唯一の手がかり The Only Clue
冷たい北風が、街道をゆく彼らのマントをはためかせている。その風に逆らうように、彼らは北へと足を運んでいた。これから始まるであろう、ライルの宿命の闘いに向けて彼らはそれぞれ、想いを馳せているのであった。
それは、かなりの危険が予想される闘いだ。しかし今、皆の心は一つになっている。冷たく吹き付ける北風にも、各自の胸にある熱い炎を吹き消す事などできない。
しばし休憩をとる一同。
街道脇の空き地で、各自手頃な石に腰を落ち着けて、ぐるりと顔をつきあわせている。
ホークスが、一同の前に地図を広げて説明する。
「この街道を、次の分かれ道で左に曲がれば、あと少しだ。じきに見えてくると思うぜ。……にしても、ちと厄介だな、これはよ。よりによって、『エドの街』とはな」
ホークスはそう告げて、難しい顔をする。現在その街は、危険な状況下にあるという噂なのだ。しかし今の所、『霧の華』の出所の手がかりをたどるためには、その街へ足を運ぶしかないのだ。あの宿場町で『霧の華』の禁断症状を起こした少女に薬を売っていた男をホークスが突き止め吊し上げた際、男がダミアンからの『霧の華』の仕入れ以外に、一部その街から『霧の華』を仕入れていたという話だったのだ。
「どうしてなのですか? その街に何かあるのですか?」
そのような噂を聞いた事がないアリアだ。不思議そうな顔をしている。そうした噂話は、酒場などで自然と耳に入るものだが、アリアは修道女であるし、そうした場へは他の者達ほど通ってはいない。また、一番年若い女の子なのだ。無理もないかもしれない。
ギリアムの渋面が、険しさを増している。眉間のシワで、何か挟めそうだ。
「エドの街は、しばらく前から敵国の手に墜ちておるのだ、アリア。今はジューダス軍の支配下にある……ジューダス王国め。忌々しい!」
ギリアムは、これでもこの国の騎士という立場だ。敵国の侵略に甘んじている事が、歯がゆくて仕方がない。
魔術師ノエルは腕組みをして、いつものように生真面目そうに告げる。
「しかし、行くしかありませんね。今のところ、そこしか手がかりは無いのですから。なんとか、うまく入り込む事ができるといいのですが」
敵国の軍に支配されたエドの街だ。自分達のような旅人が気軽に入り込む事は難しいだろうと彼は推測している。そして、それは正しい判断だ。
現在、エドの街は自由な出入りは許されていない。敵軍による厳しい検問を通過せねばならないのだ。それでも元々商人の街であり、商業活動によって得られる利益はジューダス国にとって重要だ。軍が発行する許可証を持つ商人達は、一通りの検問を受ける事で出入りが可能となっている。
難しい顔をして考え込んでいる一同を見て、ライルは思わずポツリと告げてしまう。
「……すまねえ」
皆の心を受け入れたライルだが、まだどこか素直にはなれていない様子だ。ややもすると、皆に申し訳なく感じてしまうらしい。
そんな彼の態度に、ティナが険しい顔をする。
「あんた、今更何言ってんの? もう私達みんな、行く道は同じなんだかんね。それも、私達みんな自分の意志で選んだ道。あなたに頼み込まれた訳でも、無理強いされた訳でもない。だから『すまない』とか、『申し訳ない』なんて思わないで。かえってムカツクんだけど!」
そう言い放ち、ジロリとライルを睨む。言わんとする気持ちも、わからないではないが……相変わらず気性の激しい女性ではある。
「う……わかった。これから気をつける」
少し気まずそうに頭を掻き、もそもそと謝るライルだ。その様子を見て、ティナの険しい顔が一気に和らいだ。
「よしよし。素直な子はお姉さん好きだぞ、ライル!」
腰に手を当てて、微笑みながらライルを見守るティナは、お姉さん風を吹かせている。
ライルがボヤく。
「お前の方が年下だろうがよ、ティナ」
すかさずティナは抜け抜けと答える。
「そうそう、アリアの二つ上」
誰もが口を開けぬ、恐ろしい沈黙が訪れた。
あえて、突っ込むべきホークスもニヤニヤと口を閉ざしている。
「う……な、何よ。じょ、冗談だって、冗談。……アリアより三つ上」
……シーン。
「わかった、わかった。ホントは四つ上だ! これで文句ねえだろ!」
ティナは、ふれくされてそう告げる。
しかし、まだ納得できない男が二人。
「あと二つは、サバ読んでるな」
ライルに耳打ちするホークス。
「いいや、俺は三つに昼飯を賭ける」
そう答えるライル。
「その勝負、乗った! ……んで、ホントの所はどうなんだよ、アリア?」
なぜか、ホークスはニヤリとアリアに急に話を振った。びくりとするアリア。
「あのう……私、し、知らないです……」
「ウソはいけねえぜ、嬢ちゃん。『知らない』じゃなくって、『怖くて言えない』と……」
とうとう、こらえきれなくなったティナが叫んだ。
「お前ら~~っ! いい加減にしろっ!!」
「いてっ」
「あいてっ」
かなり目一杯、力のこもったティナの拳が、剣士と盗賊に炸裂した。
ティナの本当の歳は、アリアだけが知っている。
(しかし、堅く口止めされている。神様にかけて誓わされてしまったので、修道女としてどうしても言う事はできないのだ。……え? 知りたい? 実は、にじゅう……痛っ。ええっと、ティナさんが後ろで『そんな事より早く続きを書け』と脅して……ゲフンゲフンっ、励ましてくれてますので、頑張ります……)
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少し前に話を戻し、これまでのいきさつと、エドの街について述べよう。
六人がお互いに誓い合った時から、あの宿場町で数日過ごした一行だ。
理由は二つあった。一つ目の理由は、『霧の華』の常用者であった少女の禁断症状が峠を越すまで、見届ける必要があったからだ。
ライルの予想通り、あれから二日後に少女の錯乱が収まった。その間中、彼女を監禁状態にして、時には縛りつけておく必要があったが。自らの体を傷つけてボロボロになった少女に癒しの技を施したアリアは、あの誓いの決意がさらに強くなった。このような薬を用いて、人々を不幸に陥れる悪の心に立ち向かわねばならない。それが神によって自分の前に差し出された道なのだと、強く感じていた。
もう一つの理由は、『霧の華』の手がかりを探る事だった。その地域は、ダミアンの旧裏組織の勢力範囲の端に位置していた。ホークスもノエルも、おそらくは、少女が入手していた『霧の華』は、かつてのダミアンの裏組織によって供給されていた事だろうと推測してはいた。調査してみても、無駄骨に終わるかもしれない。しかし、どのような種類の情報であれ今は欲しい。それでホークスは、その宿場町にいた『霧の華』の小売人を捜し当てて吊し上げたのだった。
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町の裏手にある森の一角で、その男を縛り上げて逆さ吊りにしているホークス。
「どこから仕入れてた? 『霧の華』を」
「うううっ……い、言えねえんだっ! 言ったら、殺される……」
小売人の男は逆さになっているため、顔は既に血が昇って真っ赤だ。しかし、『霧の華』に関する情報を漏らせば、必ず組織の手の者に抹殺されてしまう。口を割る訳にはいかないのだ。
ホークスの表情は、冷酷そのものだ。こんな事を告げる。
「……お前、とりあえず、明日は生きたいか?」
「あ、当たり前だ! お、降ろしやがれっ、くそっ!」
その瞬間、ホークスは滑らかに短剣を抜き放つと、目にも止まらぬ素早さで男に向かって投げつけた!
短剣は、逆さ吊りになった男の頭頂ギリギリの所をかすめ飛び、男の後ろの木の幹に突き立った。男が目を驚きに見開く中、その男の頭頂部の髪がきれいにハラハラとそげ落ちて地に落ちる。男の頭に、青々とした剃り筋が一本、きれいに走ってしまっている。
「もう一度だけ訊く。……お前、とりあえず、明日は生きたいか?」
男は口を割った。予想通り、ダミアンの裏組織からの仕入れが大半だった。しかし、最近その裏組織が壊滅してからは、別のルートで少量だけ仕入れを許してもらっていたという。
その仕入れ先は……『エドの街』。
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エドの街は、ミッドランド王国の北部国境に位置する都市だ。
北はジューダス王国に接している。ミッドランドとジューダスとの北部国境には両岸が断崖になっている大きな川が流れており、この川を境界線として二つの王国が接している。エドの街は、この川で唯一船を着けられる地形を利用した商業都市であった。商業的に重要な地であるだけでなく、軍事的な要衝ともなっている。
エドの街は商人によって造られた都市で、自由な雰囲気のもと、力のある商人達によって議会制の自治が行われていた。国に属せず、自由な風紀の自治都市として高名な街であった。一種の独立した都市国家とも言えるだろう。独自の自衛軍まで組織されている。しかし、そうした軍はあくまで専守防衛に徹し、他の地域へ侵攻を行う事などない。また、外圧にも屈する事なく自治を保ってきた。
ミッドランド王は、その自治を重んじてエドの街とは協調路線を取った。もとよりエドの街側の人間としても、その申し出はありがたかった。戦乱が始まってから、自治都市の市民による自衛軍だけでは不安は隠せない。隙あらば占領しようと画策してくる北方のジューダス王国の軍を、ミッドランド軍が引き受けてくれてくれる事で、安心して商業活動に専念する事ができるのだ。
同盟関係を結んだ当初は、『援助などは一切不要』とのミッドランド王との条約通りにしていたが、エドの街を守ってくれるミッドランド軍の活躍は、やがてエドの街の市民達の信頼を得るようになっていった。エドの街は、自ら進んで高額な軍事資金をミッドランドへ提供するようになる。そうした義務など条約のどこにも書かれていないのだが、暗黙の信頼関係が築かれるに至る。
そうして親善大使として、ミッドランド王国の王女が定期的にエドの街に訪れるようにまでなる。エドの街は王女を大歓迎した。感謝の対象となる人物の来訪なのだ。力のある市民達はこぞって王女を自宅へ招待する。王女を招待したとなれば、自分の株が上がるというものだ。商売の宣伝効果もある。
自治に誇りを持つ商人の街と、それを尊重し対等な立場で接する寛容なミッドランド王国とは、こうしてお互いに良き関係を築いていた。
しかし、そうした良き関係が先日崩壊した。
それに至るまで幾つかの要因があるが、大きな原因は、エドの街の内部分裂と、ジューダス王国の暗躍にある。
戦乱による難民、移民の増加により、古くからの住人達との対立が激化したのだ。内部分裂が起き、混乱に乗じて北方のジューダス軍に占領を許してしまった。ジューダス国はこの都市に軍政を敷き、反対する住人達を次々と投獄、処刑する。
人々は弾圧され、重税に苦しんでいる。街の要人達の家族は人質として幽閉され、ミッドランド王国へ助けを求める事も許されない状況なのだ。下手に手出しをすると、エドの街の人々に危害が及ぶ危険性があるため、ミッドランド王も現在までのところ様子をうかがうしかないのだ。歯がゆい事ではある。
ライル達は、そうした時にこのエドの街を訪れる事になったのであった。
そして、この六人の旅人達が、このエドの街で大活躍を成し遂げてゆく事になる。




