街の内部分裂状態の時期を見計らって、ここぞという時に一気に奇襲をしかけた、ジューダスの軍師の謀略であった。
(あの、人喰いトラの事件で、ミッドランドと東のブロミアを揺さぶろうと画策したのも、この軍師だ。ジューダスの歴史の中で唯一、この城塞都市エドを陥落させた男だ。その国では『天才軍師』と賞され、人々から絶大な支持を得ているという)
これが、現在のこのエドの街の内情であった。
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その日、ライル、ティナ、アリア、ノエルは、共に街の商店街へと繰り出していた。
ギリアムは一人、宿で待機してホークスを待っている。
というか、この酒好きのオヤジは昨日、地酒を色々と買い込んできており、それらを次々と試飲して楽しんでいる。さすがに商人の街で、通好みの各地の地酒が豊富に手に入り、ご満悦の酒飲みオヤジであった。上機嫌で、宿のオヤジや他の客をつかまえては、真っ昼間から宴会を開いている。仕事にならなくなった夫を捕まえて、宿の女将が散々怒鳴っても効果がない。実は、宿のオヤジもかなりの飲んべえで、ギリアムとは気が合うらしい。
占領下にあるとはいうものの、たくましく商売を続ける商店街を歩きながら、ライルはしみじみと告げる。
「ノエル。お前とこうやってフラフラ買い物すんのも、なんか珍しいな」
「そうですねえ。ホントは今日は、勉強したかったんですけど。ああも騒がしいと……はあっ」
階下のギリアムの飲み会があんまり騒々しくて、さすがのノエルも勉強に集中できずに逃げ出してきたのだった。
「ホントね。まあ、じっとしてなきゃいけないのが、ギリアムの性分に合わないってのは、なんとなく感じるけどね。本当は、この街のジューダス軍が気にくわないんじゃないかしら? でも、下手に突っつく事ができない。それで、モヤモヤしてんじゃない?」
ティナは宝石屋の店先で足を止め、入ろうかどうか、しげしげと迷っている様子だ。心そこにあらずといった感じで告げる言葉だが、なかなか見抜いているようだ。
「それにしても、アレは飲み過ぎです! 絶対、ギリアム様のお身体によくありません。それに、ギリアム様がタバコを吸うとは知りませんでした。宿のご主人に勧められて、どんどん吸ってるんですよ。もう、部屋中煙だらけなんですから」
アリアはその煙の匂いと酒の匂いが充満し、オヤジ達の茶色い笑い声が響く恐ろしい部屋の様子を思い出したのか、幼げな顔をぎゅっとしかめている。帰ってもまだ続いていたら、宿の主人ともども説教してやらないと、などと決意している。
「ああ。ギリアムは自分じゃタバコを持ち歩きはしねえが、酒場なんかで人からもらって、よくパイプをくゆらせたりしてるぜ。吸う時はガンガン吸う。なんで自分で持たねえのかって聞いたら、『火をつけるのが面倒だ』とか言ってたな。いちいち火口箱で火を起こすのが、めんどくさいみてえだな。ホークスの盗賊特製マッチは便利だが、簡単にゃ手に入らねえしな」
ライルはそうしたギリアムを何度も目撃しているのだが、アリアはちょうど入れ違いに見逃していたらしい。元々、そんなに酒場に行かないアリアだ。
ライルは宝石屋で立ち止まっているティナにつきあって、店先に貼ってあるお買い得商品の知らせなどを一緒に眺めている。ノエルもなぜか興味があるらしく、しげしげと店構えをうかがっている。アリアも、ライルとティナの隣にやってきた。
「ライルも、タバコを吸うのですか? あんなの」
「ん? 前にやってたけどよ。傭兵やってた頃。今はやってねえ」
「どうしてなのですか? 止められない人が多いって聞きますけど」
不思議そうに問いかけるアリアに、ライルはうれしそうな遠い眼差しをする。
「ものすごく強い傭兵がいてな。俺は結構尊敬してたんだ。ある時、たまたま一緒になって、俺がタバコを吸い始めたら、その人が『もっと強くなりたいなら、タバコは止めろ』って言ってくれた。それですっぱり止めたんだ。確かに、止めてから身体のキレがずっと良くなったなあ」
ティナが隣で二人の会話を聞いて、なるほど、といった顔をしている。
「ふうん。そうだったんだ。ま、息がタバコ臭い男は、大抵は女に嫌われるし、良かったんじゃないの? ……ねえ、ちょっとこのお店、入ってみない?」
もう我慢できなくなったティナだ。目がキラキラ(ギラギラ?)している。
すると、珍しく魔術師ノエルが同意する。
「そうですねえ。私もちょっとのぞいてみたいです」
「あれ? ノエルって、宝石に興味あんの!? 意外ねえ」
ティナが驚いている。ライルも、アリアも。
「宝石というより、原石ですけどね。魔術用の触媒に、琥珀の原石を使うのですよ」
相変わらずのすました顔で答えるノエル。
「なるほど。納得。あんたらしいわ。てっきり、女の人にプレゼントでもするのかと思ったけど。そんなのノエルに限って、絶対ありえない事だった。頭の中、魔術で一杯なんだから。やれやれ」
「あのう、ティナさん。一応、魔術師としての誉め言葉だと考えてよろしいんでしょうか?」
生真面目な顔をして問いかけるノエルだ。前にも似たような場面があったような気が。
「ま、まあまあ、あんまし深く考えんなよ、ノエル。ほれ、行ってこいよ。アリアもちょっとは見てみてえんだろ? まあ、修道女が宝石を身につけて歩く訳にもいかねえが、ここの店の中で試しにちょっとつけるくらいは大丈夫だろ?」
ライルがニヤリと笑ってアリアの背中をポンと叩いて、宝石屋の方へ押し出す。
「それは……」
「そうなんでしょ、アリア?」
にっこりと顔をのぞきこんでくるティナに、恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、こっくりと素直にうなずくアリアだった。
修道女とはいえ、やはり年頃の女の子だ。身につけてみたいと思う時もあるのだ。自分と同じ年頃の女の子達が、きれいに着飾って歩いているのを見ると、少し羨ましく思う気持ちもある。
「じゃ、入ろうよ! あんたはいいの、ライル? アリアが宝石つけたとこ、見たくない?」
ライルへ尋ねるティナだが、なぜかアリアが顔を赤らめてしまっている。
「俺は宝石にゃ興味ねえ。ほれ、すぐそこに武器屋があんだろ? あそこにいるぜ。じゃあな」
宝石に目がないティナのように、ライルは様々な武器に目がない。もう我慢できないのか、足早に向かって歩み去っていった。
「はあっ。女心ってやつがわかってないんだから。女より武器なんて……」
「でも、なんかライルらしいです。ふふっ」
アリアは苦笑している。ノエルも生真面目にうなずいている。
「そうですねえ。さ、入りましょうか? お嬢様方」
ノエルは入り口を開け、女性二人を先へ促す。
「あら~、なんかやるじゃないの、ノエル」
彼から初めてきく『お嬢様方』という言葉と、紳士的な立ち振る舞いに目を丸くするティナだ。
「ちょっと頑張ってみました。あんまり馬鹿にされるのもなんですから」
「まだまだね。ホークスに教えてもらったら?」
「それはそれで、ちょっと問題がありそうな気がしますがねえ」
先に店に入ったアリアは、背後の二人のやりとりにクスクス笑っている。




