天使の声 Angel Voice
そしてとうとう、一行がシャリーと別れる日がやってきた。優しい修道女達の看護を受け、少女は順調に回復し、この場所にすっかりなじんでいた。それを見て取り、一行は再び旅立つ事を決めたのだった。
同行する事をアリアに告げられた仲間達。ライルがまじまじと彼女に問いかける。
「アリア、本当にこれでいいのか? あの家に帰れば、楽に暮らせるんだぜ」
他の者も、じっとアリアを見詰めている。ライルの問いかけに、アリアは皆を見詰めて、静かにうなずいた。
「はい。これが私の道です。主の導いてくださる道を行います。私はバルディア家のアリアであると共に、修道女のアリアです。これが私の望む生き方です。修行中の未熟な修道女ですが、皆さん、どうかまたよろしくお願い致します」
深々と、アリアは一同に頭を下げる。たまらずティナが、そんなアリアの肩に腕を回して、ぐっと抱き起こした。
「今更何言ってるの、アリア? 他人行儀は無し! アリアは、アリアじゃない。あなたがいないと、ライルなんて無茶ばっかりして、たちまちのたれ死ぬんだから」
そう言って、ティナはにっこりアリアに笑いかける。
「そうそう。アリアの嬢ちゃんがいなかったら、旦那やギリアムなんて、百回くらいは死んでるところだな。今頃ノエルなんて、呪文の使い過ぎで、干からびて頭が禿げ上がってるはずだぜ」
頭の後ろで手を組んで、ホークスがニヤニヤとうそぶく。
「人の事が言えたものか。おぬしなぞ、とっくに地獄行きだぞ」
厳つい渋面を一層しかめて、ギリアムが決めつける。
「ま、それはそれで楽しみだけどな」
相変わらず、飄々としたホークスである。
「う~ん、養毛剤を買っておこうかと思っていましたが、どうやらその必要はないみたいですねえ」
生真面目な顔をしたまま、ノエルが話を合わせて珍しく冗談を言っている。
アリアはそんな一同をにっこりと見詰めている。
「(主よ、この人達と巡り合わせて頂いたことを、心から感謝いたします)」
アリアは胸の中で、この素敵な人々と出会えた事に神に感謝の想いを伝えると、うれしそうに微笑んだ。
セバスもアリアの旅立ちを見送りに来ていたが、そのアリアの心からの微笑みを目にするにつけ、大きく何度もうなずいていた。彼は、これで良かったのだと自らに言い聞かせる。残念ではあったが、アリア様の高貴な魂が、世の人々にさらに恩恵をもたらすことになるであろうと、数奇な運命を背負ったこの少女を温かに見守っている。
そんなセバスの前に、アリアが進み出て深々と頭を下げる。
「セバス様。アランお兄様をくれぐれもよろしくお願い致します。あの人には、あなたの支えが必要ですから」
「かしこまりました、アリア様。このセバス、命にかけてそのお役目、承りました」
「お願いします。でも、セバス様。無茶はダメですよ。お身体を大事になさって下さい」
そんなアリアの気遣いの言葉に、セバスはにっこりとする。
「なんの、なんの。このセバス、アリアお嬢様の披露宴を見るまでは、いや、お嬢様のお子様の顔を見るまでは、まだまだくたばるつもりはございません」
「も、もうっ、セバス様っ!」
アリアは顔を赤らめている。
セバスは微笑む。そして、アリアにずっしりとした小袋を差し出す。
「これは少ないですが、アリア様と皆様の路銀にと、アラン様から頂きました。どうか、快く受け取ってくださいませ」
(セバスはこう言っているが、実はセバスがアランに迫って出させた路銀である。とりあえず、一行が他の所へ行くにこしたことはないと思っているアランは、直ぐさま了承して金をセバスに渡した)
「わかりました。ありがたく頂きます。お兄様にどうか御礼を申し上げてください」
「かしこまりました。お気を付けて、アリア様。またバルディア家へもお顔を見せて下さいませ」
「はい。お父様とお母様の墓参りに、いつか必ず参りますから」
静かに微笑むアリアであった。
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イングリッドも含めた修道女達全員が、彼らの旅立ちを見送りに出てきてくれている。もちろん、元気に回復したシャリーの姿もある。ティナがシャリーの前に立つ。腰を折って、少女の顔を覗き込む。
「シャリー。元気でね。いつか必ず遊びに来るから。一緒に温泉に入る約束したんだもの。じゃ、指切りよ」
ティナはにっこりとシャリーの小指を自分の小指に絡ませて、指切りをする。そして膝をつき、小さなシャリーの身体をしっかりと抱きしめた。シャリーは瞳を潤ませて、そんなティナにひしとしがみついている。本当に、この少女は心からティナを慕っていた。その少女の小さな腕にこめられた力に、それを感じてしまったのだろう。ティナの瞳も潤んでしまっている。
次々とシャリーと、見送りに出てきてくれた修道女達に別れを告げる一行。イングリッドが、神の祝福が共にあるよう、一人一人に祈りを捧げてくれる。男達はシャリーが怯えるといけないので、少し離れた所から少女に別れを告げてゆく。しかし、シャリーが許してくれる距離は、以前よりずっと近くになってきたようだ。
最後にライルが、シャリーに別れを告げる番となった。よっとしゃがんで、やはり少し離れた所から、ライルは少女に別れを告げた。
「シャリー。達者でな。きっとこれから、素敵な事がお前に始まるぜ。俺が保証する」
にっこりとシャリーに笑いかけるライル。
そんなライルに、なんとシャリーがおずおずと進み出てきた! 皆、それに胸の内で驚きを感じている。大人の男が近づくだけで、怯えて隠れてしまうシャリーだったのだ。自分から男に近づく姿は、これまで見た事が無い。
一同が目を見張って見守る中、少女はライルのすぐ側まで近寄り、震える手をライルのほうになんとか伸ばす。
そして……初めてその小さな口を開いた。
「気を……つけて……」
その小さな声は紛れもなく、彼らが出会ってから初めて聞いた、シャリーの天使のようなかわいらしい声であった。そしてその言葉は、他人の無事を思いやる美しい優しい心に満たされていた。
その様子を目にしたティナは、思わず口元を押さえてしまう。彼女の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れてしまった。熱い涙がとめどなく、ティナの瞳からこぼれ落ちてきて止まらない。
そんな彼女の肩にホークスがそっと手をかけると、ティナは静かに体を預けてきた。子供好きなホークスも、シャリーのその姿を見て温かな眼差しで微笑んでいる。アリアも、静かに目尻をぬぐう。イングリッドは、その一部始終を何度もうなずきながら、静かに胸の内で神に感謝の言葉を述べていた。ギリアム、ノエル、セバス、修道女達も微笑みながら見守っていた。
震えながら、やっとの事で差し出す少女のその手を、ライルはそんなにも優しくなれるゴツゴツした大きな無骨な手……時には容赦なく命を奪う事もあるその手で、そっと握りしめる。その漆黒の瞳は、こんなに幼い時期につらい経験を味わった少女の心の痛みを思って、深い深い悲しみを湛え、しかし同時に、限りなく優しい温かな光に満ちていた。
ライルは胸の内で思う。
「(神さんよ……この子には、きっとこれから、あんたの力が必要だ。ここの修道院の人達は、あんたが誰にでも祝福をくれていると言う。だったら、頼む。俺の分を全部この子にあげてくれ。俺は何にもいらねえから。頼む)」
この子にあらん限りの幸せを、そう願わずにはいられないライルだった。




