ライルの葬儀 Ryle's Funeral
それから一週間ほど経ったある日。気が重くなるような雨模様の日に、ライルの葬儀がハーディー家でとり行われた。残された仲間達の姿もある。
街へ一人出かけたライルは、何者かに殺されてしまったそうだ。仲間達が駆けつけた時には、既に息が無かったという。先日、ジュエルとの婚約発表があったばかりで、その衝撃的な知らせは街中の人々の関心を集めていた。
重苦しい空気が支配する葬儀の中、婚約者であるジュエルは喪服に身を包み、うなだれている。周りを黒いレースが囲む帽子で顔を隠しているため、表情はわかりにくいが、悲しみにくれている様子は伝わってくる。ライルの棺は完全に閉じられていて、中に収められたライルの遺体をうかがう事はできないようだ。普通の棺は故人の顔が見えるようにしてあるものだが、ライルはひどく顔を切り刻まれていたそうで、それを他の人々の好奇の視線にさらす事を、ジュエルが忍びなく思ったそうだ。
ジュエルに招かれた街の有力者達が数々訪れ、彼女にお悔やみを次々に告げている。その中には、ダミアンの姿もあった。白々しくダミアンは告げる。
「心からお悔やみ申し上げる。彼なら私より君にふさわしい男だと思ってたんだが……残念な事だった。今の君に、私がどれだけ拙い言葉を重ねた所で何の慰めにもならないと思うが、君の事を心から心配している哀れな男の事も、胸の片隅にでもいいから置いておいて欲しい。君の支えになりたいんだ」
そう告げて、ダミアンはジュエルの肩に手をかける。
「……ありがとう」
そう囁いて、悲しみにくれるジュエルはダミアンにそっと身を寄せてきた。ダミアンは冷たい微笑みを浮かべながら、そんな彼女の肩に腕を回している。
---------------------------------------------
そんな二人の様子を、少し離れた所で小雨に濡れながらノエルが見守っている。
「(なかなかいい感じですねえ。あれなら、まず落とせるでしょう)」
小声で告げるノエルに、ティナもヒソヒソと答える。
「(そうね。ダミアンの奴、鼻の下を伸ばしてだらしないこと。男って、馬鹿よねえ。女の色仕掛けには簡単に引っかかるんだから)」
しみじみと囁くティナに、ノエルは思わず突っ込みを入れてしまう。
「(あのう、ティナさん。私もあなたの言う男の一人なのですが……)」
ティナは即答する。
「(ノエルは別ね。本と魔術しか興味無いから。ライルとホークスだったら、間違いなく引っかかってる)」
「(う~ん、それは誉められているんでしょうか、けなされているんでしょうか?)」
ティナの告げた言葉を、生真面目な顔をして考え込むノエルだった。
ギリアムが必死でこらえている。なんとか厳粛な重々しい顔を保とうとしているようだが……。(髭のあたりがちょっと震えているようだ)
「(やめんか、おぬしら。笑わすな! こういう演技はワシは苦手なんだぞ)」
「(でも、ホークス様、本当に大丈夫でしょうか?)」
アリアは何やら心配そうだ。
なぜか、残された仲間達は表に出している悲しそうな様子とは裏腹に、言葉のやりとりにそのような感情は全く感じられない。一体どういう訳なのだろうか? それに、ライルの葬儀だというのに、ホークスの姿はどこにも見当たらないのだ。何やら、裏がありそうな気配である。
実は現在、ライルはガイア達旧盗賊ギルドのアジトにかくまわれており、健在だ。軍部穏健派ロイド将軍と、盗賊ギルド長ガイアと顔をつきあわせ、ダミアンの裏組織アジトへ奇襲をかける作戦、そして『霧の華』の受け渡し現場の取り押さえに関して細かい所のすりあわせを行っている。一方、ホークスの方は危険なダミアンの裏組織に潜入し、『霧の華』の次回納入時期と受け渡しの場所に探りを入れている最中である。
二日ほど前に話はさかのぼるが……
---------------------------------------------
ライルの婚約発表があってから五日後に、やはりライルの命を狙った曲者の襲撃があった。ライルはこの街に初めて着いた日に、愛用のミスリルの肩当ての修理を街の防具屋へ依頼した。六日後が修理の終わる約束の期日であり、それを受け取るためにライルは街へ出た。なるべく外出は控えたほうが良いのだが、自らの命を預ける防具である。仕上がり具合を自ら装着してみて確認する必要があった。
しかし、防具を受け取りに、ライルは一人で街へ出歩いてしまう。どうしたことか? それまでは外出するとしても、仲間達の二人が必ずライルについて行っているのだが。
ライルが出かける直前の、仲間達とのハーディー家での会話を聞いてみよう。
それは、かなり大きな声で話しているので、ドア越しに聞こえてしまうほどだった。
(……って、新人のメイドが一人、そのドアの近くで聞き耳を立てているが?)
『だから、心配いらねえってばよ! これまで全然仕掛けてきやしねえし。もうあきらめたんだろうさ。それに、修理を頼んだ肩当てを受け取りに出かけるだけだ。橋の側にある防具屋だ。そんなに遠くじゃねえ。もし何かあっても、俺一人で十分だ!』
そう主張するライルの声。ティナの声がそれに反対する。
『まだ油断しちゃダメよ。いつ来るかわかんないんだからね! そうなってから後悔したって遅いの! 私とギリアムがついていく』
イライラしたようなライルの声があがる。
『あのな、俺は子供じゃねえんだ。いい大人が一人で街にも出歩けないなんて、もう、うんざりなんだっ! 俺は一人で行く。絶対についてくるな!!』
『人が心配してやってるのにっ! もう、勝手にすればいい! 愛想が尽きた!!』
『ああ、勝手にさせてもらう。じゃあな』
ライルが部屋を出る気配を感じて、そのメイドは素早く身を離す。そして、何事も無かったかのように廊下の掃除を続ける。ライルは部屋を出ると、そのメイドの前を通り過ぎて外へ出ていった。それを見て、そのメイドは足早にどこかへ立ち去っていった。
と、廊下の物陰から姿を現したホークスが、そのメイドの後を音もなく尾行して行く。
そして装備を整えたギリアム、ティナ、アリア、ノエルが先程の部屋から出てきて、計画通りライルの後を追って街へ出てゆくが……
---------------------------------------------
ライルが防具屋で肩当てを受け取り、早速装着してその仕上がりに満足して帰る道の途中。防具屋近くの橋のたもとに、一人の乞食がいる。来る時にはいなかったが。みすぼらしいボロを身にまとった男で、服からうかがえる様子では両腕が無いような感じだ。ライルが通り過ぎようとすると、その乞食が声をかけてきた。
「旦那様。両腕の無い哀れな男に、どうか御慈悲を」
ライルは座り込んでいるその男の前で、ピタリと足を止めた。
「それは気の毒なこったな。これは少ないが」
そう言って、ライルは懐から金貨を取り出し、一枚をその男の前の受け皿に入れてやる。
「こんなに! ありがとうございます。旦那様」
「何、俺の知り合いの傭兵にも、同じようになっちまった奴がいた。達者でな」
そう告げて、立ち去ろうとするライルに、再び男が声をかけた。
「ちょっとお待ちを。心優しい旦那様に、ぜひ心ばかりの祝福を神に祈らせてくださいまし。こうした事でしか、私などは旦那様のご厚意に報いる事ができませんので」
「ん? そうか。まあ、俺は神様なんて信じてねえが、人の気持ちはありがたく受け取ろうか」
再び乞食男に向き直るライル。
「失礼ですが、立ち上がる事も難しい身の上でございます。どうか少し身をかがめて頂けませんか?」
「わかった。これでいいのか?」
言われるままに、ライルは腰を折って男の側に身を寄せてしまった。
乞食男は小声で囁くように祈りの言葉を口にするのだが……
「神よ、この男に祝福を。神といっても、死神だがな」
両腕の無いはずの男の胸元から、いきなりギラリと光る短剣を掴んだ右腕が突き出される!その刃にはべっとりと何か緑色のモノが塗られている。おそらくは猛毒だろう。
しかし、胸をめがけて素早く伸びてくる曲者の短剣を、ライルは肩をひねって、身につけている修理したばかりのミスリルの肩当てでカチリと受け止め、その左手で男の右の手首をしっかりと握り止めた。男の手並みは稲妻のように鮮やかだったものの、なぜかライルはしっかりと反応している。まるでその襲撃を既に承知していたかのようだ。男の両腕が懐に隠されている事をも事前にわかっていなければ、見事に虚を突いたはずのこの曲者の刃に、このように瞬時に反応できるものではない。
絶対の自信を持って突きだした必殺の刃が、なんなく受け止められてしまった男だったが、瞬時にもう一つの短剣を懐から突きだしてくる。全く慌てない冷静なその事の運びようは、男がこうした仕事に精通している事を示している。一撃で確実に仕留めるのがプロの暗殺者だが、その一撃が何らかのトラブルでうまくいかなかった場合の用意も整えておくのもプロの仕事と言える。
しかし、その曲者のもう一つの刃は、どこからか空を切って飛んできた一本の短剣に遮られた。
男が突きだしたもう一方の左の腕に見事にその短剣が突き刺さり、男は短剣を取り落とす。男はすかさず、ライルがしっかりと掴んでいる手首を、手慣れた仕草でどうやってかたちまち振りほどき、バッと身を翻して橋を渡って駆け去ろうとする。すると間髪入れず、どこからか魔法の呪文を詠唱する声があがった。
《我が力、束ねて捕らえる輪とならん……アスト・スラニク、パルスト・ラルク、ス・ケセ・ヴィブルス・モルグストース! 》
いきなり曲者の身体がピタリと動かなくなった。手足が見えない何かによって縛り上げられたかのように動かない。男は焦りに目を見開く。橋の中央で、男は立ちつくしてしまう。駆けつけたライルと、どこからか飛び出してきたギリアムが、体中硬直したその男を抱え上げて、近くの路地裏へたちまち消えてしまった。
投げつけた短剣を拾ったホークスが合流し、路地裏で男を厳重に縛り上げ、口に猿ぐつわを噛ませてしまう。それを確認して、側にいたノエルも集中力を緩め、男にかけた『緊縛』の呪文を解除した。そしてジュエルに用意してもらって街角に待たせていた馬車にその男を転がすと、合流した他の者達と共に馬車をハーディー家へと走らせた。




