拷問? Trture?
全て一段落した所で、捕らえた者達の尋問を開始する。
まずはメイドにあたったが、彼女はほとんど何も知らなかった。手下の下っ端のほうには、深い事は何も知らされてはいないのが常だ。役割だけを与えられ、それに忠実に従うのみなのだ。
そのメイドはただ、ジュエルとライルの動向をさぐるように組織から命じられていただけだった。特に、二人が外出する時刻や目的地、その時の護衛の具合などだ。それを約束の場所で連絡役に告げるのがこれまでの仕事だった。ジュエルの誘拐が失敗し、ライルが婚約者として屋敷に居座るようになってからは、ダミアンが差し向けたこの手練れの刺客に直接情報を告げていたそうだ。
メイドに対して、これ以上の尋問は得られるものがないと判断した一同は、今度は例の刺客の尋問にとりかかる。
手足を堅く縛られ、地下室の床に転がされている細身のその曲者は、拘束されているというのに落ち着き払って、不敵な光をその両目に宿して一同を観察しているようだ。髪はそれほど長くはなく、深い茶色だ。目の色は前髪が被さっていてよくわからない。表情を読まれにくくしているのだろう。背たけや体つきは、ホークスと似ている。やや細身だが、ホークスと同様にその服の下には針金のような無駄のない締まった筋肉が覆っているに違いない。ライルやギリアムのような戦士に向いた隆々とした筋肉は、かえって俊敏な動きを妨げる。隠密行動を基本とする闇の仕事をこなすには、理想的な体格と言えよう。
ホークスが刺客の男に告げる。男の口を塞ぐ猿ぐつわは、まだ解かない。
「まずは一言断っておく。今から口の猿ぐつわを取ってやるが、舌を噛みきっても無駄だ」
ホークスは男の目から視線を逸らさず、アリアを顎で指す。
男の目が修道服に身を包むアリアを一瞥した。
「この心優しい修道女様は、自害しようとするお前を放っておけねえ。お前が舌を噛み切ったとしても、たちまち癒してくれるんだ。癒しの技が使える事は、あの馬車の中でお前にもわかってるはずだな?」
男は不承不承、目でうなずいた。確かに、左腕に受けた傷は完全に治っているのだ。この目の前の忌々しい男……自分と同じく、闇の匂いが漂うこの男の言う通りだろう。その力量には、侮れないものを感じる。おそらくは、自分の暗殺の手口を見抜いて裏をかき、こうして罠にかけたのはこの男なのだろう。
その様子を確認し、ホークスは慎重に男の猿ぐつわを外してやった。
「名前は?」
男は口を閉ざしている。
「黙して語らず……まあ、基本だな。いいぜ。じゃあ、拷問しかねえな」
全く感情のこもらない声で冷徹に告げるホークスだが、男は不敵な微笑みを浮かべているのみだ。盗賊は、ライルとギリアムに視線を投げる。
「旦那、おっさん、手を貸してくれないか? こいつの肩と足を押さえつけてくれ」
言われるまま、ライルは肩、ギリアムは足に手をかけ、男を仰向けにして床にしっかりと押さえつけた。
男はうすら笑いを浮かべている。拷問には、訓練を受けているのだ。そんなものでは、片言たりとも声を漏らすものではない。馬鹿なやつらだ。
こうして自分の口を割らせる事に何日もかかっていけば、そのうち裏組織の者達が当初の計画の異変に気づくだろう。結果的に組織が最終目的……ハーディー家の資産をダミアンが手中にする事さえ果たせれば、それでいいのだ。自分が失敗しても新たな計画を組織が成功させればよい。もう命は助からないとしても、それは仕事に失敗した己の責任だ。自分がこうして時間を稼ぐ事で、失敗の尻ぬぐいをできるチャンスをわざわざ与えてくれているようなものだ。
女性達、特にアリアとジュエルは、心配そうな顔をして成り行きを見守っている。ティナも少し不安そうだ。男達は、厳しい顔つきでホークスの行動を待っている。ダミアンは手強い。容赦していたら、こちらが危ういのだ。少々手荒い事も仕方なかろう。
「さてと……絶対に声を出さねえって顔してやがるな。どれだけ持つかねえ。んじゃあ、いっちょ景気良く始めるか!」
そう告げるなり、ホークスは男の両脇腹にバッと手を伸ばし、これでもかと思いっきり、くすぐり始めた! 感じやすいポイントを確実に、執拗に攻めたてる。
男は完全に、虚を突かれた。
痛みによる拷問に対して万全の心構えを整えていたのだが、この意外な攻撃の用意までは、まるで想定していなかったのだ。しまった……と思った時にはもう遅い。こういうのは一度ツボに入ると、もうダメだ。
「……く、ぐ……くぅあはははははははうあっ! や、止めろっ!! 貴様ぁあははははははははっ!」
「おお、なかなか男らしい声じゃねえか。よし、口をきいたサービスだ。むさくるしい男の手じゃ嫌だろ? ティナ、嬢ちゃん、ジュエル、こいつを天国に連れて行ってやってくれや!」
思わず目を丸くする女性陣であったが、やがてお互い目を見合わせて、にっこりとした。
「よし、やってやるか! いくわよ、アリア、ジュエル!」
「はい!」
「うん。面白そ~う♪」
ホークスに入れ替わって、女三人の手がこれでもかと、曲者の身体の敏感な急所をあちこちまさぐって、くすぐりはじめる。先程までの刺激の波に積み重なるような刺激の大波が、さらに恐ろしいまでに何倍にも膨れあがって彼の心を追いつめてゆく。ティナなどはシャレで、あそこまでも時折さわさわしているようだが。
「や、やめ……ぶあはははははっ! く、卑怯なああはははははっ、やめてくれ、頼む……ううう、も、漏れ……あははははははははうああああぁぁぅぅ……うううぅぅっ……」
ティナの三回目の『あそこへのさわさわ』が、最後のとどめを刺してしまった。
長時間拘束され、身体の自然な欲求をかなり我慢していた男だったのだが、笑いの刺激とその快感との刺激で……かわいそうに。男のズボンがあそこの辺りから染み渡ってしまった。
「きゃっ」
アリアの小さな悲鳴が。少し顔を赤らめて、慌てて顔を背ける。
が、視線はこっそりと向けているような……
「わあ~」
ジュエルは興味津々で、じい~っと見詰めている。
(おいおい、お嬢様っ!)
「あらら、困った坊やだこと」
ティナはわざと目を丸くして、男をニヤニヤと見下ろしている。
三人の女性の目の前で、このような情けない姿をさらしてしまった刺客は、もうプライドがズタボロだ。暗殺者としても、男としても。目がうつろに呆然と、あらぬ方向を向いてしまっている。その精神的打撃は底知れない。ギリアムはそれを見て豪快に笑っている。その高笑いもまた、かけらとなって残っていた自尊心を粉々にするのには十分過ぎるのだった。
肩を押さえつけていたライルは、魂の抜け殻となり果てた曲者の様子を見るにつけ、男として、さすがにちょっと気の毒になってきたくらいだ。
ホークスが、その様子を見てとって、男に問いかけてゆく。
「よし、こんなとこだろう。答えてもらおうか? 名前は?」
もうどうにでもなれとばかり、目が死んでいる男はようやくポツリポツリと質問に答え始めた。ダミアンの裏組織の中では、暗殺部門でその名を知られた、腕利きのたいした男だったのだが。
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そうして刺客の男から、ダミアンの裏組織本部のアジトの場所を聞き出した。
男の風体を見ているうち、ある事を思いついたホークス。尋問がある程度進み、立ち直ってきた男が怒りの目で睨みつけるようになって、再び口を閉ざし始めた頃合い、これから先は自分一人で尋問を続けると言って、念のため用意しておいた自分の手荷物を持って、その男と二人だけで地下室の扉を締め切った。
一同はとりあえず、ホークスが尋問を終えるまでその地下室の前で待った。もう、男にあの手は通用しないだろう。これ以上、どうやって口を割らせるのか? 多分、先程ホークスが手にした荷物の中身を使用しているとは思うのだが。ホークスは盗賊だ。闇に満ちた手段になるのではないだろうか。まあ、想像はやめておこう。
一時間ほどして、その地下室の厚い扉がようやく開いた。
しかし……
目の前に出てきた男は、ホークスではなかった。
「はあっ、やれやれだ」
そう告げる声は、まさしく縛り上げられていたはずの男なのだ。
男は背後の扉をゆっくりと閉める。
その落ち着き振りは、ふてぶてしい程だ。
「お、お前っ! どうやって? ホークスはどうしたっ!?」
ライルが驚きに目を見張りながら息巻く。男は肩をすくめる。
「ホークス? ああ、さっきの奴か。俺と二人だけになったのが運の尽きだ。俺にとっちゃ、今まであれだけの時間があれば、少しずつ縄を解いてあいつを殺すことぐらい、訳もない。馬鹿な男だ。さっきはしてやられたが、礼はきっちり返したぜ」
ジュエルは何度も首を振って、後ずさる。
「い、嫌……そんなの嫌……嘘よっ!!」
彼女にとって、この目の前の現実は悪夢のようだった。信じられなかった……いや、このような事は信じたくなかった。父が亡くなってから、一人きりになった自分を初めて、お腹が痛くなるまで心から笑わせてくれたホークス。おどけながらも、自分の笑顔が何より励みになると言ってくれたホークス。ダミアンの手から自分を守ってくれようと、常人離れした活躍をしてくれていたホークス。その彼が……。
心が……心が、こんなにも痛い。
「なんだと!?」ライルが背中の剣を引き抜いて構える。
「う、うそ!? あのホークスが……」
ティナは目の前の事が全く信じられない。サラマンダー達を召還する事を忘れるほどだ。
「そんな、そんな……」アリアは言葉が続かない。
「貴様……生きてここから出られると思っておるのか?」
ギリアムが鬼のように男を睨みつけ、剛爆斧の柄に手をかける。
「なんなら、試してみるか?」
じろりと睨みつけて取り囲む一同に、その男は一人、全く怯まず対峙している。自信たっぷりといった様子である。男達の間に激しい火花が散る。ギリアムの怒気が痛いほどだ。
そうした緊迫した状況の中、なぜか魔術師ノエルが微笑みながら進み出て、割って入った。
「それくらいで、もういいでしょう。見事ですよ、ホークス」
ノエルの言葉に、不敵な男はやれやれと肩をすくめてボヤく。
「ふうっ。やっぱりノエルはダメだったか。せっかく髪を短くして染めて、こんな汚ねえ染みができたズボンまで履いたってのによう。くそう」
その声は、紛れもなくホークスの声であった。
しかし、目の前にいる男は、先程捕らえた男の風貌なのだが……
「え!? あ、あんた、ホークスなの!?」
ティナがこれでもかと目を丸くしている。他の者もそうだ。
「おう、俺様だぜ。どうだ? これなら、こいつの替わりにアジトに潜入できるぜ。色々手間が省けるってもんだ。前に決めた計画をちょっと変更した方が早そうだ」
「こいつは、たまげたぜ……」
ライルは変装したホークスを頭からつま先まで見やる。本当に、先程の男と見分けがつかないのだ。刺客の男とホークスの身長や体つきが酷似していればこそ、ここまで違和感なく変装が成功している。また、男と同じような闇の香りがするホークスである。変装するには、うってつけの相手だろう。
ジュエルも絶句してしまっている。
「ホークス、あなたって人は……も、もうっ!」
涙がこみあげてきてしまい、彼女は顔を背けてしまった。
無意識に胸の内で何度も『よかった……』と、彼女はつぶやいている。
「(……って、あれ?)」
彼女はふと気づいた。
「(私……なんで、こんなにもホッとしてるんだろう?)」
そんな自分が心の中にいる事に、この時彼女は気づいてしまう。思わず顔が赤くなってしまったジュエルだ。そして、そっとまた、変装したホークスをまじまじと見詰めている。
「(そういうんじゃ、ないよ。きっと。少し驚いただけ……だと、思うんだけど……)」
自らの心にそう言い聞かせるものの、ちょっと断言する自信がないジュエルだった。
「ふんっ! 全く、人騒がせな……」
ギリアムは一層渋面を険しくしているようだ。
「すごいです、ホークス様。でも、ノエル様は、どうしてわかったのですか?」
アリアは不思議そうに尋ねる。本当に、ホークスの変装は見事なのだ。
ノエルは微笑して説明する。
「どれだけ腕の立つ盗賊でも、ホークスの縛り方から簡単に抜ける事などできません。それに、もし抜けられたとしても、ホークスが一対一で、それほど簡単に負けるはずなどありませんよ。傷くらいは必ず相手に与えるはずです。それが全くの無傷という事は、目の前に立つこの人物は、先程捕らえた男ではないという事です。という事は、あの部屋にもう一人いたのはホークスしかいないのですから、目の前に現れた人物の風貌がどうであれ、ホークスであるという事になります。しかし、見事な変装の腕前ですねえ。それに声色まで変えて。盗賊として、こういう技能も修得している訳なのですか。なるほど」
大きな溜息をつく盗賊だ。残念そうな様子である。
「やれやれ、自分じゃ結構、上出来だと思ってたんだがな。やっぱりノエルだけは騙せなかったなあ」
「いえいえ。かなりヒントをもらってますから。いきなり別の場面で現れたら、とてもとてもわかりませんよ」
「そうかい? んじゃあ、まあ、よしとしとこうかねえ」
ニヤリと笑う二人だった。ノエルは推理の力から、ホークスの変装を看破したようだ。決してホークスの変装技術が劣っていた訳ではない。他の者は皆、騙されてしまったのだから。
こうしてホークスは、次回の『霧の華』受け渡しの日時と場所を探るべく、単身でアジト本部に潜入する。一方、死んだことになっているライルは、ガイア達のアジトへこっそり移り、以前からホークスとノエルが、ジュエルと共に裏交渉を成功させた、軍部穏健派ロイド将軍と、麻薬の受け渡し現場の取り押さえの計画について細かい所を打ち合わせているのだった。
決戦の日が目前に迫ってきている。




