恋敵? Rival?
ノエルは新たに入手した呪文書の勉強を済ませ、書類仕事を終えた(?)後、約束通りキャロルと一緒にハーディー家のジュエルのもとへと出発した。
弟子は、師匠との二人旅に最初ははしゃいでいたが、目的の街が近づくにつれて、妙に口数が少なくなってきた。師匠は弟子の様子に気づいてはいたが、少し疲れたのだろう、くらいにしか思ってない。(そうではないのだが……)
二人は、連れだってジュエルの住む街へと到着した。ハーディー家へと向かう。さすがにこの街一番の富豪だけあって、ジュエルの屋敷はすごい。キャロルは圧倒されてしまいそうになった。
「お師匠様……でっかいお屋敷ですねえ」
「そうですね。ジュエルはこの街きっての名家のお嬢様ですから」
「むう……。(い、いかん、いかん! これしきの事で……)」
門番が、二人の来訪を既にわきまえていたと見えて、慇懃に応対してくれる。手入れの行き届いた広大な庭を通り過ぎると、大きく立派な屋敷の前に出る。ライオンを模した扉叩きで、門番が静かに合図をすると、一枚板の立派な扉が内側へ音もなく開いてゆく。ドアを開けてくれた品の良い初老の執事が慇懃に二人に挨拶をし、二人の若い使用人がノエルとキャロルの手荷物を預かってくれる。
やがて、ジュエルがにこやかに階段を降りて二人を出迎えた。
「ノエル。お待ちしてました。なんか、懐かしいなあ」
「お久しぶりです、ジュエル。……おや、ますます綺麗になってますね」
思わずそう告げるノエルだ。こんな言葉がいきなりノエルの口から飛び出すとは予想もしていなかったジュエルは、少し目を丸くしている。
「まあ、ノエル。あなたからそんな言葉が出てくるなんて、思ってもみなかった。意外だけど……うれしいです。ふふっ」
驚いているジュエルだが、にっこりとノエルに微笑んだ。
実際、以前ライル達が出会った頃のジュエルは、外見ではないのだが、まだどこか幼さが感じられたものだ。しかし、今ノエルの前に立つジュエルは、自らの意志で自分の道を選び、切り拓いてゆくことのできる、自立した大人の女性という雰囲気が漂っている。困難に立ち向かってゆく魂の強さ、美しさが表に現れているといった印象で、女性として、また一人の人間として、その魅力が格段に増しているのだ。光り輝く美しさ、とでも言うべきか。
「いえ、本当なんですよ、ジュエル。驚いたのはこっちです。きっと、いい人達に囲まれているんでしょうね。そんな感じがしますよ」
「ノエルの言葉なら、信じておこうかな? ふふふっ」
弟子のキャロルは、そのような男女の様子を見て気が気ではない。ぶすっとした顔で、ジュエルをジロッと睨んでいる。ジュエルが今度はにこやかに、そんなキャロルの前に進み出た。
「まあ、こちらが噂のノエルの一番弟子さんね? 初めまして、ジュエルです」
ジュエルの差し出す手を、キャロルはかなりの力を込めて握りしめ、瞳には炎を燃やしながら、ドスの効いた低い声をして、こんな事を言う。
「お師匠様の一番弟子のキャロルです。" 私の" お師匠様が、大昔にお世話になったみたいですが、今は " 私が" お師匠様の側に" いつも" ついてますから、ご心配なく」
弟子の恐ろしい挨拶に、慌てふためく師匠。
「こら、キャロル! そんな挨拶がありますかっ! 不肖の弟子ですが、どうかよろしくお願いします、ジュエル」
そんな様子のキャロルの頭に手をかけて、ノエルは無理矢理キャロルをジュエルにお辞儀させる。キャロルは口をへの字に曲げて、そんな師匠の手の圧力にググッと抵抗している。
「???……。い、いいえ」
キャロルのトゲのある言い方に、ジュエルはちょっと戸惑った。彼女の視線がビシビシと自分に突き刺さって、痛いような感じだ。まるで、親の敵討ちをするかのような……恋敵でも睨むかのような……。
「(あ、そういう事か)」ジュエルは気がついた。
「(ふむふむ。なるほどね~)」
ジュエルの瞳がキラキラしている。ライル達がここに訪れて以来、それに匹敵するような楽しい事が起こりそうな予感がしてきた。気を取り直して、にこやかに言葉を重ねる。
「あの、今回はお二人ともゆっくり勉強していってくださいね」
「お言葉に甘えさせて頂きます。あれだけの蔵書です。少し滞在が長くなってしまうかも……」
師匠の言葉を、すかさず弟子がずいと進み出て遮る。
「お師匠様は、勉強するのがとっても早いんですよ、ジュエルさん。だから、そんなに長くはここにいないと思います」
「……キャロル。どうもあなたはさっきからおかしいですね」
不審な弟子の態度に、師匠は首をひねっている。
ジュエルは笑いを必死でかみ殺していた。
「そんなことないです。だって、ホントの事ですから。私が一冊やっと終わる頃には、お師匠様なんて、三冊くらいはとっくに終わってお茶を飲んでるんですよ」
必死でそう主張するキャロルだ。
それを見て、ジュエルはますます楽しそうだ。
「そうなの。やっぱりノエルってすごいんだ」
「そうでもないんです。キャロルが大げさに誇張してるだけですよ」
弟子は師匠の袖をちょいちょいと引っ張る。そして、わざとらしく意味ありげな視線を送る。
「隠さなくてもいいじゃないですか。私とお師匠様の甘い仲なんだし」
すかさずノエルは切り返す。
「私はいつも、からい思いしかしていませんが……すみません、ジュエル。こんなおかしな弟子と、それに振り回される情けない師匠ですが、しばらくの間お邪魔させて頂きます」
ジュエルはもう、笑い声を立てないように必死だ。師弟の掛け合い漫才は、見ていて飽きる事がない。
「ふふふっ……二人とも、お好きなだけどうぞ。大丈夫ですから。短くても、長くても。さあ、お部屋を用意してありますから、どうぞ。気に入ってもらえるとうれしいんだけど」
「ありがとうございます、ジュエル。このハーディー家の部屋が気に入らない訳ありませんよ。先日お邪魔した時は、本当にくつろげました。もっとここに居たい気分になったものです」
「そうなの。うれしいなあ。よかったら、勉強が終わってもこっちに居てくれたらいいのに。楽しいから」
「そうですか? それなら、少しだけ……」
心が動いている様子の師匠に、たちまち弟子が釘を刺す。
「そう言えば、お師匠様。アカデミーの事務の人が、『部屋の更新手続書に不備がありました。できるだけ早く直して再提出して下さい』って言ってましたよねえ? 新しい事務の人が担当になってて、泣きそうな顔してましたよ~」
「う゛……」
「かわいそうだから、早く勉強を済ませて帰りましょうね」
にこやかに告げるものの、目が笑ってないキャロルだ。
「ううっ……」
その事は、できる限り思い出したくはない師匠だったらしい。実はあまりの書類仕事に嫌気がさして、全部終える前にここに来てしまったノエルだった。
もう、ジュエルは腹の底から吹き出す笑いをこらえきれない。なんとか押さえて、クスクス笑うのに留めている。
「フフフッ……残念! でも、ここに居る時くらい事務の仕事は忘れて、くつろいでね」
「ダメですよ、お師匠様。忘れたら、アカデミーのお師匠様の部屋が無くなっちゃうんですからね! ……あ、でも、お師匠様が路頭に迷ったら、私の部屋で飼ってあげますから。う~ん、それはそれでいいかも……」
ノエルに首輪をつけて、鎖でつないで散歩している様子を想像しているキャロルだった。しばし、その妄想にボーッと浸っている。
「(とりあえず、普段はドアノブの所につないでおいて、お腹が空いたら、お手をさせてからエサをあげて……お風呂は別だな。寝る所は……うわあ、どうしよっかなあ……)」
「と、とにかくジュエル。しばらくの間、弟子共々、よろしくお願いします……」
「はいはい、任せて下さいませ。ふふっ」
ジュエルは本当に楽しそうだ。ノエルは弟子の暴走に、ほとほと疲れているようだ。当の弟子はまだボンヤリと、一人怪しげな妄想に胸を膨らませている様子だが。
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そんな挨拶(?)が一段落ついて、ジュエルが二人を自らそれぞれの部屋に案内してゆく。まずノエルを部屋に送り、今はキャロルと二人、並んで歩いている。
キャロルは、むすっとして黙りこくっている。ジュエルは、そんな様子のキャロルを見て、笑いだしそうになるのをこらえている。
「(かわいいお弟子さん。ノエルには、こんな子が似合うのかもしれないなあ。でもノエル、大変そうかも)……あのね、キャロル」
「……なんですか」
硬い表情でキャロルは答える。
「心配しないで。ノエルとは、ただの友達。私の大好きな人は他にいるの」
「んあっ!? うう……ええっと、あの、そのう……そ、そうなんだ」
キャロルは不意を突かれて慌てた。
「うん。そうなの。だから……頑張ってね、キャロル」
「な、な、な、何を?」
思わずキャロルはどもってしまう。ジュエルは意地悪く見詰めている。
「勉強に決まってるじゃない。ふふっ」
「そ、そうだった、そうだった。……あ、あはははは」
もう笑うしかないキャロルだった。
そんな様子の可愛らしい彼女を見て、ジュエルは心から楽しそうにクスクス笑っている。




