ガイアの最期 Gaia's End
その日の夕方、ハーディー家の豪華な客室でゆったりとする一同の姿がある。
見せかけの婚礼のために用意されたケーキが、今は一同の紅茶のお供として出されている。一流のパティシエによるその逸品に、舌鼓を打って話が盛り上がっているようだ。女性陣は甘いものには目がキラキラと輝いている。甘いのは苦手だと公言しているギリアムですら、相変わらずの渋面を作りながらも、う~むとうなって、大きくうなずいている様子だ。
ジュエルの顔は、晴れやかだった。輝かんばかりの喜びに満ちた笑顔が溢れている。それは、信じられない活躍を見事に成し遂げてくれた、この六人の一行に向けられていた。ホークスに対してだけは、どこか特別な輝きがあるような気がするが。
話が一段落した所で、ホークスが席を立ち、ジュエルの所に近づいてくる。彼のケーキの皿は、ほとんど手がつけられていなかった。そう言えば、勝利を喜ぶこうした祝いの場こそ、大袈裟におどけて冗談で皆を笑わせているはずのホークスなのだが、表情が硬い。
ジュエルはそんな彼の様子に気づいてはいたのだが、獅子奮迅の活躍をした後で、ちょっと疲れているのだろうと思った。彼には、いくら感謝の言葉を重ねても足りないくらいだ。でも、疲れているならそっとしておいてあげたほうがいいかな、などと考えていた。
そんなジュエルに、ホークスは曇った顔をして近づいてくる。その気配を感じ取った他の者達は素早く目を見合わせた。ライル達の表情も、なぜか真面目なものになり、会話はなりをひそめてしまった。何かが、彼らの胸の内に隠されているようだ。
「ジュエル……話があるんだ」
彼女は、とびきりの笑顔で彼を迎えた。
うれしさにその声は弾んでいる。
「何? ホークス。冗談だったら、もう間に合ってるから。さっきの大芝居、全部が冗談みたいなもんじゃない? ふふっ」
「いや……そうじゃねえんだ」
ホークスは、確かにどこかつらそうな感じでジュエルに告げる。そのような様子の彼に、ジュエルの顔が心配でかげった。そして、彼をいたわる優しげな微笑みを浮かべて告げる。
「ごめんなさい。疲れてるみたいね、ホークス。ホントにありがとう。今、あなたがゆっくりできるお部屋を用意するから」
そう言って、執事を呼ぼうと立ち上がったジュエルに、ホークスは唇を噛みしめて告げた。
「ジュエル……ガイアは死んだ。お前に、『いい女になれ』と、伝えてくれと最期に頼まれた」
衝撃の言葉に、たちまち彼女の微笑みは消え去った。
「え……なに? ガイアおじさんが、どうしたっていうの?」
「お前の『ガイアおじさん』は、もうこの世にはいねえんだ。すまねえ、ジュエル。止める間もなかったんだ」
彼女はただ、ホークスの言葉に呆然と耳を傾けるしかなかった。
---------------------------------------------
それは、昨夜の出来事だった。
アリア、ジュエルを屋敷に残し、他の者達はガイア達旧盗賊ギルド勢、ロイド将軍の腕利きの部下達と共に、ダミアンの裏組織本部アジトへの奇襲を行った。裏組織幹部クラスの捕縛、それが不可能なほど激しい抵抗を受けた場合には、斬り捨ててアジトを壊滅させるのが目的だ。別の場所ではロイド将軍自ら指揮をして、『霧の華』の受け渡し現場の取り押さえと、軍部急進派バッカス将校の捕縛にあたっている。
ライル達とガイアは、そのアジトの抜け道から潜入する。本来は、何かあった時の場合にアジトからの脱出口となる秘密の抜け道だ。ホークスが刺客に変装して潜入した時、彼は抜け目無くアジトの構造を隅々まで調べあげていた。もう一方の、通常の出入り口の方には、奇襲の主力となるロイドの部下達を、ガイアの腹心の部下達が導いている。
ライル達の役割は、表の奇襲の主力部隊に裏組織の者達が気をとられている隙に、背後からさらに効果的な奇襲をかけ、幹部達を捕縛するための少数精鋭の遊撃隊としての役割を任されている。さらには、大量の火薬まで携えてきており、アジトのあちこちで爆破活動を行う予定だ。こうして浮き足立つ敵を一網打尽にする手はずだ。
その計画は、見事に功を奏した……はずだった。
一つの誤算は、表の主力部隊の攻撃をかいくぐって、一人の男が一番近くの支部のアジトへ応援を頼んだ事だった。そしてもう一つは、裏組織本部の面々の戦闘能力が高かった事だ。この結果、奇襲の主力となったロイド、ガイアの部下達はかなりの苦戦を強いられてしまった。
ライル達とガイアは、裏側からの潜入に成功し、何人かの幹部達を捕縛してアジトに首尾良く火薬をしかけて導火線に火を移すことができたが、騒然とする表側に異変を感じて抜け道から外へ出て、捕縛した者達を転がしておき、直ぐさま表側に回って加勢する。混戦状態が続いていたが、ライル達の加勢によって一気に均衡が破れた。
裏組織の者達はひとまずアジトに退却すると、今度は大砲を持ち出してきた!
不意を突かれたロイドの部下達の一部が大砲によって吹き飛ばされてしまう。先程仕掛けた火薬が爆発するまでには、まだ時間がかかる。その間、こちらの被害がさらに大きくなってしまうだろう。砲撃の着弾によっては、こちらの手勢が総崩れになる可能性がある。
「くそったれ! あんなモンまであったとは……見落としてた。俺のミスだ」
アジトに潜入して調べを行ったホークスは、唇を噛みしめている。彼は今、アジト近くの窪地を見つけて身を伏せている。その窪地には、彼の他にもう一人砲撃を避けるために身を伏せている男がいた。ガイアである。
この旧盗賊ギルドの長は、残る火薬を詰め込んだ袋を肩にかけて、ホークスの隣にいる。ダミアンに囚われ、片目をつぶされ、両手は手首の所から失った壮年の盗賊だ。その残る右目がキラリと光る。
「ここは我慢するしかねえ。何、お前のせいじゃねえ。これは、俺が招いた事だ。ダミアンのクソ野郎をくい止める事ができなかった、俺の責任だ。お前はよくやったぜ、若僧。フフッ、お前を見てると、俺の若い頃を思い出すぜ。……おい、すまねえが、葉巻を取ってくれねえか? ついでに火を頼む」
「ちっ……こんな時に、よくのんびりしてられやがる。あんたの神経の図太さには、敬意を覚えるぜ」
ボヤきながらも、ガイアの袋から葉巻を取り出して、その片方の端を吸い口のために切り取る。手の無いガイアのために葉巻を口にくわえさせてやり、盗賊特製のマッチで火をつけてやる。火薬の成分が混じっており、風に強いマッチだ。
ガイアは、心底うまそうにその葉巻を吸う。ふうっと紫煙をくゆらせると、その側を砲撃がかすめてゆく。しかし、全くガイアは気にしていない。
彼は仰向けになって、美しい夜空を眺めていた。
無数に煌めく、小さな命達の輝きのような星空を。
そして葉巻をくわえたまま、ホークスに告げた。
「若僧……お前が流れ者だって事は承知している。その上で、お前に頼む。ジュエルを支えてやってくれ。普段は明るく振る舞っちゃいるが、あいつは本当は寂しがり屋だ。子供の頃から、そうだった。父親のランドルが構ってくれない時でも、聞き分けのよい振りをして笑って引き下がってた。しかし、裏で泣いてた女の子だった。今この時は、あいつにはお前の力が必要だ。頼む。ジュエルに伝えてくれ。『いい女になれ』ってな」
言い残してガイアはバッと身を起こすと、爆薬を詰め込んだ袋を両腕に抱え、その導火線に葉巻から火を移して、激しい砲撃を行っているアジト目がけて突進してゆく!
「ガイアっ!!」
ホークスがとめる間もなかった。
辺りに凄まじい爆音がとどろく。そしてそれに呼応して先程しかけた爆薬が次々と爆音を立ててゆく。ガイアは、ダミアンの裏組織にとどめを刺した。自らの命と引き替えに……
ホークスが拳を地に叩きつける。
そしてバッと立ち上がって、天に向かって吼えた。
「くそっ、くそったれ! なんで、生きるべき人間が死なねえといけねえんだっ!? なんで、死んでもいい奴等がゴロゴロ生きてやがるんだっ!! 神さんよ……神さんよっ!! あんたは一体、どこで何をしてやがるっ!!!!」
怒りに満ちたホークスのその問いに、答えられる者は誰もいなかった。
多分、世界中の人間をこの場に集めたとしても、誰一人答えられる者はいないだろう。
---------------------------------------------
ホークスが全てを語り終えた。
この話は、ダミアンの逮捕を終えるまでは彼女には伏せておこうと、皆は話し合っていたのだ。もしも、あの結婚劇の前に知らされていたなら、ジュエルはどうなっていた事か。一同の、悲しい思いやりであった。
ジュエルは、放心して立ちつくしている。ぐらりと、彼女の身体が揺れた。信じられなかった……ガイアおじさんには、つい数日前に再会を果たしたばかりだった。ダミアンによって左目と両手を奪われてはいたが、子供の頃に遊んでくれた、あの頃のままの温かいガイアであった。泣きながら抱きついた自分を、しっかりと受け止めてくれた……
彼女の胸に、思わず子供の頃の事が鮮やかに浮かぶ。
---------------------------------------------
『よう、ジュエル嬢ちゃん。どうかしたのかい?』
尋ねるガイアに、子供のジュエルはごしごしと目元の涙をこすって見上げる。
『ううん、なんでもないのよ、ガイアおじさん』
小さなジュエルは無理矢理笑って答える。
それを見て盗賊ガイアに、優しげな微笑みが浮かんだ。
『……そうか。ならよ、おじさんと遊んでくれねえか? おじさんもよ、今ジュエルの父ちゃんが急に忙しくなって、構ってくれなくなっちまってなあ。ちょっと寂しいんだ』
『(ガイアおじさん……私と同じだ)うん、いいよ!』
『よし、何して遊ぶかなあ?』
『前やった手品見せて! 今度は絶対、見破ってやるんだからっ!』
『はははっ、よしきた! んじゃあ、いくぜ。目ん玉よっく開いておけよ』
『うんっ! 早く、早くっ!』
---------------------------------------------
あの、優しいガイアおじさんが……
寂しかった私の心を見抜いて、楽しく遊んでくれたガイアおじさんが……
足元のもつれたジュエルを、ホークスが彼女の肩をしっかりと抱いて支えてやる。
「ちょっと、ジュエルを部屋へつれていく」
そう告げるホークスに、ティナとアリアは顔を見合わせてうなずく。
「うん……そうしてあげて。私達はちょっと場所を変えて、これからの後始末の事を決めておくから。街の酒場にでも行ってる」
「ああ、頼む。俺もあとから合流する」
アリアは静かにきっぱりと首を振る。
「いいえ、ホークス様。それには及びません。ジュエルさんをお願いします」
「そうか。じゃ、すまねえが、そっちのほうは頼む」
「私達に任せといて。今は、ジュエルの側に居てあげて」
「ああ」
部屋を出る二人を見送って、なぜか女性陣は他の者達をせきたてるように、屋敷を後にするのであった。




