なんなのさ、それ! What is it!
二人は練習部屋を後にした。師匠と弟子が、石畳の回廊を並んで歩いている。
「なんか、『火球』を覚える必要なかったみたいだなあ。あれ見ちゃったら」
キャロルが少し口を尖らせてそうボヤく。確かに、先程の『小麦粉爆弾』の威力を見てしまったら、同じような種類の効果をもたらす『火球』の呪文を苦労して修得する必要はないように彼女は感じてしまうのだ。
しかし、師匠は静かに首を振る。
「この方法は、射程が限られてますから。それに、少しでも風が吹くと粉が吹き飛ばされてしまいます。雨などの湿り気があってもダメです。だから、『火球』を確実に使えるようにしておいたほうがいいのですよ。でも、この方法だと罠にも使えます。部屋に粉を充満させておいて、敵が入ってきたら遠くから着火させれば……」
目をキラリと光らせながら告げるノエルに、弟子はしきりに感心している。
「ふうん。そういう使い方もできるんだ。やっぱり、お師匠様はすごいや。他の先生なんて、こんな事教えてくれませんよ」
「無理もありません。これは『科学』の知識ですから。キャロル、私はこの魔術アカデミーの中では、いわば異端者なんですよ。それでも、あなたは私が師匠で構いませんか? 事によると、あなたも白い目で見られるようになりますよ」
弟子を心配して問いかける師匠に、キャロルは待ってましたと言わんばかりに、いつも胸の内に秘めている想いを込めて声を張り上げた。
「私は、お師匠様一筋ですっ! 身も心も捧げますっ!!」
彼女は猪のように鼻息を荒げている。
その勢いにノエルはちょっと怯んだ。
「う……そんなに捧げる必要はないですよ。特に、身は捧げなくていいです」
「もう~、お師匠様あ~! つれないですう~!」
肩すかしを喰らった感じのキャロルだった。
自分を慕ってくれている、そんな弟子の様子に師匠は微笑んでいる。
「でも、ありがとう、キャロル。張り合いがありますよ。新しい知識を身につけたら、真っ先にあなたに見せてあげますね」
たちまちキャロルの顔が明るくなった。
彼女は立ち直りの早い性格らしい。
「はいっ!! お願いしますっ。ところで、お師匠様。しばらくはまだ、こっちにいるんですよね?」
「そのつもりではいますが。新しい本を手に入れましたから、勉強したいんですよ。それに書類仕事をしないといけませんしねえ……はあっ……」
勉強はともかく、あの書類の山は強敵だ。ノエルは溜息をついている。
「うふふっ。よかった(美味しいお店、見つけたんだよね~。誘っちゃおうっと)」
何やら計画を練っていたらしいキャロルだったが……
「それが終わったら、またすぐに出かけますが」
すました顔で告げるノエル。
「(ずるっ。この人は、もうっ……)」
一人空回りしてしまったキャロルだ。
まあ、ノエルに悪気は全く無いのだろう。
端から見ていると、キャロルの表情がめまぐるしく変わって面白いのだが、ノエルは彼女の心の真意がよくわかっていないようだ。そんな師匠が、ふと何か思いついたらしい。
「そうだ、キャロルも来ますか? ある街で知り合ったお嬢様が、家で勉強させてくれるんです。泊まりがけでも構わないそうですから。素晴らしい蔵書がたくさんあるんですよ」
今度はキャロルの片眉がピンとつり上がる。
みるみる険しい表情になってゆく。
「(『お嬢様』だあ~!? 『泊まりがけ』だあああ~!? なんなのさ、それ!) 行く。 絶対、行きますっ!! 這ってでも必ずついていきます。お師匠様の足にかじりついてでも行きます。逃げてもダメです」
キャロルが、怒りのような炎を瞳に宿して、ノエルを睨んでいる。彼は再び怯んだ。彼女が怒っているような感じはわかるのだが、なぜなのかは彼には全く理解できてない。
「う……這わなくてもいいんですが……そんな人と一緒に歩くと恥ずかしいですし……足にかじりつかれるのも嫌なんですけど……別に逃げたりしませんよ。おかしな人ですねえ。じゃあ、一緒に行きましょうか。弟子を連れてきてもいいそうですから」
キャロルは声のトーンを一段と低くして、ぶすっとした声でノエルを問い詰める。
「お師匠様。そのお嬢様って、きっと、すご~~く、美人なんですよね」
「おや、よくわかりますね」
「(ううっ、やっぱり)それで、年頃の若いお嬢様で、とってもお金持ち。性格も悪くない。いや、むしろそういう事を鼻にかけないような女性で、気だてが良くて、男から見たらすっごく魅力的。しかも今のところ婚約とか、将来を決められた相手がいるわけでもない」
「会った事があるのですか!? その通りですよ」
彼女の推測に、ノエルが驚いている。ジュエルはまさしく、彼女が言ったような感じの女性である。なんというか、こうした事に関するキャロルの嗅覚には、凄まじいものがある。『女の勘』というよりは、『野性の勘』という感じが……
「私、絶っっっっっっ対、行きますからっ! お師匠様が一人でこっそり出かけても、必ず捕まえますからねえええ~~っ!!」
ものすごい剣幕でキャロルが詰め寄ってくる。
ノエルはまたも怯んだ。
今日はこれで何度目だろう?
「べ……別に、黙って出ていきませんよ。一緒に行こうと言ってるじゃないですか。変な人ですねえ」
「約束ですよ! 指切りですっ!」
「なにもそこまで……」
「いいから、するっ!!」
有無を言わせない弟子の声。
「はい!?」
無理矢理小指をむんずと掴まれて、ブンブンと乱暴に指切りさせられたノエルであった。
「よしっと。じゃ、これで、お師匠様」
ようやく気が済んだらしく、ひとまず彼女は引き下がるようだ。
「はい、ではまた」
自室へ向かいかけたキャロルだったが、あまり行かないうちにくるりとノエルに振り返った。人差し指を振りかざしながら、ノエルに念を押す。
「指切りしたんですからねえ~。忘れたら承知しませんよ~!」
「ふうっ……はいはい」
溜息まじりに答えるノエルに、たちまちキャロルの叱責が飛ぶ。
「『はい』は一度っ!!」
「は、はい!?」
「よし」
それを確認すると、キャロルは肩をいからせながら、ズンズンと歩き去っていく。
「(ふうっ……なんなんでしょうかねえ。いきなり不機嫌になったみたいですが。おかしな人です。まあ、いつもの事ですかねえ)」
自分の事になると、ちょっと鈍いノエルだった。




