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寝起きのアリア Half Asleep Alia

翌朝、遅めの朝食をとっている一同の姿がある。


「ううっ……まだ腫れてるぞ、ティナ」


ホークスは、目の上が青黒く少し腫れ上がっている。

そこにそっと手を当ててボヤいている。


「自業自得! 顎にしておこうと思ったのに、変に避けたあんたが悪い」


 ティナは生野菜のサラダをつつきながら、そう決めつける。彼女は結構、朝には強いほうである。目覚めはパッチリとしている。起きた時からお腹が空いているので、朝食もしっかりと食べるほうだ。


ギリアムは、朝っぱらから軽く酒をあおっている。水がわりといった感じだ。


「全く、こりない奴等だのう。そういえば、アリアはまだ寝ておるのか?」


「うん。一応、声は掛けてみたんだけど……やっぱりダメみたい。あの子って、ホントに朝が弱いのよねえ」


 ティナはつくづくと告げる。アリアは低血圧らしく、朝は非常に弱い。というか、無理矢理起こされると、かなり不機嫌になる。乱暴な起こし方をされようものなら、恐ろしい力で反撃されてしまうのだ。


---------------------------------------------


 前に一度ティナが、アリアがなかなか起きないので、身体を乱暴にゆさぶったら、寝ぼけ眼のアリアに、ぐいと頭を腕に抱え込まれてベッドに引きずり込まれ、足まで絡められて全く身動きできない状態で添い寝させられてしまった事がある。


 どれだけ振りほどこうともがいても、アリアの腕も足も、ピクリともしなかった。酔った時のアリアもそうだが、寝ぼけている時もかなりの力が出るようだ。


 仕方がないので、アリアが目覚めるまでそのままじっとしていようと決めたティナだったが、ついうとうとしてしまった。寝ぼけたアリアが、さらにティナの頬にキスをしてしまっている。どうやら、この前の日、宿の奥さんの赤ちゃんを抱かせてもらった時の事を夢に見ているらしい。あまりのかわいらしさに、アリアは何度も赤子の頬にキスをしていたのだった。



 なかなか二人が起きてこないので、二人の部屋へ様子を見に行ったライルが、女二人のその怪しげな状態を目撃して立ちつくし、絶句した。


『お、お前ら……』


人の気配にはっと目を覚ましたティナだった。

見ると、ライルが戸口で呆然としている。


『お前ら、そういう関係だったのか。話には聞いた事があるんだが……まあ、二人とも幸せにな。いや、邪魔した。ゆっくりしててくれ。誰にも言わねえからよ』


そう告げて、ライルはコソコソと退散してゆく。

一瞬にしてティナの眠気が吹き飛んだ。


『ちょ、ちょっと、何言ってんのよっ、こらっ!! んな訳ないでしょうがっ!!!!』


慌てて起きあがろうとするティナだった。

その動きで、ようやくアリアが目を覚ました。


 『……あ……おふぁようございます……。ん……? どうしてティナさん、私のベッドで寝てるんですかあ?』


 後でなんとかライルの誤解を解いたティナだったが、それ以来、アリアを積極的に起こそうとはしなくなっているようだ。


---------------------------------------------


ノエルは困ったような顔をしている。

「しかし、そろそろ起こしたほうがいいでしょうねえ。これからの事を決めないといけませんし」


サラダを食べ終わったティナは、今度はポタージュスープを片づけた。


「そうね。……じゃ、そういう事で。男衆、頼んだ! ちょっと私、近くを散歩してくるから~」


席を立つと、たちまちティナは逃げるように通りへ出ていった。


ホークスがボヤいている。

「ちぇ、ずりいぞ、ティナの奴。んで、誰が不機嫌な嬢ちゃんを起こすんだ?」


 誰も名乗り出ない。ノエルは視線を逸らし、ギリアムは咳払いをして酒を注文し、ライルは朝食に集中して食べているフリをしている。何度も修羅場を生き抜いてきた男達ですら、この有様だ。それほど、寝起きのアリアは怖いのだ。ある意味、この一行の中でこの少女が最強との噂も……


「はあっ、しょうがねえなあ。じゃあ、今日は不公平なく、クジ引きで決めるか」


 ホークスが溜息をつきながら、紙切れの端でクジを作り始めた時、当のアリアがボンヤリとした顔つきで食堂へやってきた。ホッと溜息をつく男達。(甘いぞ)


アリアはフラフラと近寄ってくると、ドサリと空いている席に着く。まだボーッとしている様子だ。



「よ、よう、嬢ちゃん。よく眠れたか?」

「……水」

ぶすっとした声でアリアは言い放つ。

「ああ?」


 聞き返すホークスに、さらにアリアは不機嫌になる。自分は喉が渇いているのだ。早く誰かが自分に水を持ってくるべきなのだ。(もう、理屈ではない)


「み、ずっ!! ……ライルっ! 早く!!」


恐る恐るアリアの顔色をうかがいながら朝食を食べていたライルだが、いきなりアリアに命じられてブホッとむせかえっている。


「お、おう!」

慌ててライルは水差しとコップを取りに行く。



 アリアの目が据わっている。半開きの状態で。蜂蜜色の髪の毛が、あちこちピンピン飛び跳ねている。今日はまた特に不機嫌な日のようだ。いつもならば、ベッドから起き出しさえすれば、なんとか普通のアリアらしい振る舞いをするものだが。ぐるりと一同を見回すアリアだが、ホークスもギリアムもノエルも、視線を合わさないように気をつけている。(情けないぞ)



やがてアリアは気づいた。ティナがいない。


「……ティナさんは?」

「ティナさんなら、先程朝の散歩に出かけましたが」


慎重に口を開くノエルに、アリアがずいっと顔を向ける。


「ふ~ん…… 一人で?」

「ええ。ティナさん一人で」

「うそ!」


アリアはそんな事を言う。ノエルは戸惑っている。


「? ウソではありませんよ」

「だって、ライルもいません! 二人で行ったんでしょっ!! どうして隠すんです!」


どうやらアリアは、先程自分で命令した事をよくわかっていないらしい。


「あ、あのう、アリアさん。ライルなら、あなたの水を取りに奥へ行っただけですよ」



なだめるノエルだが、アリアは自分の世界に入ってしまっている。


「どうせ、私は子供ですよ。ティナさんみたいに胸も大きくないし、色気もないし、修道女だし……でも、別に私に隠さなくたっていいじゃないですかっ! 私はティナさん、とっても大好きだから、ティナさんだったら、私は、私は……」



ノエルはすっかり困ってしまっている。

どう扱ったらいいのか、見当がつかない。


「(う~ん、どうしたもんでしょうかねえ。手がつけられませんよ、ホークス)」


ヒソヒソと告げるノエルだが、ホークスは何やら楽しそうにうなずいている。


「(なるほど、なるほど。修道女の嬢ちゃんにも、色々悩みがあるみたいだねえ。乙女心は複雑だ。まあ、それが人間ってやつだぜ。あんまし堅すぎるのもどうかと思ってたんだが、こういうの見ると、何だかほっとするなあ。いい事だ。うんうん)」


しみじみと告げる盗賊に、ギリアムの渋面が更に深くなる。


「(楽しんでおる場合か! おぬし、なんとかせい。ワシはダメだ。こういうのは。どうしたらいいのか、皆目見当がつかん)」


まあ、ギリアムの本音だろう。

ホークスはニヤリと笑う。


「(なに、こんなの寝言と同じだ。気にすんなって。嬢ちゃんはいつも、寝ぼけた時に口走った言葉は、ほとんど覚えてねえんだからよ)」


 ライルと共に、ホークスは寝起きのアリアの扱いには慣れているのだ。というのも、大抵この二人がアリアを起こす役を担当しているからだ。



アリアが一人でブツブツとボヤいているうち、ライルがコップに並々と水を注いでやってきた。アリアの前にそっと置く。


「ほら、水だぜ、アリア」


我に返ったアリアが、不思議そうにライルを見上げる。


「ライル? ティナさんと散歩に行ったんじゃあ……」


「ん? 何言ってんだ? アリアが水が欲しいって言うから、取りに行っただけだぞ。早く飲んで目を覚ませ。ほれっ」


 ポンポンとアリアの頭を優しく叩いて、ニヤリと笑うライルだ。その心地よい感触に、不機嫌だったアリアの表情が初めて和らいだ。アリアは素直に、ごくごくと一気に飲み干した。朝一番の爽やかな水が、身体中に染み渡る。一息ついて、ようやくアリアの目がぱっちり開いてきたようだ。もそもそと、飛び跳ねている髪の寝癖をなんとかしようとしている。



「ただいまっ! お、アリア、起きたな。おはよっ! 男ども、ご苦労ご苦労♪」


 要領のいいティナが、にこにこと戻ってきた。この間合いのタイミングも、アリアとつき合ううちに、いつの間にか体得してしまったティナだ。


「おはようございます、ティナさん」


にっこりと挨拶するアリアだ。ようやく普通モードになったようだ。


男達は全く同時に、「はあっ……」と大きな溜息を合唱してしまっている。


---------------------------------------------


ようやく目を覚ましたアリアを加え、今後の方針を話し合う一同。



「『霧の華』の手がかりを得る事ができたなら、必要のない限り、できるだけ早くこのエドの街から立ち去るのが良いと私は思います」


基本的に、このエドの街での滞在はできるだけ短くする事を提案するノエルだ。ホークスも同じ見解だったようだ。大きくうなずく。


「そうだな。俺もそう思うぜ。ただでさえ、危ねえ橋を渡ろうとしてんだ。この危険な街で、余分に厄介事を抱える訳にはいかねえぞ」



二人の判断は賢明だろう。最大の目的を果たすためには、今は余計なトラブルに巻き込まれる事は避けるべき時なのだ。



「ううむ……忌々しいが、今は仕方なかろうな」


 ギリアムは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。このオヤジとしては、ジューダス軍に占領されたこの街の状態が我慢できない所だが、皆と共に『霧の華』を製造している黒幕と闘う事を誓った身だ。ノエルの提案に不承不承ながらもうなずくより他はなかった。しかし、いつか必ず剛爆斧を振るって、この街に巣くうジューダス軍を追い払う事を胸に描いている。



「そうねえ。そうかもしれない。でも……私は、なんかこの街の雰囲気、気にくわないけど」


 先程、近くをぐるりと散歩してきたティナだ。朝市が開かれていたので少しのぞいてみたのだが、他の街とは違い、どこか活気がないのだ。人々はどこか暗い影が落ちている。ジューダス軍による不当な支配がそうさせているのだろうと感じたティナだった。



「私には、よくわかりません。でも、皆さんの判断は正しいのではないかと思います。どのような道であれ、それが主が導いて下さっている道だと私は信じています。皆さんの判断も、主が示して下さっている道だと私は感じています。私は信じる道に従います」


 アリアは静かに告げる。どのような時でも、その信仰は折れる事はない。自分の力で判断する事が難しいという事を素直に認めた上で、皆の判断に信頼を置いている。それがたとえ、死地へ向かう道だったとしても、彼女は全て受け入れるだろう。後悔しないだろう。



「そうだな……よし、わかった。ここに居なきゃいけねえ間は、厄介事にはなるべく首を突っ込まねえように気をつける事にしとこう」



 ライルの結論に、一同うなずく。それぞれ、そのように気をつける事に同意した。その上で、ホークスは『霧の華』の情報を得るために、しばらく単独行動する事を申し出る。何か少しでも手がかりが掴めた場合、すぐにこの宿へと顔を見せる事を約束し、ホークスはしばしの別れを告げて、一人エドの街中へと消えていった。



 しかし、先程このように告げたライル自身が、真っ先にそれを破って厄介事を抱えてしまい、一行はかなりの間、このエドの街にとどまる事になってしまうのだが……。

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