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奇策 Trick

大きな馬車の中で、彼らが縛り上げられた男を監視している。


「なんとかうまくいったわね」


 一部始終を近くの物陰から見守り、必要とあらばすぐにサラマンダー達を解き放つ用意をしていたティナも、ほっとして髪を掻き上げる。ライルも軽くうなずく。


「ああ。でも危なかったぜ。防具屋でホークスにこの乞食が暗殺者だって事を教えてもらってなかったら、間違いなくおだぶつだった。こいつ、かなりの手練れだ。あんだけ力を込めて握ってた俺の手を、あれほど簡単に振りほどいたのは、こいつが初めてだ」


 見下ろすライルの目を、馬車の狭い床に転がるその男の目が憎々しく睨みつけている。ノエルが腕組みをして、やはりその男を見やりながら、しみじみと告げる。


「呪文がうまくいって良かったですよ。気取られないよう、効果範囲ギリギリの所でかけたものですから、冷や冷やしてたんです。それに、この男の精神力もたいしたものでした。ホークスが縄で縛り上げるのがもう少し遅かったら、この男は私の『緊縛』の呪文を自力で打ち破っていた事でしょう。もの凄い精神の抵抗力を感じました」


 心優しいアリアは身をかがめて、ホークスの短剣によるこの曲者の左腕の怪我にも、傷を回復する初歩の癒しの技『癒しの小川』をかけてやっている。


(ちなみに中級回復は『癒しの川』、上級は『癒しの大河』、傷も精神力も回復する最上級の回復は『癒しの海』となる。今の所アリアが無理なく使えるのは『癒しの川』までで、調子のいい時で一日に三回程度までという話だ。『癒しの大河』を行ってしまうと消耗が激しくて、その日は癒しの技はできなくなってしまうという事だ)


『全ての父たる主よ。その忠実なる下僕、アリアがお願い申し上げます。どうかこの傷つきたる者を癒し給え。再び力を注ぎ給え……清らかな白き小川よ。この者の傷を包み、癒し給え……』


アリアのかざした手の下で、その傷口がみるみる塞がる。


そんなアリアを、ホークスがちょっと苦々しく見守っていた。


「アリアの嬢ちゃん、こんな奴にまでそんな事してやるってか? 旦那の命を狙った奴なんだぜ。アランの時もそうだったけどよ、ホンっトに甘すぎる。こういう奴等は、厳しくしねえといけねえんだ。隙を見せれば、こっちが危ねえんだぞ。世の中にはな、信じちゃいけねえ種類の人間だっている。それに、どんな人間の心にも必ず闇はあるもんだ。油断したらダメだぞ、嬢ちゃん」


しかし、アリアは静かにきっぱりと告げる。


「これが私の道なのです、ホークス様。主にとって、命とはどれも平等なのです。あなたの命も、この人の命も。私は癒し手です。その力を主が私にお貸して下さっています。ですから、目の前で傷ついている人を私は放っておけません。それが主の御心であると、私は信じているのです」


 迷いの無い、そんなアリアの真っ直ぐな目を見て、闇に生きる盗賊は軽く溜息をつく。彼にとっては、このような静かな魂の輝きを放つアリアは、時々うらやましく思える。


「(神様、か。アリアに会うまでは、あんましまともに考えた事なんてなかったな。いるのか、いねえのか、わかったもんじゃねえが。この嬢ちゃんを支えてくれているのだけは、間違いねえとは感じるが)……まあ、嬢ちゃんらしいけどよ。わかってるって。ちょっと言ってみたかっただけだ」


ギリアムがそんな様子のホークスに、ピクリと片眉をつりあげている。


「ふん。おぬしも見かけによらず心配性だな。アリアなら心配いらん。全て承知した上で、こうした事を行っておるのだ。この男の感謝や改心といった見返りなぞ、アリアは少しも望んではおらん。自分の道とは、そういうものだ」


「べ、別に俺は、嬢ちゃんの心配なんてしてねえぞ!」


思わず慌てるホークスであった。図星なのである。


「あ、ホークス、赤くなってる。やっぱり、純粋なアリアが心配なのよねえ。裏を知り尽くしてる盗賊としては。ホント、心優しいお兄さんだこと」


ティナがそう指摘する。アリアはクスクス笑ってしまう。


「私にはもう一人、お兄様が与えられていたみたいですね。ありがとうございます、『ホークスお兄様』。ふふっ」


「ち、違うって言ってるだろうがよっ!! そういうんじゃねえ! 俺は厳しい現実ってやつを、アリアが本当にわかってるのかって、ひでえ事言っただけじゃねえかよ。俺は盗賊なんだぞ。人の心配なんてしねえっ」


思わず耳まで真っ赤になりながら、必死でそう主張する盗賊であった。

どうやら彼は、こういう攻撃には一番弱いようだ。


ノエルもここぞとばかり、口をはさむ。

「その顔の赤さが、何より肯定していますよ、ホークス」


 ノエルにしては、少し意地が悪いようだ。マイトの宿屋で、ホークスに女性の好みの事でいじめられた時の事も関係しているかもしれない。この如才ない盗賊につけこむチャンスなど、なかなか無いのだ。


「くそ、知るかよっ。そんなんじゃねえんだからな! 早く屋敷に着けったら。気づかれる前に、あのメイドを捕まえておかねえと」


そう言って、ホークスは皆からぷいっと顔を逸らして馬車の窓から外を無理矢理眺める。


「はいはい、そういう事にしといてあげる。(結構かわいいわねえ、こういうとこ。フフッ)」


そんな照れくさいホークスを、ティナは苦笑しながら見守っている。他の者達もそうだった。馬車の床に転がされている曲者を除くが。


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 こうして一行は計画通り、ジュエルの婚約者とされたライルの命を狙った刺客を、首尾良く捕縛したのだった。ジュエルの屋敷に、必ずダミアンの内通者がいると見抜いたホークスが提案した策だ。


 まずライルはその少し前から、外出する時の護衛に対して、屋敷中の者に不満をこぼしておき、この日に防具屋に出る時こそ、必ず一人で外にでてやると公言しておく。内通者はそれを確認するために、当日必ず何らかの不審な行動をとるはずだ。


 気配を絶って部屋の前の廊下を見張っていたホークスは、くだんのメイドの後をつけ、この刺客と接触する現場に遭遇する。慎重にその刺客の行動を尾行し……相手はかなり腕が立つようで、彼は全身全霊をかけて隠密行動をとったが……その刺客が、乞食の扮装をして陣取るのを見届けた。


 そうして彼は、路地裏からこっそりライルを見守っていた他の仲間達にそれを告げ、直ぐさまライルに先回りして例の防具屋で待機し、訪れたライルにもその事を告げる。結果は……先程の通りである。



 ハーディー家に到着した一行は、その刺客を屋敷の地下室の一つに押し込める。くだんのメイドも別の一室に監禁してしまう。これからこの曲者から、ダミアンの裏組織に関して口を割らせるつもりだ。さらに一行は直ぐさま、ライルが曲者に襲われて死んだように、街で一芝居打った。曲者役はホークスが担当し、ライルは血糊で死者を演じ、駆けつけた他の者達がたちまち倒れたライルを運び去る。そしてライルの訃報の噂を街中にバラまいたのだ。


 こうする事でライルの身の安全を図り、さらにはダミアンを油断させる事が狙いだ。そしてライルの偽の葬儀を開き、ジュエルは傷心の乙女を演じてダミアンにつけこませる。ダミアンに全て己の計画通りだと思わせておく事が肝要だ。油断したダミアンは必ず、悲しみにくれる様子のジュエルに近づき、結婚まで持ちかけてゆくだろう……その時こそ、ダミアンの年貢の収め時だ。



 これから水面下で、情報を掴み次第『霧の華』の受け渡し現場を取り押さえ、ガイア達旧盗賊ギルドの面々・軍部穏健派と共に裏組織の中核となる幹部達を一網打尽にし、動かぬ証拠と共にダミアンを失墜させる。ダミアンとつながりの深い軍部急進派への一時的な足止めのための裏工作は既に終わっている。


 また、故ハーディー家当主、ジュエルの父親であるランドル伯と親交が深かった、良識的な政界重鎮達も政治的な力のとりまとめを着々と進めてくれていた。彼らとて、ダミアンの暗躍をこれ以上見過ごす事ができないまでになっていた時期なのだ。今回の事件が、彼らを精力的に立ち上がらせる良いきっかけとなっていた。



 こうした全ての手続きの大半は、ホークスとノエルが奔走して、必要な場面には剛勇の騎士として知る人ぞ知るという立場にいるギリアムが出向いて説得し、時にはジュエル自らこっそり出向いて事を運んだのであった。

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