誓い Oath
ホークスが乾いた声で、目をふせて立ちつくすティナの肩に手をかける。
「無理言ってすまなかった、ティナ。お前も苦しかったろう」
「ううん。本当に苦しいのは……本当につらいのは、ライルだから……」
そう言って、ティナはうつむいてしまう。想像を絶するライルの心の痛みを思って、彼女のその瞳から一粒の涙が床に零れ落ちた。ホークスは、そんなティナの肩を優しく抱いて、イスに座らせてやる。アリアがそっとティナに寄ってきて、その肩に手を置く。二人とも、ライルの荒れ狂う胸の内を察して悲しげにうつむいている。
ホークスは、窓の側へそっと身を移す。
一同に背を向けたまま、彼はつぶやくように告げた。
「『霧の華』の事だが……俺にも、心当たりがある。俺の師匠を殺した奴等が、『霧の華』の独占をめぐって争っていたんだ。もしかすると、これはライルの旦那だけじゃなく、俺の闘いになるかもしれねえな」
窓の外を眺めているホークス。
その心は決まったようだ。
「あんな幼い子供まで踏みにじりおって……許せんわい。こんな筋の通らぬ事が、この世にあってはならんっ!! この剛爆斧にかけて、この根元を断ち切ってくれる!!」
腕組みをしたギリアムの髭が逆立っている。
この頑固オヤジの心も決まったようだ。
「心して取りかかる必要があるでしょうね。あのダミアンよりも手強いはずですから」
相変わらず、冷静な顔をしてノエルがそう言う。
表にはよく現れないが、彼の心もホークス、ギリアムと同じらしい。
「そんな薬で人々を苦しめる人達を、主はお怒りです」
ティナの肩にかけられたアリアの手に、ぎゅっと力が入っている。修道女として、彼女の心の中にはっきりと、自分がしなければならない道が見えている。
「やっぱり私は、ライルを放っておけない。あいつは、こんな所で死んでいい奴じゃない」
ティナの心は、初めから揺らぐ事などない。
ライルからこの事を聞いてから、全くその決意は変わらない。
それぞれの胸に、それぞれの決意を秘めて、時は静かに過ぎてゆく……
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夕暮れ、町外れの丘の上にある木の下で、ライルは一人、片足を曲げてその膝に片腕を預けて座りながら、沈む夕日を寂しげにじっと眺めていた。なかなかライルが戻って来ないので、心配になったティナとアリアが、そんなライルを見つけてそっと近寄ってくる。
ティナは黙ってライルの左隣に座る。ライルは彼女の方を見ようとはせず、相変わらず沈みかける美しい夕日を眺めている。彼女は声をかけようとするのだが、ライルの横顔に浮かぶ、たとえようもない哀しみに口をつぐんでしまった。ティナもまた、両腕で自分の両膝を抱えて無言で夕日を見詰めている。
それでも、そっと肩が触れ合うくらいに彼女は身を寄せている。
自分の存在を、この男に告げるかのように。
「(あんたは決して、一人じゃない。忘れないで)」
無言でティナは、そう訴えている。
アリアはライルの右隣に膝を折ると、大きな乾いた血糊がこびりつき、骨まで見えてしまっている傷ついたライルの右拳をとり、優しく手当をしてやる。ライルは無言で、二人の好きなようにさせていた。
「痛くありませんか?」
空き樽を叩き割ったライルの右拳に癒しをかけ、手の骨に異常があるといけないので念のため包帯を巻きながら、アリアが問いかける。ライルが初めて、口を開いた。
「こんなもん、どうとでもなっちまえばいいんだ」
ぶっきらぼうに、ライルは言い放つ。二人はそんな様子のライルを見て、心を痛めた。今、この男の胸の中で、どのような嵐が荒れ狂っているのだろう? どのような痛みが、彼の心を引き裂いているのだろう?
「その手がちゃんとしてないと、戦えないじゃない、ライル。これから大事な闘いが始まるってのに。きちんと治しておいてね。私達だけじゃ心許ない。あなたの力を頼りにしてるんだから」
「ティナさんの言う通りですよ、ライル」
二人の言葉を聞いたライルは、ゆっくりと立ち上がる。
そして、座ったまま自分を見上げている二人に静かに告げる。
その瞳に、暗い決意の光が見える。
「俺はここで別れる。二人とも、世話になった。お前らと一緒にいて、楽しかった。俺一人でケリをつける。お前達を血の海に巻き込みたくねえんだ」
そのように告げるライルに、アリアは不安そうだ。
座ったまま、じっとライルと見詰めている。
ティナはライルに続いて立ち上がる。
その瞳に苛立ちの炎を宿している。
そして、忌々しく溜息をつく。
「はあっ、またか。往生際が悪いこと。……いい、私はあなたが何を言おうと、勝手について行くって言ったでしょ! いいかげん、あきらめなさいな。私が強情な女だって、あなた痛い程わかってるはずよね?」
ティナがじろりとライルを見やる。有無を言わせない迫力のある視線だ。その視線で、無言で訴えている。
「(絶対に、あんた一人でなんて行かせない。私は許さないっ!)」
ライルも無言で、そんなティナの視線を受け止める。その漆黒の瞳は、ティナの怒りの炎が宿る視線を全て吸い込んでいくかのように深く、哀しい。
「(来るな、ティナ。どうしても来るんなら、俺はお前を倒す。しばらく身動きできないようにする。アリアも気絶させなくちゃならねえ。俺は、お前にもアリアにも、そんな事なんて絶対にしたくねえ。わかってくれ。頼む)」
哀しい決意が宿る静かなライルの瞳。
その決意を察して、ティナの顔がみるみる激怒に染まってゆく。激しい怒りに身を焦がす彼女は、一段と美しい。そのティナの視線には、今や怒りだけでなく、殺気まで込められている。
「( やれるもんなら、やってみなさいっ!! あんたを殺す気で闘うっ!!!! )」
二人の間に、無言の激しい火花が散っている。ティナの激しい怒りの抗議を、ライルも正面から受け止めきって拒絶する。ティナの身を案じればこそだ。しかし、それはティナにとっても同じだ。ライルを死なせたくない、だからこそ凄まじい怒りをぶつけてくる。
息を飲むような恐ろしい沈黙に、たまらずアリアがなんとか取りなそうと立ち上がって口を開きかけた時、三人の背後から声があがった。
「俺も、つき合わせてもらうぜ」
いつの間にか、ホークスがそんな三人の後ろに立っていた。全くその気配に気づかなかったライルとティナだった。不意を突かれて、二人の緊張が解かれる。
「ホークス……お前には関係ない。俺が自分でケリをつけないといけねえんだ」
そう告げるライルに、ホークスは肩をすくめて答える。
「ところが、関係がおおありでね。俺の師匠を殺した奴、それにそれを命令した奴が『霧の華』の独占騒動に関わってた。だから、別に旦那のために闘う訳じゃねえ。俺自身の理由のためだ。それがたまたま、旦那と同じ所へ向かう道だったというだけのこと。まあ、バラバラでやるよりは、この際協力できるところはお互い協力したほうが何かと効率がいい。そういうこった。情報収集なら任せとけ。あの薬の出所を、必ず掴んでみせる。まあ、直接闘う事は俺は苦手だから、その辺は旦那に任せるさ。持ちつ持たれつってやつだぜ」
アリアもライルを一心に見詰めて告げる。
「ライル、私にも手伝わせてください。あんな薬が、あのような形でこの世にあってはいけません。主も、お怒りです。私の心の中に、私が今しなければいけない事がはっきりと見えます。それに従わなければ、私は私でなくなってしまう。だから、私にあなたの闘いを手伝わせてください」
無言で、ライルはそんな三人を見詰める。ホークスが再び口を開いた。
「ギリアムのおっさんも、鼻息荒げて怒り狂ってるぜ。『こんな筋の通らぬ事があってはならんっ!!』ってな。ああなっちまうと、あの頑固親父、テコでも動かないぜ。アランの時もそうだった。お前が何言っても無駄だ。ギリアム一人だけでも、あの薬の元凶を叩き潰しに行くぜ。ノエルの奴も、闘うつもりだ。あいつ相変わらず、すました顔しやがって、何考えてるのかわからねえがな」
「誰が頑固親父だとっ! ふんっ。……まあ、その通りだがな」
ギリアムとノエルもやってきた。
「ノエル……どうしておめえが?」
思わず問いかけるライル。
ノエルは、生真面目な顔をしたまま、ライルに一度頭を下げた。
「ライル、先程はひどい事を言ってすみませんでした。何も聞かないでください。自分でもわからないのです。今、非論理的な思考が私の頭を満たしています。うまく説明できないんです。だから、聞いても無駄ですよ」
ティナが腰に手を当てて、ライルの顔を覗き込む。
「さあ、どう? もう観念しなさいな、ライル。もし、あんたが一人で行っても、私達あんたを必ず捕まえるから」
「……それでいいのか、おまえら」
一同、うなずく。その瞳に迷いはない。
「すまねえ。恩に着る。……神様って、やっぱり俺の側に居てくれてたみてえだな。今やっとわかった……このみんなに出会うために、俺は生きてきたんだって。そのために、神様が俺を生かして、守ってくれてたんだって。……ありがとう、みんな」
ライルは天を仰いだ。その瞳から熱い涙が溢れ出して、頬を伝い地に落ちる。
ギリアムが、背中の剛爆斧を抜いて天へかざす。
「ミッドランド遊歴騎士、ギリアム。ここにライルと共に闘い抜くことを誓う!」
ホークスがそれに続いて短剣をかざして器用にくるくると回転させると、逆手に構えて天へ突き出す。
「盗賊ホークス。俺もこの闘いに参加するぜ」
ティナがサラマンダー達を解放して宙に舞わせる。
「炎の精霊使い、ティナ。この闘い、最後までつき合わせてもらうわ!」
アリアが、胸の十字架を天へ掲げる。
「修道女アリア。主の命じる道を行います。この道は、私の道でもあります」
ノエルは指先に、ほのかな魔力の明かりを灯しながら手をあげる。
「魔術師ノエル。持てる力、全てを貸します」
そして、ライルも背中のバスタードソードを抜いて、両手で天へとかざす。
「剣士ライル。かけがえのないこの者達と共に、この闘いに挑む。この剣をもって、この者達を守り抜く事を誓う。生きて再び帰る事を誓う」
皆の心が一つになった。闘いの準備は整った。
これから、宿命の闘いが幕を開ける。
~~~~第十話【霧の華】終幕~~~~
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第十話【霧の華】でした!
最後の闘いに向け、皆が心を一つにして高揚する雰囲気を描きました。
それに至るまでの、一同の心の葛藤を表現するのが難しかったです。
うまく描けたかどうか……。
次回は第十一話【最後の闘い】です。
これが最終話です。この後に【エピローグ】が続きます。
かなり長い一話になります。ラストバトルには本当に力が入りました。
しっかりと宿命の闘いの結末を描いてまいります!
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。




