宿屋にて At the Inn
ひとまずホークスは、ティナとアリアを安堵させてやるべく、真っ直ぐに宿屋へと駆け戻った。
ホークスが宿屋のドアを開けると、入り口付近で待機していたティナとアリアが、真っ先にホークスを出迎えた。というより、捕まえた。ティナがいきなりホークスの胸ぐらをぐいとつかむ。アリアがホークスの袖をぎゅっと握りしめる。
「ど、どうだったの!? ホークスっ!」
「一体、どういう訳だったのですか!? ホークス様っ!」
二人の剣幕に、ホークスはちょっと怯んだ。
「ま、まあまあ……落ち着けよ、二人とも」
「いいから、早く話してっ!」
ティナはそのまま、ゆさゆさとホークスを乱暴に揺さぶる。アリアが袖を引っ張る力も更に強くなってきた。
「ううう……わかった、わかった。そんなに興奮すんなって。別に俺は逃げたりしねえよ。きちんと説明してやっから。せめて、座らせてくれよ。お前さん達に早く知らせてやろうと思って、思いっきり走って戻って来たんだぜ。この扱いは、ちょっとないんじゃねえの?」
ホークスは、自分の胸ぐらをつかむティナの手を、ツンツンと指さす。
「う……ごめん」
「す、すみません」
急に恥ずかしそうにうつむいて、二人ともホークスから手を離した。解放されたホークスが肩をすくめると、食堂の空いたテーブルにつく。ティナとアリアもおとなしく席についた。
「ふう……っと。走ってきたから、喉が渇いてしょうがねえ。水が欲しいな」
実際、本当に喉がカラカラに渇いており、無意識にポツリと口をついて出た独り言に過ぎなかったのだが、アリアがさっと席を立つと、カウンターの水差しからコップに並々と水を注いで、ホークスの前にコトリと置いた。
「おう、ありがとよ、アリア! ふうっ、うめえ。生き返るぜ」
一気にその水をホークスが飲み干す。すると今度はティナがさっと立って、水差しを持ってきて、空になったホークスのコップにまた水を注いでやる。
「サンキュ、ティナ。んぐっ………よし、もうバッチリだ」
「じゃあ、話してくれない?」
「お願いします。ホークス様」
訴えるようにじっと、二人がホークスを見詰める。
二人が何かと気を遣ってくれるこの状況にふと気づいて、ホークスのいたずら心がむくむくと頭をもたげてくる。こういう男なのだ。
「なんか、動いたら小腹が空いちまったなあ。何か軽く喰いてえなあ」
アリアがさっと席を立つ。
「私が厨房で何か用意致します。夜遅く帰って来る者がいるかもしれないと伝えましたら、宿屋の主人が、『必要なら適当に食材を使ってくれていい』っておっしゃってましたから。何がよろしいですか、ホークス様?」
「任せるぜ。ちょっとつまんで喰えるもんでいい」
「わかりました」
アリアが奥の厨房へと姿を消した。何か作り始める音がする。
「ねえ、早く話してよ」
ティナがジリジリしながら、ホークスの言葉を待っている。
「ふうっ。無理して高い塀を乗り越えたから、肩がちょっと張って、きついなあ?」
ホークスは、肩に手を当てて、何やら意味ありげな視線をティナに送る。察したティナが小さく溜息をつくと、イスに座るホークスの背後に回って、その両肩を揉み出した。
「どう? こんな感じでいい?」
「おお。いいぜ、いいぜ。気持ちいい……」
「ねえ、ホークス。ライル、どういう事だったの?」
「あ、そこそこ、そこだ。うう、効くなあ……」
「ここね? ねえ、もう焦らさないでよ。話して頂戴」
「気持ちいいぜ、ティナ……なんか、眠っちまいそうだ……」
彼女の表情が強張った。
「そう……じゃあ、永遠の眠りにつかせてあげるっ!!」
そう言うなり、ティナは後ろからホークスの首に腕を回して、これでもかと締め上げた。ティナの柔らかな胸の感触が、ホークスの背中にぴったりと密着して伝わってくる。それはそれで気持ちいいのであるが……それどころではなかった。
「うぐっ、ご……わ、わかった! うぐうう……お、俺が悪かった……」
その時ちょうどアリアが、生ハムとチーズ、レタス、トマトをはさみ、バジルの葉で香りをつけ、それらに薄くマヨネーズを塗ったサンドイッチを持ってやってきた。アリアが見やると、ティナが怖い顔をしてホークスの背後から首を締め上げ、ホークスは目を白黒させて、ジタバタもがいている。とりあえず、アリアはそんなホークスの前に皿を置いた。
「あのう、どうぞ……?」
いぶかしげに、二人の様子をうかがうアリアであった。
「ちゃんと言う?」
「うぐっ、言う、言うっ!」
ホークスは必死でうなずく。もう、かなり苦しい。
「もう、意地悪しない?」
「しない、しないっ!!」
ティナはやっとホークスを解放し、再び席に座る。ゲホゲホとホークスが咳き込んでいる。
「はあっ、危ねえ危ねえ。遠くに綺麗な花畑がちょいと見えてたぞ。こんだけ腕力がありゃあ、ノエルがあのサーカスの虎を眠らせなくても、お前が絞め落とせたんじゃねえか? ティナ」
「そのお花畑を歩いてみたい? ホークス」
殺気に満ちたティナの視線がホークスに突き刺さる。
「う……い、いや、また今度にしとく」
ぶるぶると首を横に振る盗賊。
女性陣はそれぞれ彼を両側から挟むように席に座って迫る。
「さあ、早く話してよ」
「お願いします、ホークス様」
「すまねえ。ちょっとだけ待ってくれ。ホントにちょいと腹が減ってるんだ」
ホークスは、目の前のサンドイッチを一気に食べて、水で飲み下す。なかなか美味しい。その時、階下の騒ぎを聞きつけて、ギリアムとノエルも降りてきた。ホークスが気づいて、頬張ったまま手招きして二人を席に着かせる。そしてじっと見詰めて待っている四人に向き直った。
盗賊の表情は真剣そのもので、その目が鋭く光っている。彼のその様子を見て、皆が身を乗り出してくる。こういう様子の時のホークスの話は、心して聞く価値のあるものだという事を既に理解している一同であった。
「ライルの旦那、かなり危険な立場にいるぜ。実はな、こういう事だったんだ」
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ホークスが話を終える。ティナとアリアは、何やら複雑な表情だ。とりあえず、ジュエルとの婚約が本当の事ではない事がわかってホッとしたものの、ライルの命が危うい事をも理解して、不安げだ。ギリアムは一層顔をしかめ、ノエルは腕組みをして考え込んでいる。
「ライル……」
アリアは心配そうである。今この時も、命を狙われているライルなのだ。
「理解しました。これは、心してかからないといけませんねえ」
魔術師ノエルは腕組みをして、厳しい顔をしながら考え込んでいる。一筋縄ではいかない相手だという事を瞬時に判断し、先程ホークスが与えてくれた情報から、早くも数々の可能性とその対策について同時並行で思考を走らせている。
「うむ。だが、どうしたものか。ライルを襲ってくる輩をいくら倒したとて、何の解決にもならんぞ。切りが無いだけだ」
ギリアムの指摘に、ホークスもうなずく。
「ああ、その通りだ。黒幕のダミアンの野郎を叩き潰すしかねえな。それしか、本質的な解決にならねえ」
ティナが困ったような顔をする。
「でも、どうするの? まともに闘うのは無理よ」
「ああ、搦め手でいくしかねえ。奴の弱い所をつかんで、引きずり出して叩く。世間に、あいつがどうしようもねえワルだって事を突きつけて、あいつを裁けるような状況に持っていく」
ノエルは厳しい表情で指摘する。
「でも、ダミアンの背後にある軍部に気をつけないといけません。これが出てきたら、最悪の事態になります。なんとか、軍部がダミアンを見捨てるような工夫をこらさないと」
「そうだな……ちと厄介だな、そこら辺りは。ダミアンの援助があるから、軍部は政治的にも発言力を強めてきた。政治的な事だけで言えば、ダミアンのスキャンダルが明るみに出れば、軍部の奴等はダミアンを切り捨てるだろう。しかし、ダミアンの財政的援助が無くなれば、これまでのようにはいかなくなる。そのつながりを一時的にでも、うまく絶つ事だな。それで隙を突く。まあ、全く手がない訳じゃねえさ。ジュエルもいるしな」
ホークスの言葉に、ノエルもうなずいている。こうした事ではいつも、ホークスとノエルは皆の思考の先をゆく。この二人は、一行の方針や作戦を練る参謀役と言えるだろう。
アリアは尋ねる。
「どういう事なのですか?」
ノエルが答える。
「ダミアンのかわりに、誰か別の人間が軍部に財政的援助を約束する事を持ちかければ、軍部にとってダミアンは利用価値が薄くなってきます。そうすれば、ダミアンが窮地になっても、軍部は動かなくなるかもしれません。ジュエルの働きかけがあれば……」
ノエルの言葉に、ホークスが続く。
「ま、絶対とは言えねえがな。もしかして、軍内部で派閥争いが起きてる事も充分ありうる。急進派と穏健派、とかな。もしそうだったら、ジュエルに頼んで穏健派の方を味方に引き入れる事ができるかもしれねえ。が……とにかく、俺達にはまだ確実な情報が少ねえ。誰が軍部の実権を握ってるかも知らねえし、軍部の本当の内情も知らねえ。ダミアンと誰がつながってるのかもわからねえ。まずは、情報集めからだな。俺はこの街の盗賊ギルドを当たってみる。お前さん達は明日から、ライルの旦那達の護衛に当たってくれ。んで、ジュエルからこの地方の一般的な内情を聞いておいてくれ。くれぐれも気をつけるんだぜ」
腕組みをしたホークスの瞳は、鋭く輝いている。直接の戦闘ではライル達には適わないものの、こういう事になると信じられない力を発揮する男である。
まずはライルの護衛と情報収集という結論に落ち着き、ホークスは再び、人々の欲望渦巻く街の中、その漆黒の闇へと一人消えて行った。




