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煌く想い Twinkling Hearts

旅立つ支度を整えた一行と、それを街外れまで一人見送りに来ているジュエルの姿がある。



 ダミアンは裁判にかけられ、罪人として投獄された。ダミアンの息のかかった貴族達も数々いたが、彼らはダミアンの肩を持つ事はなかった。自らの保身のためだ。そんな変わり身の早い者達に、敢えて目をつぶってオーウェン侯爵は政治的な改革に乗り出している。弱みを握られているので、反対派の抵抗も少なく、順調に進められているようだ。


 軍部は穏健派のロイド将軍が陣頭指揮をとり、再び良識的な組織へと様変わりしている。むやみな戦争をできるだけ避けて、ダミアンによってダメージを受けたこの地方の内部を整えることに専念しているという。


 先日、奇妙な事件が起こったそうだ。投獄されているダミアンが、何者かによって殺されたのだ。看守達も含めて、大型の獣によるような傷を受けて亡くなっていた。死ぬ間際のそうした看守の口から、「真っ黒い、獣が……」という言葉が。手がかりはそれだけであった。結局、この事件は迷宮入りしたが、ダミアンの死を悼む者は一人もいなかったようだ。おそらくは、サカムビットの手による者に抹殺されたのであろう。


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 ジュエルは、にこやかに一同を見渡している。本当に、この人達に会えてよかったと、つくづく彼女は思うのだ。このような気持ちのよい人達に、彼女は初めて出会ったのだ。もしもダミアンが陰謀をしかけてこなかったら、自分は彼らに出会う事などなかったかもしれない。そんな気がしてしまうジュエルだった。全ては、どこかにおわす神の導きなのかもしれない。人の出会いとは、不思議なものだ。



「ありがとう、皆さん。皆さんの事、私、絶対に忘れません。忘れようにも、あなた達はもう、私の胸にしっかり焼き付いてしまってるもの。本当に、ありがとう」


 にこやかに礼を告げるジュエルに、ライルは彼女が皆にそれぞれ持たせてくれた金貨の詰まった小袋をポンと叩いて告げる。


「何、こんなにたんまりとお礼をもらったんだ。こっちこそ助かったぜ。ジュエル、達者でな。またきっと会う時もあるだろうさ」


 屈託無く笑いかけ、ライルはそのごつい手をジュエルに差し出す。ジュエルもにっこりとして、その柔らかな手でライルと握手を交わす。



「ライル……ふふっ。本当に結婚しておけばよかったかなあ?」


いたずらっぽくライルの顔を覗き込むジュエルであった。


「ジュエルなら、俺はいつでもOKだぜ」


間髪入れずそう答えて、ニヤリと笑うライル。

ティナとアリアが怖い顔をしている。


「何言ってるの~、ライルっ! 悪ノリするんじゃない!!」

「そうですよ、ライルっ!」

「い、いててててっ」


 ティナとアリアが、これでもかとライルの耳を左右からひねり上げている。ジュエルはそんな三人を見て、クスクスと笑っている。



「……なんか、ダメみたいね。しょうがない、あきらめるか。ギリアム、ノエル、お世話になりました」


「うむ、達者でな。お前さんが持たせてくれた酒が、楽しみでならんぞ」


「またギリアムが立ち寄った時には、もっとたくさんあげるから」


「それはまた、楽しみだわい。ぜひ立ち寄らせてもらうぞ」


ギリアムは、本当に楽しみにしている様子だ。



「ノエルも修行、頑張ってね」

「はい。ジュエルさんに頂いた呪文書で、更に腕に磨きをかけますよ」


「まだまだありますから。よろしかったら、今度はしばらくこちらに滞在して勉強していってください」


ジュエルの提案に、ノエルは目を輝かせている。


「いいですね、それ。いつか、弟子を連れてお邪魔するかもしれません。その時は、よろしくお願い致します」


「任せてください。何人でも大丈夫ですから」




 にこやかに、ジュエルはティナとアリアにも声をかけてゆく。ジュエルは本当に気さくで、話しぶりも態度も、少しもお嬢様らしく思えない。まるで、心の通じ合った古くからの友人達と楽しげにおしゃべりしている感じがする。


やがて、そんなジュエルがホークスの前に立った。


急に寂しげな光をその瞳に灯すジュエルであった。


「ホークス……」

「ジュエル……」



無言でじっと見つめ合う二人を残して、そっとその場を離れる一同であった。


---------------------------------------------



「ジュエル。お前がよければ、俺は……」


言いかけるホークスのその口を、ジュエルがそっと指を当てて塞ぐ。


「それ以上は言わないで。きっと、涙が止まらなくなるから……ありがとう。あの夜の事は、私、忘れない。あなたには、夢があるんでしょ? お師匠様を超えるという夢が。だから……」



 彼女は言葉を切り、悲しげに目を伏せた。やがて必ず来るこの時を予感して、何度も自分の心に問いかけた。そして、自分の取るべき道がはっきりと見えた。けれども今、やはりもう一つの道が彼女の心を揺り動かしていた。


 しかしやがて、ジュエルは再び心を決めて真っ直ぐにホークスの瞳を見詰める。彼女のその瞳は深い悲哀に満ちていた……しかし同時に、決して消える事の無い美しい光をも宿していた。



「だから……あなたは、あなたの道を生きて。私は、私の道を生きる。あなたが私に示してくれた道を」



 彼女は潤んだ眼差しをホークスに投げかける。限りなく切ない想いに満ちたその眼差しを受け止める男の瞳には、ひたむきな情熱が宿っている。うめくように、ホークスは彼女にそっと、胸に滾るその想いを告げる。


「ジュエル……愛してる」


 その言葉を耳にしたジュエルの瞳から、キラキラと涙が零れ落ちる。涙しながら彼女はホークスを見上げ、自分の胸にある真実の想いをそっと囁く。


「愛してます……心から……ホークス……」



 魅入られたように、ホークスはジュエルに唇を重ねた。そして、きつくジュエルを抱きしめる。ジュエルも腕をホークスの背中に回して、その想いを込めてしがみついた。



彼女は、この一瞬が永遠に続いて欲しいと思った。

このまま死にたいとさえ思えた……

それが叶わぬ事と知りながら。


彼女の閉じた両目から、熱い涙が溢れ出してくる。




やがて、お互いそっと身を離し、二人は別れを告げた。


男は、一度も振り向かず歩み去ってゆく。

女は、男に背を向けたまま、うつむいてその場に立ちつくしている。


ホークスの気配が、彼女の背後で確実に遠ざかってゆく。

ジュエルは天を仰いだ。


やがて、彼の気配が全く感じられなくなった。


空を見上げたまま、彼女の瞳からは後から後から涙が溢れ出してきて、止める事ができなかった……

 


 しかし、ジュエルは唇を噛みしめると、振り返る事なく自分の在るべき場所へと戻っていった。もし、一度でも振り返ったなら、遠ざかってゆくホークスの姿を目にしてしまったなら、自分は全てを捨てて彼の後を追ってしまう事がわかっていた。



「(でも、それは私には許されない。彼の選んでいた道、そして私が選んだ道が違っていた……それは、もう二度と再び交わる事のない道。でも、私の道を指し示してくれたのは、他ならぬ彼……そしてそれが、自分の為すべき事だと心から悟った私が、私の中にいる。それに応える事、自分にできる事をすることが、彼のくれた真摯な想いに報いること。それが、私が私であるために必要な事………)」



 道行く人々が振り返る中、溢れ出す涙を拭おうともせず、その瞳に輝く意志の力を宿して、彼女は風のように通りを歩み去っていった。



---------------------------------------------



 後から仲間達に追いついてきたホークスは、じっと黙り込んで歩いている。誰かが声をかけても、上の空の短い返事しか返ってこない。一同が、このような様子のホークスを目にしたのは初めての事であった。いつもは軽口や冗談で人をからかいながら、賑やかにおどけているはずのホークスである。


他の者は、そんな様子のホークスをそっとしておいてやった。 



 その日、一行は野宿した。ホークスは一人離れて、岩場に腰を下ろして星を眺めている。そんなホークスに、ティナがそっと近寄ってきた。ホークスの傍らにティナが並んで座り、同じように星を眺めている。やがて、彼女が静かに口を開いた。


「本当に、これでいいの、ホークス?」


夜空を見詰めたまま、盗賊がそっと口を開く。


「いいんだ。これでいい……ジュエルとは、住む世界が違いすぎる。始まる前から、終わってたのさ」



 ティナが、傍らのホークスをそっとうかがう。冷たい月明かりに照らし出されたホークスの顔は青白く、遙か彼方を見詰めている。その視線は星々よりも遠く越えて、その先に広がる無限の深淵を見据えているかのようであった。ティナは少し、切ない感じがした。


「そんなの、関係ないと思うけど」


ホークスは虚空を見詰めたまま、微かに首を振った。


「ジュエルの力を必要としてる人々がいる。あいつは、それを見捨てる事なんてできねえさ。きっとな。だから……これでいいんだ」


「……そっか」


彼方を見詰めていたホークスが、初めて視線を落としてうつむいた。



「何、こんな薄汚ねえ卑しい盗賊なんぞより、今にきっと、世間様に胸を張ってる立派な男が、ジュエルの前に現れる……それで俺の事は胸から消えて、おしまいさ」



女は、綺麗な星空を見詰めながら、そっと自分の膝を抱えて静かに首を振る。


「ううん、そんな事ない。彼女は、あなたの事をきっと忘れられない。他にどれだけ好きな人が現れても。……女って、そういうものよ」


ティナが、そっと囁く。盗賊は再び視線を夜空に移す。


「そんなもんかねえ……」

「そういうものなの」

「ふうん……」



 二人は、瞬く星々を遠く遠く見詰めていた。この世にはあの星々の数ほど、無数に恋が生まれ、そして消えてゆく。今終わりを告げたこの盗賊と良家の娘の恋も、その一つに過ぎないのかもしれない。


ホークスとティナの頭上で、流れ星が一筋、一瞬の美しい煌めきを残して、夜空に消えていった。


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 その後、ジュエルはその資産を投じて、無料の学校・病院、それに孤児院などを造り、社会的弱者の支援に努める。ゆくゆくは何年か後、ジュエルはヘボ釣り師の医者フォレス、修道女のシャリーに頼み込み、二人にその病院で医療活動を行ってもらう事になる。


 そして、ジュエルは自ら孤児達の母親がわりに、日々を過ごすようになる。彼女の屈託の無い、分け隔てなく親しみやすい性格は、街の人々から慕われるようになってゆく。やがて彼女は、心ある若者と皆に祝福されながら結婚することになる。ライルが言ったとおり、素敵な人々に囲まれて、歳を重ねてゆくジュエル。



 しかし彼女は時折夜空を見上げて、自分にとって大切な思い出をくれた、飄々とした盗賊の事を思い出す。そして、母のくれたナイフをあちこちいじっている、寂しげな少年の姿を思い浮かべる。



 その彼女の瞳は、優しく、懐かしげに、

そしてどこか少し寂しそうに、月明かりに煌めいていた。




~~~~第九話【婚約者は】終幕~~~~


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第九話は、男女の恋模様を描きました。


実らない定めの恋。

終わりを告げた一つの恋がもたらす、魂の輝きをテーマにしたエピソードでした。

その魂の輝きが、多くの人々に支えを与える事になってゆく。

そんなイメージを形にしてみました。



次回は番外編【師弟】です。


元気な「ノエルの一番弟子(自称)」が登場します。

【婚約者は】の後に続くエピソードになります。

時間的には、ライル達が宿命の闘いを終えた後の話となります。


大きな闘いを終え、魔術アカデミーに帰ってきたノエルは、ジュエルとの約束通り、弟子を連れてハーディー家へ勉強をしに訪れるんですけど……


軽めなノリのラブコメ&「水戸○門」的な感じのストーリー展開でやってみました。


どうぞ、お楽しみに!

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