アリアの涙 Tears
両親の墓の前でたたずむアリアと、それをそっと見守るライル達の姿がある。
シャリーも順調に回復しており、アリアは両親の墓参りにバルディア家を訪れる事に決めたのだった。ライル達も申し出て、彼女の墓参りに同行した。
バルディア家の敷地の一角にある小高い丘の上に、代々のこの家の者達の墓地がある。セバスに導かれるまま、アリアは二つの花束を持ってその墓地へと向かった。昼下がりの墓地は、緑に囲まれて安らかな静けさに包まれていた。やがて、二つ並んだ墓の前へとセバスは一行を案内した。
寄り添うように並ぶ二つの墓。それがアリアの父親アルロッゾと、その母親マリエルの墓であった。それから少しだけ離れて、正妻の墓がある。正妻が亡くなった後、アルロッゾはマリエルの両親に頼み込み、彼女の墓をこの墓地へと移してもらったそうだ。そしてアルロッゾの遺言通り、セバスは主人の遺体をマリエルの隣へ葬ったのだった。
アルロッゾの墓を中心に、三つの墓の並ぶ距離に、彼の真の心がうかがえた。彼が心から側に居て欲しいと願ったのは、アリアの母、マリエルに違いなかった。
アリアは両親の墓の前に、それぞれ用意した花束を供える。そして彼女は膝をつき、両親のために無言で祈った。やがてアリアは立ち上がる。その視線は遠く遠くさまよっている。遙か遠くを見詰めているアリアの両の瞳から、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。
「アリア……」
ライルがそっと、そんなアリアの側に寄り、その震える肩に優しく手をかける。
少女は静かに首を振る。
「いいえ。悲しいのではありません。うれしいのです。私は、愛されて生まれてきた……生きるのに充分な愛を既にもらっていた……大切なものを、私はとっくにもらっていた。その事が今、はっきりとわかりました。どうして、自分が捨てられていたのか、どうして父や母が自分の側にいないのか……その事を、つらく思った時もありました。苦しい時、院長様にひどく当たった事もありました。でも、でも……お母様は、命を投げ出して私を生かしてくれた。お父様は、私をずっと捜し続けていてくれた。それ以上、一体何を望むというのでしょう? 私は、なんて我が儘で、愚かな子供だったのでしょう。私は……私は、自分が恥ずかしい……」
彼女の瞳から、ポロポロと大粒の涙がとめどなく溢れ出してくる。
アリアの流した涙。
それは誰にも侵す事のできない、哀しい涙だった。
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その日の深夜、修道院の礼拝堂で祈りを捧げるアリアの姿があった。
一心に祈っている。
答えを自らの心の中に求めて。
やがて、彼女の心が決まった。立ち上がるアリア。
「行くのですね、彼らと」
アリアがその声に振り向くと、院長のイングリッドが静かに見守っていた。
「はい。これが私の道なのだと、私が選びたい生き方なのだと、わかりました」
はっきりと告げるアリア。その瞳に迷いは無い。
そんなアリアを見て、イングリッドがそっと彼女に近寄り、優しく抱きしめる。アリアもしがみつく。
やがて、イングリッドがそっと囁く。
「あなた、今好きな人がいるわね?」
「え!?」
抱かれたまま、目を丸くするアリアであった。
イングリッドは微笑んでいた。
「私にはわかるの。アリアの事だから。人が人を好きになる事は、とても素晴らしい事よ。主が私達に与えてくださった美徳の一つ。その気持ちを大事にしなさい。でも、あなたは自分の道を見失う事がないように気をつけなさい。そうすれば、その想いは、実る、実らないに限らず、きっとあなたの魂をより良い方向へ導くでしょう。傷つく事を恐れないで。人を愛する気持ちを大事にするのですよ、アリア。人間とは、他人と手を取り合って生きてゆく存在なのですから。人は人を愛せるように創られているのですよ。私達は、そのように主によって創られているのです」
「はい……」
温かいイングリッドの言葉に、静かにうなずくアリアであった。やがてお互い、そっと身を離す。イングリッドは、静かに我が子ともいうべきアリアを見詰める。
本当に、大きく真っ直ぐに育ってくれた。
この子はこれから、多くの人々の助けとなっていく事だろう。
私がこの子に教えられる事は、もう何も無い。
後はこの子が自分の力で、必要なものを見つけ出してゆくだろう。
イングリッドは静かにアリアに告げる。
「あなたの信じる道をゆきなさい。あなたがどんな道を選んだとしても、主はあなたを見守っていてくださいます。……私達も。つらい事があったら、いつでもここに戻ってきなさい。あなたを待っていますから。私達は、ここに必ずいますからね」
イングリッドを見詰めるアリアの瞳から、思わず涙が溢れる。
「はい……『お母様』……」
今、初めてアリアはイングリッドを『母』と呼んだ。小さい頃は『イングリッド姉さん』、大きくなってからは『院長様』と呼んでいた、自分にとって大切なこの女性を。
それを耳にしたイングリッドは、胸が一杯になってしまった。
「アリア……」
言いかけるイングリッドの胸に、アリアは飛び込んでいった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私には、二人も素晴らしいお母様が与えられたのに、ひどい事言ってごめんなさい……ううううっ……」
そう言って胸にしがみついて泣きじゃくる我が子を、母は優しく抱きとめている。
「アリア……いいのよ……もういいの……。本当に苦しかったのは、あなたの方なのですから……」
静かな深夜の礼拝堂で抱き合いながら泣き濡れる、血の絆を越えた真実の親子の姿であった。温かなロウソクの明かりが、二人の影を長く長く引き延ばしていた。




