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二つの恋 Two Loves

 キャロル用の部屋に到着した二人。ちょっとお話ししない? とキャロルを誘い、ジュエルは自ら紅茶の用意をする。


「ミルクティーでいいかな?」

「はい」

「お砂糖は? 二杯くらい?」

「はい、それくらいで」

「了解!」


 自ら紅茶の支度をしながら、なおもジュエルは会話を続けてゆく。こんな屋敷に住むお嬢様とは思えないくらいだ。ライル達と出会った時から、彼女は自分でやれる事はどんどん自分でやるようになってきているので、執事やメイド達は少々戸惑っているそうだ。彼女自身は、特に意識してやっている風でもないのだが、自然と変わってきているお嬢様だった。それも、良い方向に。



 無料の学校や病院を、街の建物を間借りして開いてから、週の半分以上は自らそうした施設に出向いて、細々した事まで屈託無く手伝いをしているジュエルである。それがだんだんと、日常の行動にまで自然に染みこんできているのだろう。今、そうした施設のために新しい建物を建造中で、何かと忙しくしているお嬢様だった。新設でき次第、間借りしている施設を移す計画だ。



「キャロルって、ノエルの弟子になって、どれくらいになるの?」

「一年と半年です」


先程のジュエルの話を聞いて、キャロルの態度は少しずつ柔らかくなっているようだ。


「どうして魔術をやろうと思ったの?」


「女でも、男と肩を並べてやれるような事がしたかったんです。男の方が有利な仕事とか、女の方が似合う仕事とかありますけど、そういう世界はなんか嫌でした。できれば男でも女でも関係なく、おんなじ舞台でやれる事がしたかったんです。魔術なら、男も女も関係ないし。自分の実力だけで評価される世界ですから」



 なかなかどうして、しっかりした答え振りだ。彼女は自分のやりたい事をはっきりと見据えて、それに日々取り組んでいるようだ。まだまだ成長途中だが、これから確実に伸びてゆくことだろう。


 師匠のノエルも、彼女のそんな所を胸の内で認めている。明るい力強さが彼女にはある。結構、つまずく事も多い彼女だが、少し手を貸してやるだけで、たちまち立ち直って壁を乗り越えてゆく。悪い所がはっきりしていて、またそれを素直になおそうと頑張るから、師匠としては鍛えがいのある弟子なのだ。まあ、ノエルにとっては、つき合うのにかなりエネルギーを使うタイプの人間だが。



なるほど、という感じで納得しているジュエルだ。なおも問いかける。


「ふうん、そうなんだ。じゃあ、どうしてノエルの弟子になったの?」


キャロルはうれしそうに、にっこりする。

心からの笑顔が、輝かんばかりだ。



「魔術をやりたいなって思ってた時、お師匠様の噂を聞いたんです。『常に命を張った実戦修行で、腕を磨き抜いている急成長株』だって。やっぱ、魔術って使えてナンボですよ。いくら魔力や精神力が強くて、魔術アカデミーの部屋の中だけで高レベルな呪文を唱えられたって、いざという時にキッチリ使いこなす事ができなきゃ、全然自分の役に立たないし、世の中の役にも立たないと思うんです。それで魔術アカデミーに入学して、お師匠様に初めて会いに行った時にそう言ったら、『ここだけの話、私も全く同感なんです。他の先生達には内緒ですよ』って、笑ってました。それ見たらもう、この人しかいないって感じました。やっぱりすごい人です、お師匠様って。まだ講師だけど、本当の実力は主席にも負けてないんですからっ」



 キャロルはとても誇らしげにノエルの事を話す。その瞳がキラキラと輝いている。彼女は本当に心から師匠を尊敬し、好いているのだ。



「ふうん、そうだったんだ。ノエルって、いつもすました顔してて、何考えてるのかよくわからない風だけど、他の人の事はすごくよくわかってて、気配りしてくれる人だよね?」


入れ立ての紅茶をキャロルへ差し出しながら、ジュエルはそんな事を言う。罠の準備である。


「そうそう、そうなんです。お師匠様は、いつも他人から冷たい人だって、誤解されやすいんですけど、本当は相手の事をすごく思いやる、優しい人なんですよ、ジュエルさん」


 キャロルは乗ってきた。ノエルの事を認めてくれる人がいると、自分の事のようにうれしく感じてしまうのだ。息が弾んでいる。手にした紅茶を飲む事も忘れている。そんな彼女の様子を察知して、ジュエルは自分の紅茶をゆるゆるとスプーンでかき混ぜながら、さりげなく言葉を続ける。



「うん、そうなのよねえ。他人の好いた惚れたの感情の機微も、すごくよくわかってるの。でも、ノエルって自分の事になると、ちょっと鈍いみたい。だから、あなたがしっかりしないとダメなんだからね、キャロル」


「う、うん」


思わずつられて、小さくうなずいてしまったキャロル。


「やっぱり、そうなんだ。ふふっ」


見事に鎌を掛けたジュエルは、意地悪くニヤニヤと微笑んでいる。

キャロルの顔がみるみる赤くなってきた。



「う……そうですっ!! 私はお師匠様が大好きなんですっ!! 誰にも負けませんっ!!! 私は何があっても、お師匠様にどこまでもついていくんだからっ」



 少々逆切れして叫んでしまうキャロルであった。そんな元気な彼女を見て、ジュエルは少し寂しそうな表情を浮かべる。


「そっか。いいなあ。私も、あの時……ううん、それはやっぱり違う」


そんな様子のジュエルに、キャロルは不思議そうに問いかける。


「あのう……『あの時』って?」



彼女は一口、紅茶を飲むと、目をふせながら静かに語り出した。



「あのね。前に、大好きな人がいたの。私がやるべき事、私にしかできない事を教えてくれたのも、その人。私は、その人の言う通りだって心から思った。でもね……その人には夢があったの。そして、彼の選んでいた道と、私の選んだ道は、行き先がまるで違ってた。だから、なんだかあなたを見てると、彼と別れたあの時、なりふり構わずに私が彼についていっていたら……って、ちょっと思っちゃう訳だ。この女は」



寂しげな瞳をして、ジュエルはあてもなく紅茶をスプーンでかきまわし続けている。とっくに砂糖は溶けているのだが……


なおもキャロルは興味津々で尋ねる。まだひっかかる言葉があったのだ。


「ふうん、そうだったんだ。でも、『やっぱり違う』って、どういう事なんですか?」


ジュエルはスプーンから手を離して顔を上げ、遠い遠い眼差しをしている。


「もしもそうしてたら、それでも彼はきっと『わかった』って、言ってくれたと思う。とても優しい人だから。でも、本当はそんな私を受け入れられないと思う。もし彼の後を追っていたら、きっと私は、私でなくなってしまってた。別れた時はとても悲しかったけど……もしも別れなかったら、二人とももっと悲しい事になってた気がするの。お互いがお互いに、どこかもやもやした想いを抱えて、やがて自分の夢も遠くなってしまって……」



 彼女は悲しげに目をふせたが、それでもすぐにまた真っ直ぐに視線を上げる。力強い意志と信念の輝きが、その身体中から溢れ出している。



「だから、私は私で選んだ道を歩くこと、彼は彼の道を歩くこと、それが必要だったんだと思う。彼が彼であるために。私が私であるために。それに、私の生き方を示してくれたのは、大好きな彼なんだもの。だったらなおさら、私は私で頑張らないとね。それが、彼が私を支える為に与えてくれた想いに応える事だって、今は……今は、そう思ってるの」



 そのように告げる彼女の瞳は、決して消える事のない美しい輝きを放っている。同時に、どこか寂しそうでもあるが。手放したものによって、一人の人間として、さらに大きな大切な真実を手にしたジュエルであった。キャロルはこの年上の女性の、悲哀に満ちた静かな魂の輝きに圧倒されてしまった。


「ジュエルさんって……なんか、すごいなあ。とても強い人」


ジュエルは左右に首を振る。


「ううん。全然そんな事ない。別れた時なんて、わんわん泣いたもの。次の日も、その次の日も、また次の日も……。ふふっ、我ながら情けない」


少し恥ずかしそうに、そう打ち明ける彼女に、今度はキャロルが首を振っている。


「ううん、そういう事じゃなくって……とっても素敵な人。お師匠様が、さっきジュエルさんの事『ますます綺麗になった』って言ってたけど、お世辞なんかじゃなくって、ホントの事だと思うよ、きっと。なんか、わかるような気がします。それにお師匠様って、あんなお世辞がぬけぬけと言えるような、器用な性格の人じゃないし、気もききません」


「ふふふっ。ありがと、キャロル。ノエルの一番弟子の言葉なら、信用しても大丈夫かな?」

「もう、バッチリ信じて大丈夫! ふふっ」



『恋は女性を美しくする』、それは正しい言葉なのかもしれない。

この二人の様子を見ていると、そう感じる。


一人は恋をした女性。

もう一人は恋をしている女性……


もうすっかり打ち解けて笑い合っている、華やかな女性達であった。


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