婚約発表!? Engaged!?
翌日の昼前、ハーディー家へと向かった一同。
その屋敷は、最も地価の高い街の一角を広大に占めている。この街の誰に尋ねても、その場所を知らない者はほとんど無いと言っていいだろう。ハーディー家は伝統ある貴族というだけでなく、その資産たるや、目もくらむ程の富豪でもあるのだ。この地方の政界も無視できないくらいの実力ある名家だ。亡き前当主のランドル・ハーディー伯は、良識ある公平な人として、内外に知られた人であったそうだ。
屋敷の前には、豪華な馬車がずらりと並び、着飾った人々が次々と優雅に降りてきて、出迎えた執事と門番に会釈しながら敷地へと歩み去ってゆく。ちょっと近寄り難い雰囲気を味わう一同であった。
ギリアムを先頭に、執事へ近づく一同。一応、皆目立つ武器や防具などは宿屋に預けてきているが、場違いな印象を持たれるのには十分ではある一同だ。
「お客様、ようこそいらっしゃいました。ジュエル様も大変お喜びでございましょう。大変恐縮なのですが、慣例でございまして、お客様の招待状を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか? 愚かな手前どもの為す事でごさいます。どうかお気を悪くなさらないで下さいませ。本当に申し訳ございません」
慇懃に深々と儀礼正しくお辞儀をしながら、執事はそう告げる。
(まあ、『怪しい奴等だ、証拠を見せろ』と訳しておこうか)
「うむ。もっともな事だ。筋が通っておる。これを先日、この家の遣いの者から頂いたのだが」
職務に忠実な執事の態度に、大きくうなずきながら、ギリアムは懐から例の招待状を執事に渡す。それを両手で受け取った執事は、その内容をさっと一瞥すると、それを再びギリアムに返して、深々と礼をする。
「大変失礼致しました。皆様、どうぞお入り下さいませ」
一同は何やらほっとして、ハーディー家の門を通った。それまで本当に自分達がこんな所へ来てよいものかと、頭の片隅で思わずにはいられなかったのである。先程の執事は、一行が通り過ぎるまで、慇懃に頭をずっと下げていた。
屋敷の庭もまた、見事で広大だ。手入れの行き届いた庭園が目を楽しませ、心に安らぎを与えてくれる。秋真っ盛りで、紅葉がまた美しい。鮮やかに色が変わった木の葉がちらほらと舞い降りてくる様子は幻想的とも言えた。
これほどの庭木の数ならば、もうかなりの落ち葉が地に積もっていておかしくないのだが、まだほとんど積もっていない。きっと今朝にも、この広大な庭の掃除を使用人達が丁寧に行っていたのだろう。
長い石畳の道を真っ直ぐ抜けると、これまた品と威厳のある、大きな立派な屋敷に続いていた。
「それにしても、おっきい屋敷ねえ」
そんな言葉が、自然とティナの口をついて出てきてしまうほどだ。アリアも同意する。
「ホントですね。こんな所、初めてです」
ホークスが両手を頭の後ろに組んで、ボヤいている。
「なんだか、ケツの穴がむずがゆくなってくるよなあ。こういう場所はよ」
ギリアムも同じ思いで、思わず笑う。
「わははははっ、ワシも同じ気持ちだぞい。空気がなじまんな」
彼は諸国遊歴の武者修行中、何度かこうした屋敷に招かれる機会があったのだが、その度に同じような事を感じてしまう。にぎやかな酒場や街の通り、血が燃える戦場の方がこのオヤジにはなじむのだ。
ティナがホークスの先程の言葉に眉をしかめている。
「ホークス。もうちょっと、他の言い方はないの! ホントに下品なんだから」
「なんだよ、ティナだってこんな所似合わねえだろ?」
「あ~ら、言ってくれるじゃないの。私だってねえ、ちゃんと着飾ってくれば、貴族の女達に負けない自信はあるんだからっ!」
ティナが自信たっぷりにそう告げる。
「それでも言葉使いでひっかかるぞ、きっと」
ティナがそんなホークスをギロッと睨む。
「なによ。失礼しちゃうでございますわね。ホホホホ……」
「いてっ」
お約束通り、ティナの拳でパコンと殴られるホークスであった。
「(う~ん、やっぱりどこか言葉使いが違う気がしますが。それに、レディは殿方の頭を乱暴に殴ったりはしませんよ、ティナさん。せめて、軽い平手打ちくらいにしておかないと。それだとしても、淑女とは言い難いと思いますけど……)」
そう思いつつも、口には出さない賢明なノエルだった。
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やがて屋敷の入り口へと到着し、そこを任されている執事に招待状を見せる。それを確認した執事は、まるでVIP のような待遇をしてくれた。会場となる大広間には、長いテーブルに豪華な食事が並び、着飾った貴族達や、街の有力者達が優雅に談笑している。かなり場違いな雰囲気を味わっている一行であった。ちらちらとこちらを見る不思議そうな視線を感じる。しかし、一行に対する執事達のかなり慇懃な対応振りを見て、少々驚いている様子だ。
興味を持った婦人達が、ホークスやギリアム、ノエルに話しかけてくる。ホークスは、こういう場が得意な男である。たちまち人々の心をつかんでしまい、自らもこの場を存分に楽しみ始めた。そんなホークスに、ギリアムやノエルが助けられている。
あでやかなティナ、修道服に身を包んだかわいらしいアリアにも、貴族の男達が珍しげに群がってくる。軽妙な男女の言葉の駆け引きは、百戦錬磨のティナならお手のものである。慣れないアリアを何かと庇ってやっている。女ながら旅をしているという二人に、上流階級の婦人達も興味を惹かれて、外の様子などをあれこれ問いかけてくる。一般的な俗世に疎い彼女達には、こうした話題が新鮮に耳に響くのだ。
ティナの身につけている宝石を婦人達が羨ましそうに誉める。宝石の話となると、ティナは目を輝かせる。婦人達と、その話でお互い屈託無くかなり盛り上がっている。アリアの姿が目に入って、街の高名な聖職者達がにこやかにアリアに話しかけてきた。アリアも、うれしそうに挨拶をしている。何やら、信仰の話題で熱く語り合っている様子だ。
なんだかんだあったものの、一同もこの場に溶け込んできた様子である。
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小一時間ほど経って、正面にある壇上で今まで優雅な曲を演奏していた楽隊が演奏を終えた。
皆がそちらを見やると、壇上に司会者とドレスを着た女性が立ち、それに立派な礼服に身を包んだ一人の男性がイスに腰を下ろしている。よく見ると、それはどうやらライルのようだ。
「何? なんでライルがあんなとこにいるの? あんな服着ちゃって」
「本当に。何をしてるんでしょう?」
壇上に着飾ったライルの姿を見つけたティナとアリアが、しきりに不思議がっている。
司会者が皆に注目を促し、口を開いた。
『皆さん、本日はこのジュエルお嬢様の誕生パーティーにご出席下さり、誠にありがとうございます。実はジュエルお嬢様から、大変重要な発表があるとのことです。では、ジュエル様、どうぞ』
綺麗なドレスに身を包んだジュエルが壇上に進み出る。
ドレスだけでなく、ジュエル自身の美しさも一際目立っている。
『今日ここに皆様に集まって頂いたのは、他でもありません。私の二十歳の誕生日であるというだけでなく、今日は私の人生にとって、とても大切な日なのです。先日、私の運命の方に出会いました。では、ここに私の婚約者を紹介致します。ライル様です』
衝撃の婚約発表に、会場のどよめきが収まらない。無理もない。先日ジュエルは、このハーディー家に次ぐ実力があるワインベルグ家の長男、ダミアンの求婚を断ったという噂が持ち上がっていたばかりなのだ。皆が理想的だと思っていた求婚相手を拒んだジュエルに、既に意中の男性がいるのではとの、様々な憶測が飛び交っていた。それが、誰も全く知らないライルという名の男がジュエルの婚約者だという。皆、口々に囁き合っている。
「んなっ!?」
ティナは開いた口が塞がらない。呆然として、手にしたワインのグラスがポロリと落ちる。側にいたホークスが、それに気づいてなんとかグラスを受け止めた。偉いぞ、ホークス。それはかなり高価なカットグラスだ。庶民の数ヶ月分の稼ぎに相当する品だ。
「え!? ……えええっ!?」
アリアは、これでもかとばかりに目を丸くして、硬直している。横から指でちょいと突っついたら、固まったままゴトリと倒れてしまいそうだ。
『これは、おめでたい事です! そういう事だったのですね。皆さん、この若き二人に祝福の拍手をお願い致します。(パチパチパチパチ…)……ありがとうございます。では、これからこのハーディー家を背負って立つであろう、婚約者のライル様より、一言お願い致します』
きちんと正装したライルがイスから腰を上げ、もそもそと壇上に立つ。慣れない事をしているといった様子だ。
『皆さん初めまして。ライルと言う。ジュエルの婚約者として恥ずかしく無いように努めるつもりだ。まだ不慣れな事が多いが、どうかよろしく』
礼服に身を包み、さっぱりと髪を整えたライルは、なかなか男ぶりが良く、鍛え上げられた体格が表に滲み出ていて堂々としたものだ。言葉使いは礼儀正しいとは言えないが、それがかえって、親しみやすく率直で頼もしい男だと皆に印象づけてしまう。温かい拍手に包まれているライルとジュエル。
司会者が、二人の馴れ初めの事を尋ねている。ジュエルは、街中で怪しい男達に誘拐されそうになった所を、ライルに救われた時の様子をうれしげに、そして少し恥ずかしげに皆に話す。疾風のように現れて、次々男どもを叩き伏せた後、礼など要らないと言って立ち去ろうとするライルに、ジュエルが一目惚れしたのだと言う。
その様子を、歯ぎしりしながら睨みつけている若い男がいた。くるりと背を向け、傲然と会場から立ち去ってゆく。すれ違う時、ホークスの耳にその男の低い呟きが聞こえた。
『ジュエルめ。このままで済むと思うなよ……』
冷たい感じのする凛々しい顔を怒りに歪ませながら、その男は消えていった。
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アリアは、檀上の男女二人を見詰めたまま、まだ呆然として固まっている。
「ちょっと、どういうことなの!? なんでいきなりライルがあの子の婚約者になってるのっ! 昨日の今日でっ!! 一体、どういうことなのよっ!?」
興奮したティナがライルの姿を見詰めながら、側にいたホークスの襟首をむんずとつかんで締め上げ、ゆさゆさと揺すぶっている。ちょうど立ち去る男に気を取られていたホークスは、ティナの伸ばしたその手から逃れる事ができなかった。
ティナはさらに力を込めて彼の襟首をぎゅうっと締め上げてくる。息が苦しいホークスだ。
「お、おい、ティナ……ぐるじいぞ……」
「あ、ごめん」
無意識に思い切りホークスを締め上げていたティナが、すとんと手を離す。
ようやく解放されたホークスが、肩をすくめる。
「フッ、旦那も隅に置けねえな。いつの間にやら、あんな綺麗なお嬢様を手込めにしてたとはねえ。うらやましいこった」
ティナの顔がみるみる険しくなってくる。
彼の言葉にアリアもハッと我に返り、ホークスに詰め寄ってきた。
「そんな訳ないでしょうがっ!!」
「そうです、ホークス様! ライルにそんな甲斐性ありませんっ!!」
アリアは興奮していて、とんでもない事を口走っている。
ティナとアリアは、二人でホークスの首をぎゅうぎゅうと締め上げる。
「う゛……ちょ、ちょっとティナ、アリア。じょ、冗談だってばよ。ううっ、ライルの旦那の事だ、何かきっと胸に考える事があるんだろうさ」
「そ、そうよね。きっとそうよね(だよね?)」
「そう……ですよね(ふうっ)」
やっと二人は引き下がり、締め上げていたホークスの襟首を離した。
思わず意地悪くニヤリと笑うホークス。とてもとても楽しそうだ。
「そうそう、今日の夜は、お嬢様のどこら辺りから攻めようか、とか、式はどんな風にしようか、とか、きっと色々考える事があるんだろうさ」
「ホークスっ!!!!」
「ホークス様っ!!!!」
二人はホークスにバッと掴みかかると、先程より一層激しく彼を締め上げてしまう。ホークスはかなり苦しげだ。息ができない。こうなる事がわかっていたのだが、面白くてやめられないのだ。
「う゛……悪かった、悪い冗談だった。ううっ……きっと、何か今この場では俺達にも言えない裏事情がありそうだ。うぐっ……だ、旦那を信じることだ。きっと俺達の力が必要になる。ま、まあまあ、俺が後でこっそりこの屋敷に忍び込んで、ライルに会って事情を聞いてきてやるよ。ううっ……げほげほっ」
それを聞くとティナとアリアは、たちまちしゅんとなってホークスから手を離した。
「そうね……ホークス、お願い。絶対ライルから理由を聞き出してきて。絶対よ」
ティナは、すがるようにホークスを一心に見詰めている。なんだか色っぽい。ホークスが、こんな風にティナに頼み込まれたのは初めてである。もしもティナが発した言葉が、『抱いて』という言葉だったら、ホークスが迷わずティナを押し倒してしまうような、切ない表情だ。
「ホークス様……どうか、よろしくお願い致します……」
アリアは、深々とホークスに頭を下げる。その両手が服の裾をぎゅっと握りしめている。その手がちょっと震えているのがわかる。かなり思い詰めている様子だ。
「わかった。必ず旦那の口を割らせてやるから、二人とも我慢して待ってろよ。(おやおや、人を思いっきり吊し上げたと思ったら、今度は急にしおらしくなりやがって。ホントは自分達で直接聞き出したいってとこなんだろうねえ。全く、旦那も罪なお人だぜ。しかし……ちと、厄介な事になりそうな気がしやがる)」
盗賊ホークスのその予感は当たっていた。
忍び込んだ屋敷で再会したライルから、ハーディー家の遺産相続を巡る陰謀を聞かされたホークスであった。




