正義の魔術師、見参! Wizard of Justice, Here is!
その小屋の近くへ到着した二人。その様子をうかがい、男達が何やら騒がしく言い争っているのを感じ取った。まだ、男達は混乱しているようだ。好都合だ。
師弟はヒソヒソと作戦をうち合わせ、直ぐさま実行に移す。ノエルは短剣で小麦粉袋のあちこちに切れ目を入れておき、『光の縄』の呪文を唱える。術者の意のままに空中を自在に動く精神力の縄を出現させる呪文だ。相手に巻き付き拘束したり、巻き付かせたまま宙に浮かせる事もできる。
(かつて、中級レベルの呪文修得がうまくいかないキャロルの荒療治の為、熊が出る山であると嘘をつき、彼女を光の縄で拘束したまま山中に一人残した事もある。必死で光の縄を自力で解いたキャロルは、持続する高度な精神集中のコツを掴んだのだった)
淡く金色に光る精神力の縄が、切れ目の入った小麦粉袋に巻き付いて、空中にそっと浮かせる。そのまま術者のノエルの意志通りに小屋の上空高く、小麦粉袋を運んでゆく。ノエルは大きくうなずいて、弟子のキャロルに合図を送る。
師匠の準備が整った事を確認したキャロルは、幾つか手頃な石を握りしめ、小屋の窓側へ回って石を投げつけた。石がぶつかる音に、小屋の男の一人が顔を出す。キャロルは男に向かって舌をぺろりと出すと、くるりと背を向けてノエルのいる方へ駆け去ってゆく。
『おいっ、お嬢様だっ! 外に逃げてるっ!!』
そのタイミングを見計らって、ノエルが『光の縄』を解除した。大きな小麦粉袋が、かなりの勢いで上空から落ちてきて、小屋の天井をバリバリ突き破って落下した!
小屋の部屋中に、白い噴煙が巻き上がる。何が起こったのか、全くわからない男達だった。視界が粉に遮られて見通しがきかない。息をすると、粉が入ってむせかえる。もがけばもがくほど、白い粉が舞い上がる。たまらずドアから押し合いへし合い、ゴホゴホと咳き込みながら、男達が必死で飛び出して走ってくる。
白い粉まみれになって飛び出してくる男達。ノエルがすかさず動きを封じる。
《我が力、束ねて捕らえる輪とならん……アスト・スラニク、パルスト・ラルク、ス・ケセ・ヴィブルス・モルグストース! 》
ノエルの唱えた『緊縛』の呪文によって、男達は身動きを封じられた。手足が見えない何かに縛り上げられたように動かない。それを確認して、ノエルが目配せしてキャロルを促す。
キャロルがニヤリと笑う。
「悪い事する人達は、こんな風になるんだからねっ!」
《我が力、束ねて光の矢とならん……アスト・スラニク、ス・ケセ・パラロース!》
キャロルの指先から放たれた小さなエネルギーの矢が、白い粉煙の漏れだしている小屋の開け放たれた入り口目がけて一直線に吸い込まれてゆく。
その瞬間、辺り一帯にとどろく大音響とともに、その小屋がバラバラに吹き飛んだ!
『『うわああっ!!!! 』』
男達の悲鳴が。
「あうわわわわっ!?」
なぜか小屋を吹き飛ばした張本人の、キャロルの自身の驚きの声も。
小麦粉爆弾は、かなりの威力であった。実は、『光の矢』の呪文を唱えたキャロル自身も、その凄まじい破壊力に、ちょっとビビッているほどだ。
しかし、指先一つで小屋が吹き飛ぶ様子を目の当たりにした男達は、もうみるみる顔が青冷めている。抵抗する事も、逃げ出す事もできない絶望的な状況に、男達は観念した。
その様子を見てとって、ノエルが慎重に集中力を解いて『緊縛』を解除してやった。解放された男達は、逃げる気力もなく、次々に地にへたりこむ。それを見て、キャロルが腕まくりをして一歩ずいっと踏み込む。その右肘を、踏み出した右足の膝に乗せてかがみ込み、地に腰をついている男達を見渡しながら、威勢良く啖呵を切る。
「やいやいっ! ハーディー家のジュエルをなめんじゃないわよっ!! この街一番のお嬢様とは仮の姿。本当はこの世の悪を懲らしめる、『正義の魔術師ジュエル』が真の姿なんだからっ! 何度でもかかってきなさい。その度に、前よりもっと痛めつけてあげる!」
ハーディー家のジュエルになりすましたキャロルは、もうノリノリである。
そんな彼女に、『兄貴』と呼ばれていた男が土下座して頭を下げる。
「う、うううっ……どうか、今回ばかりはお助けを。子供が、子供が病気なんだ。医者に診せてやりたくて、どうしてもまとまった金が欲しくて、つい……すまねえ。俺が動けなくなったら、あの子の面倒を見てやれねえ。この通りだ、見逃してくれっ!」
『兄貴』と呼ばれる、筋肉質のがっしりした男は、何度も頭を地に打ち付けて嘆願する。
「あ、兄貴の言う事は本当だ。俺からも頼む。アメリアは本当にいい子なんだ。罰だったら、俺が兄貴の分まで受ける。だから、兄貴だけは見逃してやってくれっ!! お願いだ、この通りだ。ほらっ、お前達も頭を下げやがれっ!」
大男が、必死でひれ伏して嘆願し、他の者達もうながす。
「へ、へいっ! お願い致しやす、お嬢様」
いかにも子分といった感じの小男も、頭を地に打ち付けて土下座する。
「兄貴とアメリアのためだ。俺を好きにしてくれていい。頼む」
ちょっと精悍な感じの男は、正座してきっちりと頭を下げる。
「申し訳ない事をしてしまいました。ジュエル様。こんな人浚いをしてしまった僕達ですが、願いはたったの一つです。アメリアちゃんを助けてあげたかった。でも、やはり悪い事でした。すみません。罪はつぐないます。でも、兄貴だけは見逃してくれませんか? 虫のいいお願いだとは、百も承知しています。でも、どうかお願い致します」
最後に、すらっとした優しげな顔をした男が、やはり深々と土下座をする。
足元にひれ伏す五人の男達の嘆願を耳にして、キャロルは戸惑った。ノエルに助けを求めるような視線を向ける。
「(お師匠様、どうしよう? 本当には悪い人達じゃないみたいだよ。ウソを言ってるようにも思えないし。なんとかしてあげたくなっちゃうよ)」
キャロルの眼差しが訴えている気持ちを汲んで、ノエルは軽くうなずく。
「あなた達、そのアメリアという子供をあの街まで連れてくる事はできますか? ジュエルが造った、無料の病院があの街にはあるのです。誰でも医者に診てもらえます。そうすれば、もうこんな無理をしてまでお金を稼ぐ必要はありません。その子が、自分のせいであなた達がこんな事をしたと知ったら、きっととても苦しみます。その子は、自分の病気そのものの苦しみよりも、もっとつらい苦しみと悲しみを味わう事になるのですよ。その子を泣かせたくないと本気で考えているのなら、二度とこんな事をしてはいけません。わかりましたか?」
「は、はいっ! あ、あんたの言う通りだ。アメリア、すまねえ……俺は、俺は危うくお前を人さらいの子供にしちまうところだった。う、うううっ……」
『あ、兄貴ぃ……うううっ……』
ノエルの言葉に、泣き崩れる男達であった。
そんな様子を見て、なんだかキャロルも、もらい泣きしてしまっている。
師匠が弟子の肩に手をかける。
「これにて一件落着、ですかね。『正義の魔術師』さん」
「か、からかわないでくださいよう、お師匠様あ」
ごしごしと、彼女は目元の涙をこする。
「もう、大丈夫でしょう。さて……っと、そうか、一日で二度は、まだあなたは無理でしょうね。手を出しなさい」
「はい?」
何のことかわからなかったが、言われるままにキャロルは手を差し出した。ノエルはその手を取り、ある呪文の詠唱を始める。
《我が力をこの者に……アスト・ビ・ラルク、ケセ・モイパラルス、ス・ガク・メルトーズ!》
彼女の手に、ノエルから温かな精神力が注ぎ込まれる。心地よいエネルギーが、身体中に満たされてゆくのをキャロルは感じる。これは『メンタル・トランスファー』。術者の精神力を、こうして他の者に分け与える呪文だ。彼女は気づいた。今日はもう『瞬間移動』でかなり消耗していた。これは、これから帰るために必要な精神力が足りないだろうとの、師匠の思いやりであろう。
「(な、なんか、うれしいぞお~!)」
師匠が注ぎ込んでくれる、心地よい精神力の流れを心ゆくまで味わう弟子だった。
「よし。ご馳走が待ってるはずですから、帰りましょう。これで、アレはもうできますよね」
「もちろん。バッチリです」
「よろしい。っと、その前に。あなた達、この台車をハーディー家の屋敷まで届けてくれませんか? ノエルという名前を出せば大丈夫ですから」
「へ、へいっ! お安い御用で。何なりと」
『兄貴』が即座に答える。
「では、頼みます。忘れずにちゃんと届けて下さい。多分、それを届けてくれたお礼をしてくれる人がいますから。じゃあ、行きますよ。書室に集合です」
「はい!」
二人は同時に呪文の詠唱に入った。
《大気に満ちるマナよ。その力束ね、時空の壁引き寄せ、我を運ばん……マルトス・ノドス・デュ・ケセラ、オリポス・メドス・シュラニーク!》
二人の姿が跡形もなく消え去った。男達は目を丸くして驚いているのであった。
そして、約束通りに二人は夕食前にジュエルのもとに帰りついた。ジュエルもまた、約束通りに豪華なご馳走を用意して待っていた。ただし、いつもは屋敷で焼いているはずのパンは、今回ばかりは買ってきたもののようであった。料理長が、小麦粉が足りないといって、ボヤいていたそうだ。
小麦粉の種明かしとともに、事の顛末と男達の事をジュエルに話す二人。ノエルの頼みを聞いて、ジュエルはにっこりと承知した。
---------------------------------------------
その翌日。頼まれた通り、男達が台車をハーディーの屋敷へ届けにやってきた。
応対した門番が、大きくうなずくと、これはジュエル様が台車を届けてくれた人にお礼として差し上げるようにと預かったものだ、と言って、ずっしりと重い革袋を手渡す。後で男達がその革袋を開けてみると、ぎっしりと金貨が詰まっていた。そして小さな紙に言葉が書かれたものが入っていた。字の読める男が声をあげて読み上げる。
「なになに……『アメリアちゃんを泣かせたらダメよ。元気になったら、みんなでゆっくりと遊んであげて。あなた達なら、きっとアメリアちゃんを心から笑わせてあげることができると信じてます。私も少しだけお手伝いしますね。元気になったアメリアちゃんと一緒に遊びたいなあ』だってよ。へっ、へへへっ……変わったお嬢様だ。へへへっ……う、うううううっ……」
男達の瞳には、熱い涙が滲んでいた。
後に、病院で治療を受けたアメリアは見事に元気になる。
男達はそれぞれ、貧しくも正しい生活をきっちりと送る事となるのだった。
アメリアの心からの笑顔が、輝かんばかりに溢れる事になったのは、言うまでもない。
---------------------------------------------
《貧乏貴族の娘と執事》 Poor Aristocrat Girl and Butler
ジュエルの屋敷での勉強を終えたノエルとキャロルが、いよいよ帰ることとなった。隣街にある魔術ギルドで、特殊な呪文触媒を仕入れる用事があったので、二人ともそれが済んでから、『瞬間移動』で一気にアカデミーに帰るつもりである。
ジュエルもキャロルも、とても寂しそうだ。この滞在で、本当に仲良くなった二人である。ぎゅっとお互い抱きしめ合い、この別れを惜しんでいた。そして、そっと身を離す。涙のにじんだ瞳をこすって、キャロルがジュエルを見詰める。
「ジュエルさん、また遊びに来てもいい?」
問いかける彼女に、にっこりとジュエルはうなずく。
そして、何やらニヤリと笑った。
「いつでも大歓迎よ、キャロル。まあ、『鈍くてトロい、家が傾いた貧乏貴族の娘』だけどね。あなたがそれでもよければ。ふふっ」
「も、もうっ! それは言いっこなしですよ、ジュエルさん!」
自分が身代わりになった時にジュエルに口走った言葉を思い出し、キャロルは顔を赤らめて声をあげた。すかさずノエルが意地悪くたたみかける。
「私は執事だそうですから、この屋敷に残らないといけませんかねえ」
ジュエルがわざとらしく、ポンと手を叩く。
「そうそう、そう言えばそうだったわ。じゃあ、ノエルに色々やってもらわないと」
「かしこまりました、ジュエル様。何なりと申しつけ下さいませ」
慇懃に、ノエルはジュエルに深々と頭を下げる。ジュエルがニヤニヤしている。
「わあ~、立派な執事が増えてうれしいなあ」
たまらずキャロルが叫んだ。
「ううっ……意地悪しないでくださいよう、二人ともっ! お師匠様は、私のお師匠様なんですからっ!! 行きますよ、もうっ!」
キャロルはノエルの耳をつまんで引っ張ってゆく。
「い、痛いですよ、キャロル。じゃ、じゃあ、ジュエル……いたたたっ」
有無を言わさず、弟子に耳を引っ張られて引きずられてゆく師匠であった。結構、情けない姿ではある。その二人の後姿に向かって、ジュエルが大声で呼びかけた。
「残念ねえ……フフッ。キャロル、またねっ! 今度はデートの話と、キスの話くらいは期待して待ってるから~っ!!」
思わずローブの裾につまずいて、ずっこけてしまうキャロル。耳を掴まれたままだったので、ノエルもそれに巻き込まれて転んでしまった。
『もうっ! 何てこと言ってんですかっ!? ジュエルさんってばっ!!』
遠くでキャロルが顔を真っ赤にして大声をあげている。立ち上がったノエルは肩をすくめて、一つジュエルに向かって手を振ると、抗議している弟子を放って、さっさと先に消えてしまった。それに気づいたキャロルも、慌てて師匠の後を追って駆けてゆく。
ジュエルは手を振って、クスクス笑いながらそんな二人を見送る。
「(さあて……どうなる事やら。ふふふっ。頑張るんだぞ、キャロル!)」
くるりと振り返ると、晴れ晴れとした気持ちで、う~んと一つ伸びをするお嬢様だ。
「(私も、頑張ってみっか! よしっ、孤児院、つくるぞお~!!)」
新たな決意を胸に、にこやかにジュエルは屋敷へと戻っていった。
~~~~番外編【師弟】終幕~~~~
---------------------------------------------
第九話【婚約者は】のエピローグ的な物語でした。
「こんな恋をした女性って、素敵じゃないかな?」と、自分でイメージしたものを表現してみたんですが、とてつもなく長くなってしまった感じです。ちょっと反省です。
実はこの前に番外編【ノエルの恋】というエピソードがあったのですが、本編の進みがただでさえ遅めなので、バージョンアップに伴いカットしてしまいました。そこで登場していたキャロルも、自分が結構お気に入りの人物で、(というのも、笑いが入れやすい展開を勝手に作ってくれて、書いていて楽しいんです)もう一度登場させたかったというのもあります。
「二人を会わせてみたら、どうなるか?」とイメージした時、この『師弟』のエピソードが自然に浮かびました。
あと、本編の物語はラストバトルへ加速していく展開となるのですが、この番外編【師弟】は本編の為に必須な要素が入っていて、カットできないものなのです。
さて、次回から本編に戻ります。
第十話は、【霧の華】。
ジュエルの街を離れた一行。その地方一帯を巻き込んだ大きな戦いを終え、みんな自然と、少しのんびりしたいような雰囲気がしています。
ただ一人の男を除いては。
「俺は北へ行きたい。一人でも俺は行く」
その言葉を聞き、たまらなく不安になる女性がいます。
一行の内部に、亀裂が入るのか?
それとも……
物語は、大きな佳境へと入ってゆきます。
お楽しみに!




