師弟 Master and Apprentice
果たして、その二時間ほど後の事。自室でやきもきしながら待機するジュエルの目の前に、いきなりキャロルが現れた。目を丸くして驚くジュエル。
「よし、うまくいったあっ! さすが、私っ! ふうっ、ただいま、ジュエルさん」
「キャ、キャロルっ!? あなた、一体どうやって!?」
ジュエルは全くわからない。ドアも窓も開いていないはずだ。しかし、間違いなくキャロルは誘拐した男達の手から逃れて、目の前に紛れもなく立っている。キャロルが腰に手を当てて、ニヤリとジュエルを見詰めている。
「フッ……。お師匠様の一番弟子を、見くびってもらっちゃあいけやせんぜ、お嬢さん。はあっ、『瞬間移動』、できるようになっておいて、ホントによかったあ。うううっ……怖かったよお~」
自信満々の姿はたちまち崩れ、泣き出しそうな顔をしてキャロルがへたり込む。ジュエルが膝を折って、そんなキャロルの肩をぎゅっと抱く。その瞳には涙がにじんでいた。
「あなたって人は……無茶して、もうっ。あなたに何かあったら、ノエルに会わせる顔がないんだからね。ありがとう、キャロル」
「ジュエルさん……」
「喉を見せて。こんなになるまで……痛かったでしょうに。とても怖かったでしょうに……あなたって子は……も、もうっ」
彼女の喉の傷口を目にして、ジュエルの目から、涙がポロリと落ちる。この子は、自分をかばって自らの喉に短剣を突き刺したのだ。そんなキャロルの気持ちが、ジュエルの胸を打つ。
「だ、大丈夫ですよ。ちょびっとだけしか刺してないし。もう血も止まって……」
恥ずかしそうに言いかけるキャロルに、厳しい声が飛ぶ。
「ダメっ!! ちゃんと手当するの!」
「は、はいっ!?」
その剣幕に、キャロルは怯んだ。
しかし、ジュエルは今度は優しくそっと告げる。
「ううん。私に手当させて。お願いだから……」
「うん……」
ジュエルの気持ちを、今度はキャロルが素直に受け入れる番だった。
ジュエルはキャロルの手当を終えた。キャロルは着替えを済まして、二人は書室にいるノエルのもとへと向かう。
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書室に入ると、ノエルが腕組みをしながら、うろうろと落ち着き無く行ったり来たりしていた。ドアの開く音に、彼が顔を上げて振り向く。
「お師匠様っ!! 一番弟子キャロル、ただいま戻りましたっ!」
元気なキャロルの姿を見、その声を耳にして、厳しい顔をしていたノエルの表情が一気に和らいだ。
「よし、よくできました、キャロル。これで『瞬間移動』も、実戦で使えるようになりましたね。見事です。あなたなら大丈夫だと思っていましたが……よかった」
そう言うなり、ノエルは微笑みながらキャロルをいきなりしっかりと抱きしめた。キャロルは目を見張って少し驚いている。その顔がみるみる赤くなってゆく。このように感情を表に出したノエルは珍しい。師匠は目を閉じて、天を仰いで小さくつぶやく。その微かな無意識のつぶやきが、キャロルの耳にも聞こえてしまった。
『神よ……心から……心から感謝致します』
普段のすました冷静な顔の下に、彼の本当の心が隠されている。ノエルのその言葉を聞いて、キャロルは胸にこみ上げてくるものがあった。
自分を信じていてくれた。
でも、こんなにも自分の身を心配していてくれた。
尊敬する大好きな師匠が……
うれしくて、うれしすぎて、胸が一杯になってしまったキャロルの両目から、涙が溢れ出してくる。そっとノエルの背中にキャロルは腕を回す。
「(うれしい……うれしいよお……やっぱり大好きです、お師匠様ぁ……)」
そんな二人を、ジュエルがにっこりと見守っている。
「(ノエルってば、私には待つようにって自信たっぷりで言ってたのに。嘘つきなんだから。ふふっ。……いいなあ、キャロル。きっと今、すごくうれしいんだろうなあ)」
やがて、我に返ったノエルが少々慌てて身を離す。弟子は何やら名残惜しそうだ。まだ潤んだ瞳で師匠を見詰めている。少し恥ずかしげにノエルは咳払いを一つつくと、キャロルに尋ねる。
「……あの、大丈夫ですか、キャロル。その、ひどい事をされませんでしたか?」
「全然大丈夫です。あいつら、結構私に気を遣ってくれてましたから」
ノエルがホッと小さく溜息をついた。それを見て、またキャロルはうれしくなった。そんな様子のノエルを見て、ジュエルはクスクス笑い出しそうになるのをこらえている。彼は軽くうなずくと、少し険しい顔をして、弟子に再び問いかける。
「それで、キャロル。その男達の居所はわかりますか?」
「はい、北にある町外れの空き家です。そこに、五人の男達が居ます。今頃きっと、大騒ぎしてると思いますよ」
「男達の顔は、覚えていますか?」
「バッチリです。お師匠様」
ノエルが大きくうなずく。そして、少し表情を引き締めた。
「わかりました。では、キャロル。行きましょう。今後またその男達がジュエルを浚おうとする可能性もあります。ちょっと懲らしめておいたほうがいいでしょうから。役人達に通報した所で、手続きに時間がかかってしまいます。まだあちらが新たな動きを見せる前に、混乱している今、こちらから出向いて奴等の隙を突きましょう」
「はいっ、お師匠様!」
戦闘を決意したノエルは、なかなか男らしい顔つきだ。キャロルがほれぼれと見詰めながら、うれしそうに同意する。
そんな二人に、ジュエルが進み出た。
「では、私も行きます。少しでも手伝える事が何かあるはずです」
しかし、ノエルは首を振る。
「いいえ、ジュエル。あなたは顔を見せないほうがいいでしょう。彼らはまだキャロルの事をジュエルだと思っているはずです。あなたが本当のハーディー家のジュエルだと、彼らに知られないほうがいい」
「でも……」
「いいから、私とお師匠様にど~んと任せてください、ジュエルさん。ここで勉強させてもらったお礼もしたいし」
キャロルはもう、自信たっぷりに胸を張る。
「まあ、お礼という訳でも無いのですけれど、ここは私達に任せて頂けませんか、ジュエル?」
「そうそう、夕飯までには片づけちゃうから。ご馳走をお願いしますね、ジュエルさん。私の大活躍の話を聞かせてあげるからっ!」
もう怖かった事も忘れて、大張り切りのキャロルであった。先程は一人きりだったが、今度は誰よりも心強い師匠が一緒に居てくれる。もう彼女には、何も恐れる事などないのだ。それよりも、先程怖い思いをした事への仕返しに燃えているキャロルであった。
「わかりました。じゃあ、とびきりのご馳走を用意して待ってるから。二人とも、気をつけてね。あまり無理しないで」
ふと、ノエルが何か思いついたようだ。
「そうだ……ジュエル、小麦粉を分けて頂けませんか? 大きいのが一袋くらいあればいいと思いますが。持っていくのに、引っ張っていける小さな台車も貸して下さい」
「なるほど~。アレをやる訳ですね、お師匠様。うわあ、楽しみ!」
師弟はうなずき合っている。彼らの意図が全くわからないジュエルは、戸惑っている様子だ。「小麦粉」など、一体どうするというのだろう? でも、それが必要だという。
「???。 あ、あるとは思うけど。どうするの、そんなもの?」
「ジュエルさん、小麦粉が武器になるんですよお~。フフッ」
「ぶ、武器ぃ~!? ふうっ、あとでちゃんと教えてね。気になり過ぎて、落ち着かないわ」
約束通り、台車に大きな小麦粉を用意して、二人を見送るジュエルだが……
しきりに、彼女は首をひねっている。
「(犯人達と、一緒にお菓子を作る訳でもないでしょう? 武器って言ったって……水に溶かして、ドロドロのを頭からかけるのかなあ? 違うよなあ。んもう~、気になるっ!)」
彼らが無事に戻ってくるかどうかよりも、そっちの方が気になって落ち着かないのだった。




