城塞都市エド Walled City Edo
その日は冷たい雨が吹きすさぶ夜だった。
エドの街の大門を監視するジューダス兵達も、さすがにボヤき通しである。入り口の表側に控える兵士二人が、冷たい雨に打たれながら、愚痴をこぼして気を紛らわせている様子だ。
「全く……よりによって、こんな日の夜の当直なんてよ。こんな雨じゃあ、誰も来ないって。無駄だよなあ。おお、寒みぃ!」
「仕方ねえだろ。サボると隊長がうるせえし。あの『総司令官殿』を死ぬほど怖がってるからな、隊長は。あいつの耳に入ったら、ただじゃ済まねえしよ」
最初に口を開いた男は、いかにも嫌そうな顔をする。
「『総司令官殿』か。あのロメオスってやつも、ちょっと異常だぜ。軍の指揮能力があるって事は、さすがに認めるけどよ、それにしたって、ここの街の奴等への扱いはひどいと思うぞ。『選ばれし民が、劣等な人種を統率せねばならん』とか、なんだか知らねえけどよ」
「おい、口に気をつけろっ! 俺だからいいけどな、他のやつらの中にゃ、あのロメオスに心酔してる奴等だっているんだぞ。そいつらの耳に入ったら……」
「だ、大丈夫だって。わざわざこんな所に来て聞き耳立てる奴なんて……」
そうは言うものの、その兵士の言葉尻は小さくなっている。
その時、吹きすさぶ雨の中から、黒々とした影が見えてきた。それはだんだんとこちらの大門へと近づいてくる。兵士達は顔を見合わせると、たちまち真剣な顔つきに戻った。
影が近づいてくるにつれて、それは荷車を引いた何人かの人間だとわかった。
大きめの荷車を、二人の男が肩を並べて引いている。その側に、一人の女と、腰の曲がった痩せた老夫婦がよろよろと付き添っている。どんどんと門へ近づいてきている。
「止まれっ! この街への夜間の立ち入りは禁じられている。戻れっ!」
厳しい声で、一人の兵士が言い放つ。
老女がそんな門衛達にすがるように告げる。
「どうか、お願いでございます。孫が病気なのでございます。三日前に高熱を発してから、意識もなく、熱も下がらないのです。どの医者に診てもらってもダメでした。でも、『ここの街の医者なら、なんとかなるかもしれない』というお医者様がいました。その言葉一つにすがって、遙か遠くからこの街までやってきたのでございます。どうか、どうか御慈悲を……」
老爺も一心に頼み込む。
「孫の両親は、戦で死にました。私達は、哀れな孫にできるだけの事をしてやりたいのです。もし、助からないとしましても、このままでは、あの子があまりにもかわいそうで……」
「ダメなものは、ダメだ。規則なんだ。明日の朝にしろ。夜は、とにかくダメだ」
きっぱりと告げる兵士達だ。そんな様子を見て、側にいた女は荷車の雨避けを剥がし、その中に横たわる少女の手をそっと取る。
雨に濡れ、白い息を弾ませながら、苦しげな少女の顔が兵士達にも見える。蜂蜜色をした髪の少女は、幼げな顔立ちながらも可憐で美しい。その少女の手をとる女性も、大人の色香が漂うあでやかな美しさを匂わせている。雨に打たれながら悲嘆にくれている様子が、またなんとも言えない。女性は膝をつき、すがるように兵士達を見上げる。
「どうか、妹をお救い下さい。雄々しい兵士様。妹が助かるなら、私はどうなっても構いませんから……」
そのように告げ、胸のボタンを上から順に外してゆく。二つ三つ外しただけなのだが……豊かな胸だという事は、わかってしまうには充分だ。悲しそうに、また恥ずかしそうにそうする仕草が、また……兵士達は、思わずこっそりゴクリと唾を飲み込んだ。
「どうか、この通りでございます、旦那様。後で、この娘と落ち合う場所をお知らせ致しますから。なに、まばたきが、少し長めになっただけでございますよ……」
すかさず、老婆がたっぷりの金が入った小袋を二人に握らせた。
兵士達は、顔を見合わせる。そして、二人とも同じ結論に達した。ちょうど今、隊長は仮眠中だ。自分達の裁量で人助けできる機会なのだ。こんな雨の中、勤務している自分達に少しくらい楽しい一時があったとて、何の罪になろうか? それに、総司令官の無理な命令に反感も持っていた二人だ。
中にいる仲間の兵士に合図を送ると、大門をゆっくりと少しだけ開けさせる。すかさず、荷車をひく男達が街へ滑り込む。老夫婦は何度も兵士達に礼を言い、この門を開けてくれた、中に控えている兵士様にもと、金の詰まった小袋を渡す。
行き届いた事ではあると、少し兵士達が感心していると、先程の女が、そっと二人の頬にキスをすると、耳元で囁く。
「……お待ちしていますから。優しくてたくましい兵士様」
流し目を使いながら、女は荷車を追って雨けむりのする夜の街へと去ってゆく。二人の兵士はしばしボンヤリと鼻の下を伸ばしていたが、やがて我に返ると、急に元気になって街の大門の夜の当直に励むのだった。
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大きな建物の軒下に、先程の荷車から装備を取り出して身支度を整え直す一行の姿がある。
「はあ、なんとかなりましたね。腰が痛いですねえ、ああいう姿勢は」
老爺の扮装をようやく解いたノエルだ。慣れない事をしたので、身体も神経も消耗が激しい。それに、この冷たい雨である。細身の彼の身体中、震えがきている。
「やれやれ。ホント、男って馬鹿よねえ。こんな手に簡単に引っかかるんだから」
外した胸のボタンを再びかけなおしながら、ティナはしみじみと告げる。
「ま、こんな手で簡単に引っかかるハズだってのを、俺様がちゃんと下調べしておいたってのを、忘れてもらっちゃ困るぜ、ティナ。こんな子供だまし、通用しねえ事の方が多いんだぞ」
老婆の扮装をしたホークスは、今は腰を曲げずに真っ直ぐ伸ばしている。
エドの街に一同がこうして潜り込む以前に、この盗賊は一人単独でエドの街へ忍び込み、大門の監視の様子を探っていたのである。そのまま『霧の華』の情報をホークス一人で調べるという事も話し合ったのだが、やはり危険が大きいとのノエルの判断に、ホークス自身もうなずいたのだった。一人でやり遂げる自信がない訳ではない。しかし、時間がかかり過ぎる事になるだろう。何かあった時、直ぐさま手助けが欲しい場合もある。どうしても、許可証なしで一同が入る必要があった。変装を繰り返して、大門の夜の当直にあたる何人かの兵士達と少し言葉を交わしてみて、あの二人の兵士達が当直につく日を選んだのだった。
「ふんっ! おぬしとライルが大門を見張っておったなら、必ず引っかかるわい」
ようやくライルと共に荷車の引き手を終えたギリアムは、相変わらず渋面をつくっている。雨にぬかるんだ道の上で荷車を引くのは、かなり重労働だったはずなのだが、二人ともどうという事もないような感じだ。
ギリアムの言葉に、アリアはいたずらっぽく微笑んでいる。
「ふふっ。どうなのですか、ライル? 私を入れてくれてました?」
荷車に寝かせられていたアリアは、別に熱がある訳でもなんでもない。目立つ修道服のかわりに、今は町娘の服装をして軒下にいる。なかなか似合って、かわいらしい。
「ああ。女と子供は、フリーパスだな」
すかさずニヤリと笑うライルだ。やっと、らしさが戻ってきたようだ。
しかし、なぜかアリアは難しい顔をしているようだ。
「あの、私はどちらに入るんでしょうか? 女なのですか? 子供なのですか?」
「う……」
「どうして、そこで詰まるのです~っ!」
アリアが怖い顔をして迫ってくる。
「ま、まあ、アリアはアリアって事でよ、おお、寒みぃ! 早くどっかの宿でも入って、酒に風呂だぜ、ほらっ!」
街角に光る宿の明かり目指して、ライルは小走りに向かってゆく。
「……もうっ!!」
はぐらかされて、ふてくされるアリアだ。
「何、アリアの嬢ちゃんは立派な女だぜ。まあ、ティナのコレと比べたら、ちょっと小振りだけどよ」
ニヤリとそう言って、ホークスはティナの胸を指でちょいと突っつくと、身を翻してライルの後を追って駆け去ってゆく。
「こらっ! ホークスっ!! ……待てっ! 殺すっ!!」
不意に胸を触られてしまったティナが、瞳に怒りを宿してホークスを追いかけて雨の降る通りを走ってゆく。
「ホークス様~っ !! どういう意味なんですかっ!? もうっ!」
アリアも顔を赤らめて追いかけてゆく。
「全く、こりない連中だわい。フフッ」
その四人の様子を見て、ギリアムはどこか楽しそうだ。
「そうですねえ。さて、私達も行きましょうか、ギリアム」
「うむ。酒で身体を温めんとな! ノエル、おぬしも今日くらい、あのミッドランドの時のように飲むとよいぞ。ワシもつきあうぞ」
「う~ん、ティナさんに禁止されてますがねえ。ま、それは着いてから考えましょうか」
ギリアムとノエルも、降りしきる冷たい雨の中、その宿屋へと駆け去っていった。
こうして、首尾良くエドの街へ潜入する事に成功した一行。冷えた身体を酒と風呂で温め、(ホークス、ティナ、アリアはその前に一騒動起こして、充分に身体は温まったようではあるが)まずはゆっくりと床についた。




