盗賊軍師 Thief Tactician
客間では、皆が顔を揃えて待っていた。十分に広いその部屋で、一同は円卓をずらりと囲んで座る。盗賊ホークスが皆の視線を受けて、口を開いた。
「待たせた。色々わかったぜ。やっぱりとことん汚ねえ野郎だったぜ、ダミアンの奴。金と権力に狂ったクズ野郎だ。あそこまでくると、かえって清々しいくらいの悪党だな。叩き潰しがいがあるってもんだ」
「では、手加減、情け、一切無しでよいとな?」
腕組みをして厳つい渋面を保ったまま、ギリアムが片眉をつり上げる。
ホークスは大きくうなずく。
「ああ。それに、そんな余計な事考えてたら、こっちがたちまち殺られるぜ。相手は手強い。やっぱり正面切って闘うのは、断崖の縁で目隠しして歩くのと同じくらい、確実に地獄行きだ」
「なるほどな……で、もうちっと詳しく教えてくれねえか? 前置きは、もう充分だからよ」
ライルの言葉に、盗賊はニヤリと笑う。皆が自分に注目するこの場を意識して、芝居気たっぷりにして皆に警告を促していたホークスであった。しかし一方でまた、その必要があったのだ。
「へへっ、そうかい。まずは、ダミアンを取り囲む組織の網からいこうか。この地方のかなりの一帯にわたる、やくざな野郎どもの全ての頂点にダミアンが立っている。あくまで黒幕で、奴が表だって関係あるような素振りは世間様には見せねえがな。しかし、ここの裏社会じゃ、ダミアンに睨まれて無事でいられた奴は一人もいねえ。奴が一声かければ、邪魔な奴等はその組織に消されるって寸法だ」
再び皆に警告を発するかのように、ホークスはキラリと目を光らせる。一同、真剣に聞き入っている事を確認すると、再び彼は言葉を重ねてゆく。
「実はな、ダミアンの野郎のせいで、盗賊ギルドも二つに割れたんだ。昔からあった真っ当な正式なギルドが力を削られ、腐った仕事に手を染めたエセ盗賊どもが寄り集まって、クソギルドを作るまでに力をつけやがった。全く、元々の正式なギルドを見つけるまで骨が折れたぜ。でもな、その甲斐あってギルドの奴等、ダミアンの奴の事を隅々まで俺に打ち明けてくれたぜ。俺の事を信用してくれるまで、かなり手間はかかったがな。結局ジュエルのくれた、このネックレスとガイアという名前が効いた。会えたぜ……ジュエルの『ガイアおじさん』によ」
ジュエルが目を丸くして驚く。
「ガイアおじさんに会ったの!? 元気だった? っと、その前に……『ジュエルのくれたネックレス』じゃなくて、『貸してくれたネックレス』でしょ、ホークス?」
ジュエルが怖い顔をして、そう指摘する。
盗賊はおどけながら肩をすくめる。
「へへっ、バレてたか。なかなかしっかりしたお嬢様だこと。気に入ったぜ」
ニヤリと笑って、ホークスがそのネックレスをジュエルに手渡した。
ティナがジュエルに助言する。
「もうっ、ホークスったら油断も隙もないわね。気をつけてね、ジュエル。この男の前に、大事なものを見せたらダメ。毎日ちゃんとあるかどうか確認するの。なんか無くなってたら、まず真っ先にホークスを疑っていいから。私が許す」
「はい、そうします」
にっこりと、迷わずジュエルはそう答えた。
口を尖らせ、不満そうなホークスである。
「おいおい、そりゃないぜ。いいか、ジュエル。俺はな、今は古代遺跡のお宝狙いの、それはそれは真っ当な盗賊なんだ。お天道様にきちんと胸張ってるような金持ちの屋敷を荒らすのは、俺の仕事じゃねえんだ。盗むべき所から盗む。ひどい所に閉じ込められて泣いてるお宝ちゃん達を、俺達盗賊が救い出して使ってやると。これが俺の師匠の教えだ。真の盗賊の道なんだ」
ホークスがジュエルにさとすようにそう告げる。
「ふうん、そうだったんだ。古代遺跡ねえ……でも『今は』って所が気になるけど。この前は見事にこの屋敷に忍び込んでるし。使用人達にそれとなく確認してみたけど、全然誰も気づかなかったみたいよ。その気になれば、あなたなら簡単にできるんじゃない? というか、実はもうこっそりやってたりして……」
ニヤニヤと良家のお嬢様はホークスを見詰める。楽しそうだ。
「こら、俺様をみくびるな」
それを見て、ライルがホークスに口添えしてやる。
というか、なんというか。
「まあ、大丈夫だ、ジュエル。俺が思うに、こいつはジュエルの下着は盗む気になるかもしれんが、この屋敷に金品を盗みに入るような男じゃねえ」
ライルの言葉に、ティナも思わず大きくうなずく。
「そうねえ。それなら、なんかすご~く納得できるわ。うんうん!」
「わははははっ、その通りだわい」
ギリアムが豪快に笑い声をあげる。
「そっちのが、よっぽど嫌なんだけど。金目の物はそこら辺に出しておいて、下着は厳重にしまっておこうかなあ?」
いたずらっぽく、迷惑そうな顔をするジュエルであった。
思わずアリアはクスクスと笑ってしまっている。ノエルは必死でこらえているが、肩が笑っている。憤慨するホークス。
「おいっ、お前らなあ……ったく(ホントに盗んでやろうかいっ! いや、それはそれで……)」
憤慨しつつも、心の片隅で怪しげな考えが浮かんでしまったホークスであった。
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ホークスの話をまとめると、次のようになる。
ダミアンの組織が現在のような力をつけるに至ったのは、約五年前。その一年程前に、ダミアンの父親、ワインベルグ家のヤーマンが病によって床に伏し、以来ダミアンが実質的にワインベルグ家を取り仕切るようになった。ダミアンはその財力を背に、軍部の急進派の指導者であったバッカス将校と手を結び、この地方に縦横に裏組織をつくり上げ、利権に目の無い貴族達を抱き込んで政治的発言力も強め、瞬く間にのし上がった。
それと対峙した旧来の盗賊ギルドは、壊滅的な打撃を受けてその力を失った。当時ギルドの長だったガイアは、ダミアンとの裏抗争の結果、長年信頼していたパートナーの裏切りによってダミアンの手に墜ち、その片目を潰され、左右の手を手首から切り落とされて荒野に放り出されたという。しかし、ガイアはそれでも泥をすすり、草や虫を食べて生き延びた。ダミアンに対する憤怒を胸に抱きながら。
一方、ダミアンが台頭する以前に、軍部を良識的にまとめ上げて掌握していた穏健派は、力をつけたバッカス将校率いる急進派によって実権を奪われ、辺境の警護へと追いやられてしまった。しかし、穏健派の中心的人物であったロイド将軍を慕う若い軍人達が、勢いに乗る急進派の連中と事あるごとに対立しているらしい。
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「ガイアおじさん……」
ガイアの悲惨な体験をホークスから耳にしたジュエルは、悲しげにうつむいている。
ホークスがそんな様子のジュエルに笑いかける。
「ジュエルの事を俺が話したら、ガイアはとてもうれしそうだったぜ。きっと美人になってるに違いないってよ。婚約したって事も知ってて、すごく会いたがってたぜ」
結構、人に気を回すほうのホークスであった。特に、女性には。それを聞いて、悲しげにうつむいていたジュエルに、うれしげな微笑みが浮かんだ。
「私も、ガイアおじさんに会いたいなあ」
「ま、近いうちに会えるようになると思うがな。ガイアの協力も必要だしな」
腕組みをしながら、真剣に聞き入っていた魔術師ノエルが口を開いた。
「大体、把握しました。問題は、いかにしてこのダミアンの体制を切り崩してゆくか、ですね」
ギリアムも大きくうなずく。
「うむ。しかし、どこから手をつけるべきか。慎重に事を運ばねばなるまいて」
「おっと、そうだ。その前にもう一つ、ダミアンの悪事を言うべきだった。これが糸口になるかもしれねえ」
「それがダミアンの弱みになるっていうの?」
尋ねるティナに、ホークスは軽くうなずく。
「ああ、多分な。ダミアンの野郎、麻薬の裏取引も牛耳ってやがった。奴の裏金の半分以上を占めてるのが、『霧の華』って麻薬の売り上げだ」
「『霧の華』だとっ!?」
思わず声を荒げて叫んだ人物は……ライルであった。
彼の瞳がギラギラと怒りに燃えている。ティナの胸に、ライルの過去がよぎった。『霧の華』……それはライルに悲劇をもたらした根源であった。そんな様子のライルを見て、ティナの不安が胸の中で大きく膨れあがってくる。
魔術師ノエルは冷静に、そんなライルを観察している。アリアはまじまじと、そんなライルを不思議そうに見詰めている。シャリーの解毒治療中、『霧の華』を持っていた医者のフォレスをライルが殴り飛ばした時の様子は、この中ではティナとノエルしか目にしていない。
「知ってたのか、ライル? 昔、一時かなり流行ったが、今はその当時ほどの量は出回ってない麻薬なんだが。まあ、それでも全体の二、三割を越えるかどうかってとこか。誰かが『霧の華』の製造方法を独占してから、利益を独り占めしてやがるんだ。……ちっ、くそったれがっ!」
なぜかホークスは忌々しげに悪態をつく。その瞳に怒りの炎がちらつく。彼にしては珍しい事であった。ティナが眉をひそめる。
「ホークス? どうしたのよ?」
盗賊は素早く目を伏せる。そして無理矢理、その瞳に燃える怒りの火花を消し去った。やはり、いつものホークスとは何かが違う。理由はわからない。今までホークスは、自分の過去については誰にも話す事がなかった。誰かが尋ねてみても、冗談半分のふざけた答えしか返ってこないのだ。おどけた道化師の仮面の下に、何が隠されているのはまだ誰も知らない。
「いや……なんでもねえ。『霧の華』だが、この地方では麻薬の需要の約六、七割を占めている。そいつのこの地方での流通を、全てダミアンが取り仕切っている。それで、その利益を軍部の急進派と山分けしてるんだ。麻薬の輸送には、なんと軍が関与してるらしいぜ。仕入れ自体はダミアンが話をつけてきて、どこからかやってくるその麻薬を軍が受け取って、この地方の各地にこっそり配分して運び、ダミアンの組織の奴等がそれを末端でサバくって寸法だ」
ホークスの説明が続くが、ティナはライルの様子が気ががかりで仕方ない。ライルの表情は不自然なほどに堅く、荒れ狂う憤りをやっとの事で強引にねじふせているかのようだ。アリアも眉をひそめて、そんな様子のライルを心配そうに見守っている。
「そうでしたか。確かに、この事は扱い方次第で、我々の武器になるやもしれません。かなり危険が予想されますが」
魔術師はかなり厳しい表情をしている。いつも生真面目なすました顔ばかりしているノエルだが、さすがに今回相手にする敵は一筋縄ではいかない事を悟っているようだ。こうした顔つきのノエルは、意外と男らしい感じだ。
ギリアムも大きくうなずく。
「うむ。そのつながりの動かぬ証拠をつかみ、表舞台に否応無くダミアンとやらを引きずり出す事が肝要だな。しかし、慎重に事を構えねばなるまいて。ワシの剛爆斧の出番は、まだちと先になりそうだな」
ジュエルは不安そうである。
「一体、どうしたらいいのでしょう?」
ホークスが彼女に答えて口を開く。その眼光が強く鋭く輝いている。
「俺にちょっとばかし考えがある。みんなの意見を聞きてえ」
そう切り出すホークスを、皆がシンとなって真剣に耳を傾ける。既に、この男の実力をまざまざと体験したことのあるライル達である。人喰いトラの事件では、この男は裏に渦巻いていた国家規模の策謀を隅々まで見抜いて、その目論みをほとんど独力でことごとく打ち破った事がある。それはジューダス国で、天才軍師と賞賛されている男が仕組んだ陰謀の一つであった。
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ホークスが語り進むにつれ、一同は身を乗り出してくる。やはり、こうした事に関するこの男の才能には非凡なものがある。軍略や政治的策略を練り出す参謀役として、一国の軍師として、その陣頭指揮に手腕を振るっていても不思議ではない程だ。
ダミアンの裏組織本部の場所を特定する策、アジト潜入のための組織員の買収とその手段、麻薬流通ルートとその納入時期の解明、軍部急進派を一時的に足止めさせるための裏工作、反対に軍部穏健派の取り込み、ガイア達旧盗賊ギルドとの協調体制、勢力関係からいってダミアンの失墜に協力してくれるはずの政界重鎮への裏交渉、ある策がうまくいかなかった場合の代替策、こうした作戦に必要となる後方支援の見積もりとその内訳……。
どれもこれも、現状を正確に把握した上で実現可能であると、皆を納得させる内容ばかりだ。どこでこの男は、こんな事を修得したのであろうか? こうした事に関して、正式な教育を受けているとも思えないのだが。社会の裏表、人の欲望と心理を見抜き、的確な状況判断のもと、自由な発想で次々と策を提案してゆく。
目を生き生きと鋭く輝かせながら言葉を重ねてゆくホークスを、ジュエルがまじまじと見詰めている。ふとした瞬間、ジュエルはホークスと目が合ってしまった。するとなぜか、ジュエルは顔を赤らめて目を伏せてしまう。ホークスは別段気にせず、再び真剣に言葉を続けてゆく。ノエルとかなり突き詰めた細かい所を練り上げている。
そんなホークスの様子を、再びジュエルがじっと見詰めている。
「(ホークスって、すごいわ。いつもは、鼻の下を伸ばして私に迫ったり、冗談ばっかり言ってるような人なのに。本当に、ライルの言う通りだった。あの時は、まだちょっと信じられなかったけど。でも、なんか……ちょっとかっこいい、かな?)」
「……だから、ジュエル。穏健派のロイドとの交渉にお前も顔を出してくれ。ジュエル?」
「え!? え、ええ。わかった」
ちょっと他の事を考えながらホークスを眺めていた彼女は、突然ホークスに話しかけられた感じになってしまい、少し慌ててうなずいた。
「頼むぜ、ジュエル。お前さんの力がこの作戦でかなり重要になってくるからな」
「うん。やってみるから。でも、ちゃんと私を守ってね」
ジュエルのその言葉に、ニヤリと笑うホークス。
なにやら彼女は、直感的に嫌な予感がした。
「任せとけって。ベッドの中まで守ってやるぜ。なんなら、ちょいとサービスもつけようか?」
予感的中である。
全く、この男はいつもいつも……
なぜか、どことなく腹立たしい気分のするジュエルであった。
「そこまではイヤ!」
ジュエルが怒りに燃えて、じとっとホークスを睨む。
「ふうっ、相変わらず、つれないお言葉だこと」
ホークスが首をすくめている。そして再び、議論に没頭してゆく。
「(はあっ、もうっ……。前言撤回。こういうのを黙っていてくれたらなあ)」
大きく溜息をつくジュエルであった。
『黙っていてくれたら』、どうなのであろうか? 今まで、ホークスのこういう言葉に対しては、クスクスと笑って答えていたはずのジュエルであったが。彼女自身は、そんな自分の気持ちの微妙な変化にまだ気づいていない。
さらに議論を重ねる一同であった。そして方針が決まる。




