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一番弟子と師匠 Master and His First Pupil

 キャロルは魔術用の練習場へとノエルをつれてきた。大きな広間で、ここでアカデミーの生徒達は危険な魔術の練習ができるようになっている。今はちょうど空いており、キャロルとノエルの二人きりである。


弟子がようやくノエルの袖を離すと、その広間へ一人進み出る。


「見ててください、お師匠様。いきますから……」


 彼女は静かに精神を集中する。その瞳は半開きになり、目の前を見るともなしに眺めているようだ。一定の呼吸を規則正しく静かに繰り返している。魔術師として理想的な、高度な精神統一の姿だ。確かに、キャロルは格段に成長しているようだ。


《漂う塵となりし炎よ。我が願いに応え、寄り集まりて焼き尽くせ……ゲヘナ・ラ・トリク・バストロニーク、ケセ・モイ・パラルス、ス・タンガス・ドゥルバース! 》


 キャロルが呪文の詠唱を終えた。指先から小さな炎の塊が飛び出す。それは進むにつれてみるみる膨れあがり、キャロルの目算通りの地点で、大きく成長した炎の塊が爆発した。その爆風の熱気がノエルとキャロルの顔を撫で、髪をなびかせる。身体中を駆けめぐった魔力の、心地よい陶酔感の余韻を味わいながら、彼女はしばしたたずんでいる。



師匠がその様子を目の当たりにして、大きくうなずいて微笑んだ。


「見事です。キャロル。この期間で、しかも独力で、よくここまで達しましたね。あなたは確実に成長していますよ」


師匠の誉め言葉に、キャロルはノエルのほうをバッと振り向いて喜びに顔を輝かせる。


「でしょ、でしょ!! くうう~っ、お師匠様の、その言葉が聞きたかったっ!! でも、『火球』だけじゃないんですよ~。まだまだ新しいやつがあるんだから。『嵐の風』でしょ、『氷の刃』に、『瞬間移動』もできるようになったんですってばっ!!」


 指を折りながら、自分が新しく修得した呪文を数え上げるキャロル。自分が心から尊敬し、好いている師匠の賞賛の言葉を耳にして、うれしすぎて息を弾ませている。ノエルはにっこりと、静かにそんな弟子を見詰めている。


「よく頑張りましたね。やはり、『ライトニング・ボルト』ができるようになってから、魔術の修得が早くなったみたいですね」


ノエルの言葉に、うんうんと大きくうなずくキャロルである。まさにその通りだったのだ。


「そうそう、そうなんですよ。なんか、あれから急にできるようになってきて……って、お師匠様、なんでわかるんですか? 今までいなかったのに」


キャロルが不思議そうに首をひねる。まるでノエルは、その事が既にわかっていたみたいだ。



「キャロル。あなたの隠れている実力は、もうかなりのものです。それを引き出すための、少しばかりのコツを飲み込むまでが、あなたは時間がかかるようですね。だから、壁に行き当たると、そこで苦労します。でも、それを越えてしまうと、次の壁に出会うまでは、一気に駆け抜ける事ができるのです。私の『光の縄』を解くために必要だった、持続する高度な集中力は、それ以上のレベルの呪文全てに必要となる基礎です。それをあなたが修得できたのを見届けましたから、私は旅に出たのです。追い風に乗ったあなたを、私があれこれ言う事は、かえってあなたの成長の邪魔になると判断しました。どうやら、正しい判断だったようで、私としてもうれしいですね」


予想通り見事に成長を遂げた弟子を見て、師匠は静かに微笑んでいる。



「そうだったのかあ……。うんっ、さすがお師匠様。私の事、よくわかってくれてます。こういうのって、なんか、すごくうれしいなあ。お師匠様についてきて、やっぱり間違ってなかった」


 キャロルは、少し頬を赤らめている。普段の元気なキャロルも微笑ましいが、こうした様子の彼女も、年頃の娘といった風で、かわいらしい。ノエルは、にっこりと弟子を見守っている。



「そうだ。私も新しく知識を身につけましたから、修得した『火球』を見せてくれたお礼に、それを見せてあげましょう。キャロル、こっちへ。耳を塞いでいたほうがいいですよ。……では」


 キャロルは、ノエルに言われるまま耳を両手で塞いだ。ノエルは腰にある道具袋から、とある小袋を取り出して放り投げた。少し前方でその袋が床に落ちて割れ、白い噴煙が巻き上がる。ノエルは呪文の詠唱に入った。


《我が力、束ねて光の矢とならん……アスト・スラニク、ス・ケセ・パラロース!》


 ノエルの人差し指の先から、光の矢が放たれた。それは一直線に先程の白い靄へと飛んでゆく。……と、いきなり辺りに爆音がとどろいた。離れていても、キャロルの体中にビリビリとその衝撃が伝わってくる。弟子が目を丸くしている。


「な、何!? 何が起きたの? だって、お師匠様が唱えたのは、ただの『光の矢』だったはずなのに」


 『光の矢』は、術者の精神力をエネルギー状の小さな矢へと変換して、指先から目標物に飛ばす呪文である。最も初歩的な攻撃呪文で、キャロルも一番最初に修得した呪文だ。初心者の魔術師でも手軽に使える呪文なので、攻撃力もそれほどではないはずだ。しかし、今の爆発は?


「どうですか、キャロル? こういう方法を見つけてきました」

「お師匠様。あの白いのって、なんですか? あ、火薬だったんじゃあ……」

「いいえ、違います。あんな火薬だったら、怖くて持ち歩けませんよ」

「じゃ、じゃあ……」

「何だと思います、キャロル?」


 ノエルはうれしそうに弟子に尋ねる。まるで、新しく手に入れたオモチャを見せびらかして遊んでいる子供のようだ。彼のそんな様子を、久しぶりに目にしたキャロルであった。ノエルのこういう無邪気な所も、キャロルは好きだ。親友にそれを打ち明けても、『私には理解できない』と言われたが。


「う~ん、わかんないですよ、お師匠様。想像もつきません」

「あなたも、よく知ってるはずです。これを材料とした物を、毎日あなたは食べていますよ」

「た、食べてる!? 私が? こんな危ないモノ!?」

キャロルは、ますますわからなくなった。


「わかりませんかねえ。たぶん、毎朝食べてます。でも、あなたは寝坊する時がありますから、毎朝ではありませんか」


ニヤニヤと、ノエルは意地悪く笑っている。


「わからないですっ! ねえ、意地悪しないで、教えてくださいよう」

「どうしましょうかねえ? 明日にしましょうか」


こういう時は、かなり意地悪なノエルであった。

しかし、黙っている弟子ではない。


「もうっ、気になって今日眠れなくなるじゃないですかっ! 教えろっ、このっ!!」


 キャロルは、ノエルの胸ぐらを乱暴に掴んでゆさゆさと揺さぶっている。これも、アカデミーの他の師弟の間には見られない光景ではある。まあ、ノエルが比較的若い師匠という事もあるのだろう。いや、それ以上に彼女の性格という気がしないでもないが。


彼女の腕力のままに、頭を前後にガクガクと揺さぶられている師匠だった。


「うう、わかりました、わかりました。教えます、教えますよ……」


キャロルは手を離し、いたずらっぽく怖い顔をして、腰に手を当てて迫る。


「さあ、吐きなさい」


ようやく乱暴な弟子の手から解放されたノエルが、小さな溜息をつく。


「ふうっ……フフッ、『小麦粉』ですよ、ただの。パンの材料の」


ノエルはそんな事を言う。そして期待してキャロルの反応をうかがった。予想通り、彼女のとび色の目が唖然として丸くなった。


「こ、小麦粉~!? ホントに? からかってるんじゃないですよねえ?」

「からかってません。ホントです。ただの小麦粉なんです」


相変わらずのすました顔で、生真面目にノエルは答える。


「な、なんで小麦粉が爆発するの?」

キャロルは本当に戸惑っている様子だ。


「そういうものなのです。小麦粉に限らない事です。おがくずの粉のようなものでもいいんですよ。可燃性の細かい粉が高密度に舞い上がって、空気とよく混ざった状態になると、とても燃えやすくなるのです。燃えるというより、それを通り越して爆発する程の勢いになります。ですから、その状態にしてやった小麦粉に、ちょっとした火花を与えるだけで、さっきのような爆発を起こす事ができるんです」



 さすがに、魔術以外にも幅広い知識を求めるノエルならではと言えるだろう。魔術師としては、かなり変わった部類に入る人間である。そんな彼に対して、頭の堅い他の魔術師からの風当たりは強いが。

(注:良い子は真似をしてはいけません。普通の子も、悪い子も、大人もじいさんもばあさんも、真似しちゃダメ!)


「へえ……そうだったんだ。すごい、すごいよ、お師匠様っ!!」

「ふふっ、ありがとうございます」


ノエルはちょっと誇らしげだ。

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