フォレス Fores
息せき切って駆け込んできたライルとアリア、それに矢の刺さったシャリーを迎え、修道院は大騒ぎになった。二人は手短かに事の顛末を説明する。
それを聞いて、ティナの瞳に怒りの炎が燃え上がる。しかし、苦しげなシャリーを見るにつけ、心配でその表情は曇る。ちょうど訪れてきていたギリアムの表情は鬼のように険しくなり、ノエルも蒼冷める。しかし、一瞬で自制を取り戻したノエルが、てきぱきと皆に指示を出していった。シャリーを静かなベッドへ寝かせ、楽になれるよう服を緩めてあげなさいと言う。
「矢のまわりだけ、大きく服を切り取ってください。そして矢に触れないように、その傷口の部分の服を取り除くのです」
修道女達が裁縫用のハサミを持ってきて、言われるままにする。ノエルがその傷口の状態を真剣に観察する。
「少し、深く入ってます。ライル、矢を抜かなかったのは正しい判断でした。その場所で無理に引き抜いていたら、出血で大変な事になっていたでしょう」
ライルもうなずく。そう思って、矢の刺さったまま彼女を運んできたのだ。戦場で何度も経験した事だった。
「修道女様、今から私がこの矢を抜きます。癒しの用意をして頂けますか? 引き抜いたら、すぐに傷口を塞いであげてください」
イングリッドがうなずく。他の修道女達も、アリアも癒しに備えて精神を集中した。
ノエルが、その繊細な手で慎重に毒矢を引き抜く。シャリーの小さな身体がビクリと痛々しく反応する。既に意識の無い少女の口から、息が漏れるような微かな音が聞こえた。
「かはっ……」
やがて、ノエルはついに矢を抜き取る事に成功した。傷口からどっと血が溢れ出す。すかさず、修道女達が祈りの言葉と共にその傷口に手をかざし、癒しをかけた。傷口は瞬く間に塞がり、出血も止まった。
大きく、溜息をつくノエル。他の者達も、まずはホッと溜息をついた。しかし、ノエルは再び表情を引き締める。毒がシャリーの身体中に回ってきている。彼女の身体の痙攣が収まってきたが、今度は顔が蒼冷めてきている。手をとると、かなり冷たい。
「軽く、温かな毛布を持ってきてください。シャリーにかけてあげなさい」
修道女達が、指示されるままにバタバタと毛布を取りに行く。
「ノエル、お前がいてくれて良かったぜ」
ライルの言葉に、ノエルは首をふる。
「いいえ。私は一般的な処置しかできません。症状から推測されるこの毒の種類や、それに適した解毒処置、解毒剤の調合など、とてもできません」
厳しい表情で、そう告げる。そしてイングリッドの方に顔を向ける。
「とにかく、シャリーに癒しの技をかけ続けてください。それで、毒に対する抵抗力を高めるのです」
うなずくイングリッド。自らシャリーに癒しをかけてゆく。やがて毛布が届き、シャリーの身体にかけられた。しかし今度は、シャリーが高熱を発する。
癒しの技をかけているイングリッド。しかし、その表情は曇る。
「衰弱が激しいわ。このままでは……」
イングリッドはさらに癒しの技を試みるが、苦しそうなシャリーの表情はもう変わらない。高熱は全く下がる気配がない。
「頼むぜ、院長さん。あんた、癒しのプロだろう?」
思わずそう言ってしまったライルの気持ちも、わからないではない。しかし、癒しの技とて万能ではないのだ。体中に蔓延してしまった毒素を消し去るような技ではないのだ。
唇を噛みしめて、イングリッドは告げる。
「私達には、この子の毒に対する抵抗力をある程度強くする事しかできません。これ以上は、私達には無理なのです。解毒には、正確な医術の心得がある者の力が必要です。特に今、この子には……」
「よし、俺が医者を呼んでくる。場所を教えてくれ」
「私も行く! じっとしてられないの」
ライルとティナが申し出る。
「お願い致します。この町に一人だけ医者がいます。中央の通りを東に行って、広場に出る左角の建物がそうです。表札が出ています。ハイドという医者です」
「おしっ、突っ走るぞ、ティナ!」
「うんっ!」
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息を切らせて二人が目的の建物へと到着した。扉を激しく叩きつけるライル。やがて、その扉の人見窓だけがちらりと開いた。中の男は、ライルとティナをかなり胡散臭そうに見詰めている。
「女の子が一人、毒で苦しんでる。今すぐ俺達と来てくれ。あの子を助けてくれ! 頼む!」
「お願い。本当にいい子なの。力を貸して! お金なら、ありったけ出すから」
二人の必死の懇願にも、その男の顔色はピクリともしない。じろじろと二人の風体を観察している。まるで二人を値踏みしているかのようだ。やがて、中の男が口を開いた。
「他をあたるんだな。今、別の患者で忙しい。手が回らないんだ」
冷たくそう告げると、人見窓はぴしゃりと閉まった。扉の内側からゴトリと、さらに厳重につっかい棒を仕掛ける音がする。ライルはなおも執拗に扉を叩き続けるが、その冷たい扉が開かれる事はなかった。
「くそっ! くそったれっ!! ハイド、お前それでも本当に医者かっ!?」
怒りに顔を赤らめているライル。ティナも悔しさに唇を噛みしめている。
「露骨に金を持ってる人間かどうかで判断したみたい。どうしよう? 時間がない。このままじゃ……」
やきもきする二人であった。しかしその時、ライルの脳裏にある男の姿が鮮やかに浮かんだ。あの男しかいない!
「フォレスだ! あのへっぽこ釣師っ! あいつならきっと診てくれるっ!」
ティナもそれに気づいた。確か、宿屋の主人がフォレスは医者だと言っていた。金で患者を区別しない男だそうだ。もう、唯一の希望は彼しかいない。ライルは背中の愛用のバスタードソードを鞘ごとティナに放り投げる。
「ティナ、先に戻れっ! この事を知らせてくれ。俺は今からフォレスを連れてくる!」
言い終えないうちに、ライルは疾風のごとく通りを駆け出していた。
「わかった! 絶対あの変な男、連れて来てっ」
「おうっ!」
たちまちライルの姿が遠ざかっていった。
ライルは走る。後ろで束ねた黒い長髪が、そのスピードでほとんど真横になびき、ライルの激しい走りに合わせて上下に撥ねる。黒い影がちらりと人々の視界に映り、一瞬にして消える。驚いて振り返る町の人々を気にも留めず、ライルは一心に走り続けた。
「(待っててくれ、シャリー。必ずお前を助ける。あの男を連れてくる。もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ。頼む。お前はまだ、あんなに小さいんだ。こんな所で死んじゃいけねえんだ。お前は、今よりもっと幸せにならないといけねえんだ。だから、だから生きるんだ、シャリー!)」
心臓が破れんばかりに荒れ狂う。肺がきしみをあげる。どこかで何かに引っかけた腕の傷から血がしたたり落ちる。しかしライルは全くその速度を緩めることなく、街道を駆け抜けてゆくのであった。
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やがてライルがフォレスと別れた小道に行き当たる。そこを曲がってさらに駆けてゆくと、簡素な小屋が一つ、目の前に現れた。ここに違いない。フォレスの小屋だ。その扉にむしゃぶりつくようにすがりつき、ライルは激しく戸を叩く。
「フォレスっ! 頼むっ、開けてくれっ! 俺と来てくれっ! 頼む、頼むっ!」
扉がバタンと内側へ開く。男が一人、紙巻きタバコをくわえて、不潔そうな短髪をボリボリと掻きながら姿を現した(大量のフケが落ちる)。紛れもなくフォレスだ。
「騒々しい奴だな。俺は今、タバコを吸ってて忙しいんだ。もうちょっと後にしろ。そんな腕の傷くらい、なめときゃ治る。大袈裟な奴だな、全く……」
相変わらずの男のようである。しかしライルは必死の顔で、ずいずいとフォレスの小屋へと彼を押し込んでゆく。
「俺じゃねえ! 女の子が一人、毒で死にそうなんだ。町の医者に行ったが、断られた。頼れるのは、あんたしかいねえんだ。頼む! 俺と一緒に来てくれ。あの子を助けてやってくれっ」
その言葉を聞いて、だらしない様子だったフォレスの顔が一瞬にして変わった。厳しく鋭い顔つきになる。このような顔つきのフォレスだけ見ると、かなり男前だ。普段が普段なので、その落差が激しい男だ。
「ハイドの所へ行ったのか。で、断られた。まあ無理もねえな、あんたじゃ。あいつは身なりのしっかりした、懐に金がたんまりありそうな奴しか相手にしねえ奴だからな」
ライルは膝を床につき懇願する。
「どうか、お願いだ、フォレス! 頼む。俺と来てくれ!」
しかし、フォレスは厳しい顔つきを全く変えることなく、キラリと目を光らせてライルに告げる。ふうっとタバコの煙を吐く。
「ふんっ。お前、その手で何人もの人の命を奪ってきたんだろうが。手をみりゃわかる。剣ダコがそんなにできた手。それに幾つもの身体の傷跡。俺達が必死になって、たった一つの命を生かそうと躍起になってる時に、お前みたいな奴等が、いくつもの命を簡単に絶つ。この気持ち、お前などにわかるのか?」
冷たくじろりとライルを見下ろすフォレス。斬りつけるようなフォレスの言葉に、ライルは唇を噛みしめてうつむく。
「……そうだ。俺は人殺しだ。戦場で何人もこの手で殺してきた。子供の時、親父ですら殺した血にまみれた人間だ。でも、でもあの子には何の罪もねえ。なんにも悪い事なんてしちゃいねえ! あの子はこんな所で死んじゃいけねえんだ。あの子はこれから、もっともっと幸せになるために生まれてきたんだ! あの子のために来てくれ。あんたしかいないんだ、フォレス。あんたしか、あの子の命を救える人間はいないんだ。頼む! この通りだ。フォレス、どうか、どうかお願いだ」
フォレスの前で膝を折り、額を床に叩きつけるようにしてライルは懇願する。
「そんなとこで何這いつくばってる? 時間が無いんだろ。早く案内しろっ!」
頭を上げたライル。見るとフォレスは、いつの間にか素早く治療道具を鞄にまとめ上げ、吸いかけたばかりのタバコを揉み消して、今にも出発する感じで戸口に立っていた。
「それじゃあ……い、いいのか!? 来てくれるのか?」
まじまじとフォレスを見上げるライルであった。そんなライルに、ぴしゃりとフォレスは言葉を投げつける。
「お前の様子をみれば歴戦の手練れだって事くらい、すぐわかる。何度も死線をくぐり抜けてきた男だ。そんな男が、プライドもかなぐり捨てて、なりふり構わず頭を地に打ち付けて、一人の女の子を助けてくれと頼んでる……その子が、今よりもっと幸せになるために生まれてきたんだと吼えやがる。ふんっ、それに誰であろうと、助けを求める命が手の届く所にあったら、何もせずに見捨てる事など、俺にはできん。さっきのは、ちょっと嫌みの一つでも言ってやりたかっただけだ。やりきれない事が多すぎる。この時代は。さあ、とっとと俺を連れて行け。いいか、俺の指示には逆らうな! その子を救いたかったらな」
フォレスの厳しい顔つきは全く変わらない。しかし、先程とは違ったオーラがこの男の身体中から溢れ出している。それは命を救うために全身全霊をかける、医者の姿だった。
「ありがとう……恩に着る」
膝をついたまま見上げるライルの感謝の言葉に、なぜかフォレスは顔をしかめる。
「お前なぞに、恩を売るつもりはないっ! 俺は自分の仕事をする。ただそれだけだ。治療に必要なもらうべきものはもらう。傭兵と同じだ。感謝される筋合いはない。さあ、急げ! 解毒治療は、時間との勝負だぞっ!」
そう言い放つフォレスに、ライルは圧倒されながら立ち上がる。
「わ、わかった! あんた、やっぱり本当の医者だ」
思わずそうつぶやいてしまったライルに、フォレスはさらに怒鳴りつける。
「医者は医者だっ! 本当もクソもねえ! まあ、金持ちばっかり相手にしてる同業者達からは、毛嫌いされてるがな。行くぞ、おらあっ!」
本当に、変な男であった。しかし、医者としては頼もしい。土地の人々が、この変な男を慕う気持ちがわかるような気がする。
たちまち男二人は駆け去っていった。




