暗殺の理由 Assassination Reason
ティナが修道院に駆け戻り、ライルが医者のフォレスを呼びに行った事を一同に告げた直後、ホークスが修道院に駆けつけた。シャリーの横たわるベッドの部屋に集まっていたティナ、アリア、ギリアム、ノエル、イングリッドらの前で、ホークスは毒矢を放った男の口から聞き出した事実を皆に説明する。
「アリアの嬢ちゃんも、もう気づいてるとは思うが……あの毒矢は、アリアを狙ったものなんだ」
重々しく告げるホークスの言葉に、イングリットは眉根を寄せる。
「どういう事なのですか? アリアに、命を狙われるような事など思い当たらないのですが」
尋ねるイングリッドに、ホークスが厳しい顔つきで告げる。
「アリアは、バルディア家の人間だった事はセバスから聞いてるな? 正妻の腹から生まれた子供ではないにせよ、アリアはバルディア家前当主の正統な血筋を引き継いでいる娘だ。それを快く思わない人間がいやがるのさ」
「もしや……」
ノエルが目を光らせている。彼には思い当たる人物の名が浮かんでいた。
「一体、それは誰なのだ?」
ギリアムの渋面は、一層その険しさを増している。
「今のバルディア家当主、アランだ。嬢ちゃんが前当主の血を引いている以上、アリアにもバルディア家の資産の何割かを受け取る正当な権利がある。八年間もアリアを捜し続けたセバスの証言と、マリエルの残した手紙、それにこの修道院の証言があれば、その事を皆に十分に納得させる証拠になるさ。アランの野郎、いきなり現れた嬢ちゃんの存在が邪魔だったって訳だ。セバスが最近、アリアの消息の有力な手がかりを掴んだという情報を耳にしてから、やくざな手下どもを使って、セバスの動向を探っていやがった。そして、アリアがとうとう現れた。それでアランは計画通り、刺客を雇ってアリアを暗殺しようとしたのさ……あの毒矢でな」
バルディア家を巡る血生臭い陰謀が明らかになり、一同押し黙る。アリアは悲しそうに俯いてしまった。そしてベッドに近づき、自分を狙った毒矢を身に受けて苦しんでいるシャリーの手をそっと取る。
「ごめんね、シャリー。私のせいで……」
自分を庇ってくれた少女の苦しげな顔を、例えようもない悲しみの表情で見詰めるアリアであった。
その時、いきなり雷のような怒声が部屋中に響き渡った。ギリアムである。
「こんな筋の通らぬ事、もう我慢ならんっ!! この世にあってはならんっ!!!!」
ギリアムの厳めしい渋面が一層激しく険しさを増し、仁王のような形相になっている。顔は激怒に真っ赤に染まり上がっている。アランとやらは、今、触れてはならないものに触れてしまった……この男の逆鱗だ。
皆が唖然として見守る中、壁に立てかけていた剛爆斧を背中に装着し、扉を吹っ飛ばすような勢いで、彼は一人でズカズカと出ていった。廊下にいた修道女達が、その姿を見て思わず道を開けて避ける。ギリアムは鬼のような恐ろしい形相をしていたのだ。その怒気が、穏やかな修道女達にすらビリリと感じられる程であった。
「しょうがねえオヤジだなあ。ま、予想通りだけどよ。んじゃ、そういう事で俺も髭のおっさんと行ってくるぜ。シャリーは任せた。こっちは俺達に任せろ。じゃあなっ!」
そう告げると皆の返事も待たずに、ホークスも身を翻してギリアムの後を追って部屋を出ていってしまった。取り残された者達は、どうすべきか迷っている。彼らと一緒に行くべきか、苦しむシャリーの側に居てやるべきか。
全てを把握した上で、イングリッドが冷静に口を開く。
「ノエル様。あなたは今はシャリーの側に居てください。ライル様がフォレスという医者を連れてくるまでの間、医術に少しでも明るい方が居て欲しいのです。ティナさんも、シャリーの側で励ましてあげてください。この子は、あなたをとても好いているようですから」
その言葉に、ノエルとティナはうなずいた。確かに、イングリッドの言う通りであろう。そして、イングリッドはアリアの正面に立ち、静かに告げる。
「アリア。あなたは彼らと共に行くのです。これは、あなた自身に関わる事なのですから。それに、あの方達が命を奪う事を、できる限り制してあげて欲しいのです。彼らは、その罪を承知して背負う覚悟がある方達です。恨みを全て受け入れる覚悟を持って、この闘いに臨んでいる事でしょう。しかし、憎しみは、さらなる憎しみを産み出すだけなのです。彼らにそんな罪を背負わせないように、あなたに行って欲しいのです。セバス様を呼んで、彼らが向かっているバルディア家へと向かうのです」
アリアは思わずイングリッドを見上げる。院長の瞳は静かに深く、我が子とも言うべきこの愛しいアリアを見詰めている。やがて、アリアは静かにうなずいた。堅い決意が、彼女の瞳を煌めかせている。
「わかりました、院長様。私は、私の為すべき事を行います。ノエル様、ティナさん、シャリーをどうかお願い致します」
深々と彼らに頭を下げると、アリアも部屋を飛び出して行った。
「気をつけるのよっ、アリアっ!」
ティナの叫びが、アリアに届いたのかどうかはわからない。それほど早く、彼女は必死で走っていた。通りに出たが、既にギリアムとホークスの姿は見あたらない。バルディア家への案内を頼むため、セバスのいる『銀の子馬亭』へと駆け去るアリアであった。
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一方、間もなくギリアムに追いついたホークス。肩をいからせながらノシノシと足早に向かうギリアムの背中に声をかける。
「おい、おっさん。いきなり飛び出したはいいが、バルディア家への道、知らねえんだろ?」
「ふんっ! おぬしが必ず追いついてくると思っておったわい」
どうやらギリアムは、ホークスが追って来る事を確信していたようだ。
「それはそれは……でも、俺が道を知ってる保証なんてねえのにか?」
「いいや。おぬしなら絶対にそこまで調べ上げておるはずだ。早く先を行けっ!」
完全に激情に身を任せて飛び出してしまったように見えたのだが、ホークスの腕並みとその心を信頼していればこその、ギリアムの行動であった。
「へいへい。お見通しってやつか……へへっ。ちょいとこういうのも、悪かねえ気分だな」
人差し指で鼻の下をちょいと擦りながら笑うホークス。何やらうれしそうだ。しかし、そんな盗賊にたちまちギリアムの怒声が飛ぶ。
「無駄口叩かず、さっさと前を行かんかっ! 言っておくがな、あっちへ着いたら、余計な手出しは一切無用だ」
思わず首をすくめる。雷オヤジの怒りは、やはり尋常ではない。素早くその前を歩いて導いてゆく。
「おお、怖ええ……。今のおっさんの邪魔なんてする度胸、俺にはねえぞ。本当なら、こんだけ殺気が強い人間なんて、俺は豆粒くらい遠くに見えるまで離れておきてえところだぜ」
心からそう思っているホークスである。燃え上がるギリアムの怒気と殺気が、背後から痛いほどに伝わってくるのだから。
「ふんっ! アランという男、血の池に叩き込んでくれる!」
そんな様子の背後のギリアムに、ホークスは胸の内でつぶやく。
「(あ~あ、こうなっちまうと、この頑固オヤジ、誰にも止められねえぞ。ライルとティナとノエルが束になってかかっても無理だな、こりゃ……アランも、これで地獄行きは確実だな)」
バルディア家へと、いや、アランの首を目指して足早に向かう二人であった。




