事務書類 Office Documents
<このエピソードは、ライル達が宿命の闘いを終えた後の話になります>
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大きな闘いを終えた後、新しい本の数々を入手したノエルは、真っ直ぐ魔術アカデミーへと帰る事にした。その本達で集中して勉強したかったし、弟子の様子も気にかかっていた。それに……アカデミーへ提出しなければならないはずの事務書類が、山のように貯まっているはずなのだ。
彼はとりあえず、事務書類の事は頭の片隅に追いやって、『瞬間移動』の呪文でアカデミーの自室へと身を運んだ。
「よし……と」
首尾良く『瞬間移動』を成功させ、アカデミーの自室にたたずむノエル。
まずは部屋の様子をぐるりと確認する。
物の配置には何も変わりはないようだ。積もっているホコリは厚くなっているが。ひとまず安心して、今度は少し心の用意をした後、一番見たくない箇所に目を向ける。ドアの方だ。
「はあっ……」
思わず腹の底から大きな溜息をつき、一人肩を落としてがっくりするノエルであった。
彼の予想通り、山のような書類や封筒がごちゃごちゃとドアの前の床に積み重なっている。ドアには郵便物などを入れる細長い口が開いており、そこから次々にノエルの部屋へ押し込まれたものなのだ。まだ下へ落ちきらない封筒が、まるで彼に向かってドアがぺろりと舌を出して、からかっているようにぶら下がっている。
元々、ドアに書類用の受けカゴが取り付けてあったのだが、ノエルがあまりにも放置しておくものだから、すぐに満杯になってしまい、次の書類が外から入れられないと苦情がきたため、それを取り外してしまっている。それでこういう状態になってしまうのだ。
それを見てしまった後も、彼はしばし視線をわざと他へさまよわせていたが、やがて覚悟を決めてドアの方へ向かう。床に転がる封筒をのろのろと拾い上げるノエルだったが、思わず独り言が漏れてしまう。
「全く……押し込んでおけばいいというものでもないでしょうに。つまらない事ばかりが大半なのですから。事務の人が適当にやっておけばいいんですよ、こんなの。サインだけ必要だったら、アカデミーで書き真似の上手な盗賊でも一人雇っておけばいいんです。そうすれば、みんな楽になるはずです」
かなり無茶な事を真剣に考えながら、ボヤいているノエルだった。彼のこの提案がアカデミーに採用される事など絶対にないだろう。
まあ、来期の研究費申請書や、今年度の研究費の使用用途報告書などは仕方ない、と彼は思う。しかし、その他の大半は……ノエルの収入に関する税務処理の書類、アカデミー施設の拡充に関する意見調書、図書室の一部一般開放に対する反対署名の書類、懇親会の希望場所の回覧板、呪文用の触媒を扱う業者からの安売りセールのチラシ、与えられているこの部屋の更新手続き書などなど。
これらはノエルにとって、うんざりする書類なのだった。だから彼は、出世などはしたくないと思っている。こうしたくだらない書類が益々大量に押しつけられる事になるからだ。
彼にとって、こうした書類仕事で潰される時間ほど、人生で最も価値がなく、くだらないと思える時間はない。だから、いつも期限ギリギリまで放っておく。時には期限が過ぎても放っておく書類もある。それでも、その半分以上はもう催促など来ないのだ。いかに意味のない書類を押しつけられている事か。彼の気持ちと態度がわからないでもない。何度も催促される書類が、ある程度貯まってきたら、まとめて一気に片づけてしまうというやり方で、渋々こなしている。
(だから、事務の人達にはノエルの評判は悪い。彼らにとって重要な書類に関しては、それを見越して、ノエルに対してはかなり早くから催促をかけたり、期限をわざと早くしておく事を、まず新人に教えておくそうだ。う~ん、敵もさるものですな)
ボヤきながら、ゴソゴソと書類を分類していくノエルだったが、その気配にいち早く気づいた者がいたらしい。コンコンと、ドアをノックする音がする。
「(事務の人じゃないでしょうねえ)」
思わず、居留守を使ってしまおうかという考えが浮かんだノエルだったが、さらに大きくドアをノックする音がする。このせわしない叩き方をする人間は、彼は一人しか心当たりがない。それは事務の人々ではなかった。
ひとまずほっと胸を撫で下ろし、ドアの前でジリジリと待っているに違いない人物のために、ノエルは微笑みながらドアを開ける。たちまち元気な若々しい女性の声が部屋中に響き渡った。
「おかえりなさいっ、お師匠様っ!! もう、待ちくたびれましたよ~」
予想通り、それはやはり『ノエルの一番弟子 (自称)』、キャロルであった。師匠が戻ってきた気配を、誰よりもいち早く嗅ぎ付けてきたらしい。再会した師匠に向けて、彼女は輝かんばかりの笑顔で迎えてくれる。
相変わらず『元気なのだけがとりえ』と、自他共に認めるだけの事はあるキャロルだ。ノエルは、何かと押しの強い彼女には少々苦手意識を感じてしまう事もあるのだが、こうした温かい明るい出迎えには本当に救われる感じがする。
「ただいま、キャロル。随分お待たせしました。ちゃんと勉強は進んでますか?」
師匠の問いに、キャロルは癖のあるその前髪をさっと片手で跳ね上げて手を腰に当てる。自信満々といった感じである。
「フッ……。一番弟子をなめないでください、お師匠様。んも~う、バッチリなんですからっ!! ささっ、早く早く! 見せてあげたくて、今か今かと待ってたんですよっ!」
師匠の袖口をむんずと掴むと、弟子はずいずいと強引に引っ張ってゆく。
「ちょ、ちょっと、待ちなさい、キャロル……」
そんな二人に廊下ですれ違う人々は、久しぶりながらも相変わらずの師弟の様子を目にして、クスクスと笑う。ここでは普通、威厳ある重々しい態度の師匠の後ろから、弟子がしずしずとついていくという姿が一般的なのだ。ノエルはやはり恥ずかしいのだが、キャロルは全く気にしていない。というか、周りの好奇の視線に気づいていないのか? 彼女はどうやら一つの事に頭が一杯になると、周りが見えなくなるタイプらしい。
弟子は抵抗する師匠を力任せに引っ張って、アカデミーのある部屋へと一心にずんずん歩いてゆく。




