結婚劇! Wedding Play!
本日、日和の良いこの日に、ワインベルグ家長男ダミアンと、ハーディー家の一人娘、ジュエルとの結婚式が盛大に開かれる事となっていた。もう間もなく、この街一番の教会で二人は正式に夫婦として結ばれるはずだ。正装した各界の参加者達は、もうぎっしりと大聖堂に顔を揃えている。
ジュエルの婚約者であったライルの葬式から、まだ一週間足らずである。電撃結婚の知らせは、またも人々の話題をさらっていた。
悲しみにくれるジュエルは、ダミアンの心優しい支えに、身を預ける決意をしたそうだ。早く前の婚約者の事を忘れたいという彼女の要望を受け、ダミアンは全力をあげて結婚式を急いだらしい。様々に降りかかる膨大な手続きに忙殺されつつも、ダミアンは寝る間も惜しんでそれを遂行したそうだ。人々は、そんなダミアンの愛情深さを褒めそやす。彼は、ジュエルが心変わりをする前に、全て事を運んでしまおうというだけの心づもりであったのだが。
ダミアンは思う……全て計画通りに進んでいると。
「(あの刺客に、特別に報酬を与えてやってもいいか)」
そんな事まで考えている。
ライルという馬鹿な男を見事に暗殺してくれた、あの刺客に。
「(全ての準備が整った……いよいよだ。これで、この地方は俺のものになる。だが、まだだ……これは足がかりに過ぎない。あのサカムビットも越えてやる。『霧の華』を奴から奪って俺が独占してやる。もっと俺はでかくなる。もっとだ)」
立派に正装した新郎は、花嫁を迎える祭壇へ向かって歩を進みはじめる。それは彼にとって、勝利への一歩一歩だった。
その一歩ごとに、自分の命運が尽きる時へと近づいている事を、彼は知るよしもない。
---------------------------------------------
婚礼の儀式が始まった。まずはダミアンが登場し、祭壇の前に立つ。
そして、華やかな純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁が登場した。その美しさに、人々が息を飲む音が聞こえてきそうだ。アリアが花嫁の手をひいて、ダミアンの待つ祭壇へと静かに歩を進める。とうとう、ジュエルはダミアンの隣に並んだ。
神父が夫婦のあるべき道を説く。そして、誓いの言葉をうながした。
『汝、ワインベルグ家長男、ダミアンよ。この者を妻として、病める時も苦しむ時も、共に支え合い、変わらぬ永遠の愛を神に誓うか?』
「誓います」
きっぱりとダミアンは告げる。
『汝、ハーディー家長女、ジュエルよ。この者を夫として、病める時も苦しむ時も、共に支え合い、永遠の変わらぬ愛を神に誓うか?』
ジュエルが叫ぶ。
「いいえ。死んでもイヤっ! 神よ、この汚い男に正義の怒りを!!」
神父は目を丸くする。ダミアンも驚きに目を見開くが、たちまち瞳に怒りの炎が燃え上がる。彼がジュエルに掴みかかろうとした、その時。
上空から鋭い音を立てて飛んできた一本の短剣が、ダミアンの右腕に突き立った!
『もう年貢の収め時だ、ダミアン!! 全て調べはついている』
どこからか、ホークスの声が響き渡る。
そして教会の入り口の方から、男の大声がとどろいた。
「そういう事だ。お前に殺された男が、今、地獄から戻って来たぜっ! 俺はジュエルの婚約者、ライルだ!! お前の差し向けた、この汚い暗殺者に殺されたはずの男だ!」
大聖堂の一同がその声に振り向くと、先日葬儀を行ったはずのライルが、仁王立ちになっている。そして肩に抱え上げている縛り上げられた男を、皆の目の前にどさりと転がした。それはまさしく、ライルの命を狙った刺客だった。
「それだけではありません! 皆さん、先日私を誘拐しようとした男達は、このダミアンの差し金だったのですっ!! 私の父の遺産を狙った、この男の汚い陰謀だったのです!!」
声高く叫ぶジュエルの声。一同、またも振り向いて今度は祭壇の方に向き直る。見ると、顔の周りを覆うケープを投げ捨てた花嫁が、キッと花婿を睨みつけていた。
ダミアンの瞳に、殺気に満ちた怒りの火花が燃え上がった。しかしたちまち、無理矢理それを消し去り、右腕に突き立った短剣をぐいと引き抜いて床に叩きつける。
「一体、なんの事だかわからないな。そこの床に転がっている男など、私は会った事もない。それよりも、ライルという男の偽の葬儀を開いたお前こそ何だ? なんの真似だ、ジュエル? お前こそ、この私を陥れようとしている、とんだ女狐だ! このワインベルグ家の実力に嫉妬した、狂った女のたわ言だっ!! 皆さん、だまされないで下さい!! とんだ茶番劇だっ!! この神の目の前に誓って、私は何もやましい事などしていない! 全て、この女の汚い陰謀だ!」
大聖堂の聴衆のざわめきが収まらない。混乱した一同は、お互い顔を見合わせたり、入り口に立つライルや、祭壇で対峙している花婿と花嫁を交互に見やっては、口々に話し合っている。
「そこまでだ、ダミアン! お前が麻薬、『霧の華』を売りさばいていた動かぬ証拠を我々は既に押さえている。お前の裏組織は既に壊滅し、幹部達を捕縛しているのだ! もう、お前に対する評議会の決議も決まっている。これが、お前を麻薬売買を中心的に行った罪人として処分する決議書だっ!!」
その叫び声に一同が振り向くと、大聖堂の群集の中から、ロマンスグレーの立派な髭をたくわえた貴族の男が立ち上がり、男の言う評議会の決議書を高々と広げて掲げていた。それはこの地方の政治的な中心を担う評議会の委員長、故ハーディー家ランドル伯と親交の深かった、オーウェン侯爵だった。オーウェンは一行と協調して、ダミアンの失墜に向けて政治的な勢力の取りまとめを成功させたのだ。
教会の入り口から、新たに勇ましい男の声がする。
「ダミアン!! バッカスは洗いざらい白状しているのだぞ! お前と手を組んで、麻薬輸送に中心的に関与した、国を守るべき軍部としてあるまじき背徳の罪によって、バッカス将校は既に投獄されている。観念するのだ!」
雄々しく告げるその声は、良識的な人として知られた軍部穏健派のロイド将軍だ。男として充実を遂げ、円熟味を増した壮年の将軍は、若い部下達を従えてダミアンの捕縛に出向いてきていた。ライルと共に、武装したロイドの部下達がダミアンを逮捕すべく、祭壇へゆっくりと近づいてくる。
こうした水面下で劇的に行われた事柄を、ダミアンは全く気づく事ができなかった。それは一つには、こうした展開が全て秘密裏に行われた事、そしてその迅速さにある。実は、ダミアンの裏組織を壊滅させ、軍部急進派バッカス将校を捕らえたのは昨晩の事だった。
また忘れてはならないのは、ジュエルが彼に結婚をせかした事だ。目の前に待っているはずの、ハーディー家の資産に目がくらんだダミアンは、この一週間ほとんど、結婚式の慌ただしい手配に追われ、裏組織へ目を向けるゆとりがなかったのだ。
これらの段取りのタイミングの全ては、盗賊ホークスが影で操ったものだ。ダミアンの心理の全てを逆手に取った、見事な策謀であった。一行に喧嘩を売った時点で、ダミアンの命運はとっくに尽きていたと言えよう。
ダミアンの仮面が剥がされた。
その冷たく凛々しい顔が、激怒に歪む。
怒りを滾らせ歯をギリリと食いしばり、彼は目の前に立つジュエルを憎悪を込めて睨みつける。ジュエルは気丈にも、全く怯まずそれに受けて立っている。この男の目の前で、怯える姿など見せるのは、まっぴらゴメンだった。
「くそっ、くそったれっ!! お前さえいなけば、ハーディー家さえなければっ!!」
そう叫ぶと、ダミアンはバッと身をかがめて、足元に転がっていた先程自分の腕に突き立った短剣を左手でつかむと、ジュエル目がけて襲いかかってきた!
突然の事に、ジュエルは全く反応できない。その側にいたアリアもだ。物陰から見守っていたティナがサラマンダー達の封印を解くより早く、ノエルが呪文の詠唱を終えるより早く、ライルやギリアムが駆けつけるよりも早く、ダミアンの凶刃が彼女の胸へ目がけて鋭く突き出される! 彼女は思わず目を閉じた。
しかし……
その凶刃が、ジュエルの身体に届く事はなかった。
ジュエルがゆっくりと目を開けると、見慣れた男の背中が彼女の前に立ちはだかって、守ってくれている。
やっぱり、やっぱりそうだ。
この人は必ず、私を守ってくれる。
「俺の短剣を、そんな事に使わせるかよっ!! この腐れ外道がっ!!!!」
祭壇後ろの大きな十字架像から、蒼白き稲妻のように飛び降りてきたホークスが、ダミアンの刃とジュエルの間に割って入り、その凶刃を、逆手に持った残る一本の短剣でしっかりと受け止めている。すかさずホークスは身体をひねってダミアンの身体のバランスを崩し、狙い澄まして側頭部に鋭い蹴りを叩き込んだ。……きれいに、決まった!
ダミアンの手から短剣が弾き飛び、彼は祭壇から転がり落ちた。駆けつけてきたライルが、床の上でもがくダミアンの胸ぐらをぐいと掴んで睨みつける。
「(この男が……この男が、あの『霧の華』の出所を知っているはずだ)」
激しい怒りに駆られたライルは、憎しみに顔を歪めて、その激情の赴くままダミアンを吊し上げる。
「誰だっ!! 誰が『霧の華』を作ってやがるっ!? 言えっ、ダミアン!!!!」
「うぐっ……」
口を閉ざすダミアンに、ライルは右手を胸ぐらから離し、ダミアンの首を掴んで締め上げる。ダミアンはライルの暗い憤りに満ちた瞳に、底知れぬ恐怖を感じた。ついに口を割る。
「サ、サカムビットだ……」
「そいつはどこにいるっ!! 吐けっ!!!!」
「ううっ……お、俺も詳しい場所は知らない」
「嘘をつくなっ!!!!」
「ああうううっ……ほ、本当だ。本当に知らないんだ。俺みたいな代理人風情には、サカムビットの詳しい居所なんて知らされない。一度しか会った事もないんだ。その時も何日もずっと目隠しされていた。だから、奴がどこにいるのか、俺は本当に知らないんだ。俺には、あの薬が安定して手に入ればそれでよかった。知る必要のない事だったんだ」
「それでも心当たりはあるはずだっ!!」
「うっ……ぐうっ。き、北の方角から、『霧の華』を受け取る事が多かった。それくらいだ。本当に、これくらいしか……うぐ」
その様子を見て取って、ライルが吊し上げていたダミアンを床に乱暴に叩きつけた。すかさず背中の長剣を引き抜いて、『霧の華』で金をむさぼっていたこの男を斬り殺そうと、両手で剣を振りかぶる。が……
「そこまでだ、ライル。おぬしが手を下すまでもないぞ。こやつは、もう終わりだ。後は、ここの者達がこやつを裁く。こやつに苦しめられたここの人々こそ、その権利がある」
ギリアムの手が、しっかりとライルの腕をつかんでいた。怒りに駆られるライルは、彼の手を振りきろうともがくが、この頑固オヤジの手はピクリとも動かない。どれだけライルが力を込めても、ビクともしなかった。思わず、この豪勇の騎士を睨みつけるライルだが、ギリアムの瞳はまるで我が子を見守る父親のように、静かにそんなライルの視線を受け止めている。
そうこうしているうち、ロイドの部下達がダミアンを縛り上げて連行していったのだった。一つ大きく溜息をつくと、ライルは長剣をまた背中に収めた。
「(サカムビット……必ず、必ず捜し出してやる。俺は絶対、そいつを叩き潰す!!)」
その名を胸に刻み込んだライルであった。
このダミアン逮捕劇の噂は、その後一週間、人々の間でもちきりの話題となったという。こうして一行は、この街にまた新たな語り草を植え付ける事になった。
そして、偶然この街に立ち寄った吟遊詩人達が、彼らの活躍を耳にする事になる。彼らが立ち寄った他の各地でも、似たような風貌をした一行の噂を聞いた事に、彼らは徐々に気づくようになってゆく。
どの権力にも属さず、本当に困っている人々のために自由に闘った英雄として、『聖剣士ライル』『紅蓮のティナ』『蒼雷のホークス』『剛爆斧のギリアム』『聖女アリア』『賢人ノエル』……そんな気恥ずかしい名前が、まことしやかに人々の間で噂とまでなってゆく。語り草の中では、彼らの姿は実際よりかなり高潔に美化して描かれているらしい。夜這いの話などは入ってないようだが。




